16b

 明日風は盗撮の罪で連行された。書店の店長さんが目撃し、通報。両脇にいた二人の男も共犯とされた。ここまでは変えたかった過去そのものであり、何も変わっていない。変化といえば、サイカが些細な細工を施し、それを俺が証人となっただけ。さあ、ここから過去を変えていく。



 警察が到着する前に店を抜け出た俺たちは、一つ信号を超えた先のビルの隙間に向かい合わせで立っていた。気軽にカフェに入れるような立場ではないことを実感する。今後も打ち合わせは人目を避けるんだろうな。俺はしゃがんでサイカに目線を合わせた。



「それで、何をしたのかを話してくれないだろうから聞かないけど、これからどうするの?」


「ここは照が作った世界」


「……へ?」


「だから、ここいる沓形恒にお願いするの。トリックは仕込んだから、あとはそれを解いてもらうだけ。私たちはそれを見守り、間違えないように導く。感づかれても駄目。わかった」



 疑問符のない「わかった」にいつもの愛嬌はなかった。



 この世界を選んだこと。過去とはいえ俺自身を利用する意図。聞きたいことは山ほどあるが、今は彼女の命令に従おう。神の命に従順になるなど、それこそこの世界で生きていた俺にはありえないことだ。あの時の俺は先輩のことしか考えていなかった。今や、取り残した十代の思い出に過ぎないが、この想いだけは変わらない。ここがあの世界だというのなら、昔の俺も、昔好きだった先輩もまだいることになる。この過去の世界では今、俺と先輩が出会ったばかりかもしれない。すでに誘拐された後かもしれない。どの時点かはわからないが、タイムパラドックス回避のために選んだはず。余計な接触は控えるべきだろうな。考え始めると、会いたい気持ちが蘇ってきそうだけど、それは俺の本意ではない。運命下に置かれた世界から解脱できたという事実を失ってはいけない。



 もちろん、ここが過去改編のために創りだしたテラのための世界であることを努々忘れることはない。



 ▶ ▶ ▶



 俺はサイカにやるべきことだけを聞き、行動を開始した。まずはこの世界における沓形所属の第二探偵部に事件を持ち込ませなければいけないという。手段は俺に委ねられた。やるべきことだけを教えてくれるのが神様で、それを実現させるかどうかは人間次第。大小無関係に神様は神様だ。



「さて、と。どうすっかな」


 …………こう?

 

 

 第三者にすらなれない俺の関与はゼロにしなければいけない。しかし、この世界の出来事を彼に知らせることができるのも、現状俺しかいない。なんとか道筋を作らないと。



「うーん、間接的に狙うならまずは周辺から………」



 …………恒!


 稲山口の身内にこっそり耳打ちでもすれば、それで事は運ばれていくと思う。直接出向くことはできない。遠回りで耳に入るようにするためにはどうしたらよいか。



「言葉にせずに伝える方法……たとえば、噂を流すとか、か……?」


「恒っ! 恒ってば!」


「うわっ、びっくりし……ました」



 いつの間にかすぐ目の前に見覚えのある笑顔を作った顔があった。今はふくれっ面だが、それは俺のよく知る過去の彼女でもあり、知らない現在の彼女でもある。



 虹別色内にじべついろなはいつでも、どんな状況でも俺の先輩である。初恋の相手であって、片想いを永遠にした唯一の人。共に過ごすことを選べば、未来へ行くことも現実で生きることもできない。神様の存在を証明するための駒ではなく、人間として現実を生きることを選べば、共に過ごすことはできない。彼女は普通の生活に戻り、俺は果てしない未来をだらっと生き続けるだけ。選んだ結果は後者で、だからお互いはそういう存在であり、そうでなければいけない。



だからこそ、ここで出会ってしまったことは、想定していた中でも最悪であり、想定外だった。



「恒はこんなところでなにしてるの?」


「あっ!?え、えぇっとですね……」



どうする。どうしよう。取り敢えず、未来から来たことがばれてはいけない。それだけはなんとしてでもだ。うん。



「さっき、七色のタピオカを買いに行くってーー」



おい、何をしているのだこの時代の俺は。いくら青春真っ盛りだからって、流行を先取りしすぎた売れ残りに手を出すこともなかろうに。あと、七色のタピオカってなんだ。光るのか?おいしいのか?



「いや、それが行列だったので、また後で行くことにしたんです」


「ふーん」



先輩はやや疑わしげだった。



許せ、過去の俺。購入の可能性を残しただけでも上出来だと思ってくれ。



しかし、俺は同時にこれがチャンスじゃないか、とも思った。過去の自分と立ち替わり振る舞えば、第二探偵部にこの問題を持ち込むことは容易いのではないか。避けようとして来た近道を通れるのなら、それはありがたい話だ。過去の沓形との擦り合わせが新たに問題として浮上するが、そこは自分だ。住む世界や時間が違えど、腐っても他を生きる己でしかないはずなんだ。



「先輩、あの、少しいいですか」



おれはまだ訝しげな先輩に声を掛けた。こうして話すのは何年ぶりだろう。やっぱり少し緊張している。だけど、この僅かな時間で俺は事を前に進めることを決めたのだ。かなり強引なやり方だけど、たぶんどこかで誰かが辻褄を合わせてくれる。少なくともこの世界はまだ照隠しの最中だ。二人も運命を操ることができるのなら、なんとかなるだろう。



「実はさっき、相談事を持ち込まれまして」


「相談された、じゃなくて持ち込まれたってことは、私たちにってこと?」


「そうです」


「ふーん、そっか。それは誰から?」


「明日の放課後に会いに来るそうです」



もちろん、これはでっち上げ。事前情報など欠片もないが故の悪あがき。おまけに締め切りまで作ってしまった。



しかし、先輩はこの話も、俺自身を怪しむことなく、ただ「わかった」と笑顔で手を振りながら去った。この時代の俺でないことを感づかれたかまでは、わからなかったが、信頼されていることだけはわかった。



それからすぐにサイカの名前を小さく呼んだ。彼女はいつも通り地面から生えてきて、引っこ抜かれた。まずはタイムパラドックスの有無から相談し始めた。

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