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「なるほど。つまり、今回の依頼はやってもいない犯罪、濡れ衣を晴らしてほしいと言う事ですね」


「そうです。お願いします。――ほら、自己紹介しろ」



 いつもの校長室に、いつもの時間。その夕刻に訪れたのは三年生の男子生徒だった。先輩とは別のクラスなので、一見すると縁もゆかりもなさそうだ。しかし、厄介事は大体厄介扱いされる人間へと回されて来るのが世の運命さだめ。まあ、それが第二探偵部の役目でもあるんだが、便利や扱いされても困るものは困るよな。大人たちの言う『生徒の揉め事は生徒間で解決する自主性』を建前にされてもさ。いや、ほんと。俺達なにも悪いことしてないのにね。



「ーー中学の稲山口明日風と言います。」



 どうやら依頼人である男子生徒の妹さんが今回、問題の渦中にいるらしい。しかし、妹さんとは言え、他校からの相談は初めてだ。しかも、またまた女性からじゃないか。俺も、この部活も人気でてきたかな。うん。人気で予約殺到なら邪険に扱われるはずは無いよね。うん、勘違いか。



 それと、これは別の話だが、妹さんのツインテールに俺はなぜか緊張した。部長とは違う髪型で、ただ見慣れていないだけだろうか。そう思った。



 そんな違和感を少し感じたところで静かに話を聞いていた先輩が口を開いた。俺の今後は全て部長次第でもあるので、今度は普通に緊張した。



「頼まれ事はわかったわ。でも、どうして私たちなの? それこそ警察とか、もっと信頼できる大人とかに頼むのが普通だと思うけど」


「ーー別にあなたたちを信頼しているわけでもない」



 ぼそりと呟かれたその一言は、小さくて鋭かった。これに先輩はどこか満足げに微笑み、俺へ視線を送った。俺にはこの言葉は突き刺さるものだった。浅いが、でもきちんと刺さったこの刃からは、彼女の真意をおおよそ推し量れる。得心できる。受ける理由はそれだけで充分だろう。信頼できる人間というのは親族でも親でもない。まして、公的機関とか社会なんて尚更だよな。



「先輩、受けましょう。この依頼。幸いにも、今は特に抱えている問題も無いですし」


「それはそうだけど……濡れ衣だとしても、掛けられた嫌疑は刑事事件なのよ?私たちの手に負えるかしら。今までのなぞなぞとは訳が違う」


「先輩にはできませんか?」


「うーん」



 探偵部セカンド二人のやり取りを、依頼人二人は心配そうに見つめていた。俺としては困っている人に助けを求められ、自分の許容を越えなければ全力で助けたい。正義の味方になるつもりではないが、理不尽の敵ではあり続けたいのだ。



 先輩が誘拐・強姦され、最終的に爆発した事件が起きてから早くも約一ヶ月。俺にとっての日常は戻りつつある。しかし、永遠に五月から抜け出すことはなく、テラという神に創られた世界は未だに続いている。神様に創られたこの世界での時間は、要望によって再び流れるようになったが、それでも本当の現実世界における時間はそのまま。世界から取り残され、孤立している事実を知ったことにより、この想いは尚更強い。



「わかった。じゃあ、やってみよっか。久々に大きくなりそうな事件だし、なんかリハビリになりそうじゃない?」



 他人の不幸をリハビリ扱いするとは。流石先輩!マイペースですね。俺は不安そうな依頼人に「どうやら、調子が出てきたみたいです。安心して下さい。調査は行いますから」とフォローしてから、早速調査に必要な基礎情報から聞き取りを始めた。




▶ ▶ ▶



 現場は小さな書店。容疑は盗撮で、対象は人ではなく本だ。



「デジタル万引き、ね……」



 書店に置いてある本そのものを盗むのではなく、スマートフォンなどの電子機器で書籍の情報やページ、文章等を購入前に撮影することを言うのだそう。撮影された画像をインターネット上にアップしたり、個人の間でやり取りされたりすれば正規の物を買う必要はなくなる。著作権侵害の範疇に収まらない。電子書籍に押され、読書離れで置き去りにされつつある書店にとって、とどめをさされるような犯罪だ。さて、と。



「それで、その書店に同級生二人とふらりと訪れたら、店主にスマホで撮影しただろう、と疑われた。すぐに否定したけど、スマートフォンには見覚えの無い写真が入っていて、それが動かぬ証拠となって警察沙汰になってしまった」


「……はい」



 うーん、今度の状況は最悪だな。傍から見れば犯罪が起きて、目の前に容疑者がいて、その証拠が彼女の手にあるとなれば、後は罪の計量が問われるだけの有罪行きで間違いない。事件がこのまま進行し、表沙汰になれば、罪咎だけが問題ではなくなる。



 世間の常識という低い判断能力によって社会的制裁が下される可能性。未来の彼女が、過去における現在いまのこの時間を生き続けてしまう絶望。少なくとも、今後世の中に期待と希望を抱くことはなくなる最悪が訪れる。一度裏切られた後、社会を再び信用するためには膨大な時間とイベントが必要となり、再信頼には絶対的に認められる人が不可欠となる。たった十五年で絶望を強いられるのは、あまりに酷だとおもった。信頼なんてしなくていいから、少なくとも、一部を信用してみようかと試みるぐらいになって生きてほしい。世の中の大抵はそのようにしてやりくりしているはずだから。……個人的偏見が少し強いのは否めないけど。



「よし、じゃあ、俺たちはさっそく調べ始めて見るよ。部長の許可も得たしね」


「ええ。恒に任せておけば大丈夫よ」



 ……えっ。俺一人でやるんですか、先輩。



「ええと、とりあえず今後の方針を。まずこの証拠がでっち上げられたモノだってことを証明するとこから始めて行こうと思う」



 仮に、これが本当にでっち上げられたものであるのなら、証拠がなくてもこっちで勝手にでっち上げた証拠だけで解決できる。しかし。



「それと、なぜ濡れ衣を着せられたのか。つまり、真犯人の目的と意図を暴くこと。解決にはこれが必要だけど、こっちはちょっと難しいかもしれない。もちろん、部の威信を掛けてできることは全部やるつもり」



 問題を解決しても、疑われた事実は消えない。それでは、尾ひれを付けたがる野暮ったい人間の良き的になるだけ。事実そのものを無根とするためには疑い始めたやつを黙らせる必要がある。謝罪、訂正、黙殺、誤解、勘違い、気のせい、何でも構わない。吹っ掛けてきた相手が問題にしなければ、こちら側は何をしても問題にはならない。照神の世界を暴こうとしなければ、小さな神様が咎められることもないのと同様に。



「まあ、あくまでも、俺らは手助けだからな。そこは忘れずに。どうしようもなくなったら、世間を介入させる。それが状況の安定化につながることもあるし。どちらにしても、最終的にどうするかは妹さん次第だ」



 彼女はそこでなにも答えなかった。まるで無視したかのような雰囲気になったが、しかし、俺はそっぽを向くときに一度だけ目を瞑ったのを見逃さなかった。それが何かの合図なのか、ただの意思表示なのか。今はまだ分からない。



 彼女はきっと全部を話してはいない。しかし、たとえ一部でも話してくれた言葉に間違いはない。ようやくこぼした救難信号なのだ。あとは勝手に想像して、類推していくのが二番手探偵の仕事だ。

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