迷惑な勇者さま

新巻へもん

誰かが悪いわけじゃない

 セレスはその辺りの村人よりもちょっとだけ力が強くて、ちょっとだけ動きが早い男の人でした。ただ、生真面目さに欠け、作物を育てるにはちょっと向かない性格です。それでも、ここヘーゼルウッドの村、王様の暮らす都から馬車で何十日もかかるド田舎では無くてはならない人なのでした。


 ヘーゼルウッドはヘーゼル川の恵みを受けて地味豊かな村です。流れ者のセレスが腰を落ち着けたのも豊饒な実りに惹かれたからかもしれません。木の柵に囲われた村に入り込むモンスターは滅多に居ませんでいたが、何と言っても田舎です。時々山から下りてきたモンスターが耕地の外れに現れて、村人たちを心底驚かしたものでした。


 セレスは村で唯一の戦士でした。ピカピカに磨いた剣を腰に下げ、遠い町で購入したバンデッテッドメイルと円形の盾に身を固め、村の周辺に現れるモンスターを退治して生計を立てていたのです。村の周辺に現れるのは角魔兎ホーンラビット狂暴猿レイジングエイプなどでしたから、正規の訓練を受けたセレスにとってみれば恐れるほどの相手ではありません。


 村人の目からすると恐ろしいモンスターを退治するセレスは大変頼もしく思えましたし、その代金は安くはありませんでしたが必要経費として納得のいくものでした。村の唯一の酒場でちょっと一杯ひっかけるときも、セレスの分も注ぐように酒場の親父に頼むのは村人の習慣のようなものでした。


 村人は知る由もありませんでしたが、セレスの要求する代金も相場からすればやや安いぐらいだったのです。豊かな収穫物は王都に税として納めても余りある程でしたし、お互いが足りない部分を補う生活は上手くいっていました。勇者の一行が村にやって来るまでは。


 魔竜を退治するための旅を続けていた勇者一行がヘーゼルウッドの村にやって来たのは、村の外れにある洞窟で、月の涙という非常に珍しい魔法の品を手に入れるためでした。月の涙は新月から3日経った夜にしか手に入れることが出来ません。勇者がやってきたのは満月まで1週間という時期でした。


 勇者の他に卓絶した魔法を使うメイジや癒しの技を操る神官たちから成る勇者一行はヘーゼルウッドの村に腰を据えて、来るべき日に備えていました。一行の身に着けているものは、村人の目から見ても明らかにセレスの装備とは比べ物にならない立派なものです。勤勉な勇者一行は自分たちの腕が鈍らないように日々訓練を欠かしません。


 無聊をかこつよりはということで、勇者一行は村人の頼みに応じてモンスターを退治しました。村の周辺だけでなく、深い森や人を寄せ付けない山に乗り込んで、殺人蜂キラーホーネット人喰熊ハンターベアなどセレス一人には手に余る強敵もやっつけてしまいます。しかも、代金を要求したりはしません。だって勇者ですからね。


 一度目のチャレンジでは守護霊に阻まれ、二度目にやっと勇者一行は月の雫を手に入れることが出来ました。これで魔竜の巣くう大陸に乗り込むことが出来る、と勇者一行は勇躍旅立っていきます。それまでの間に村周辺のモンスター達は根こそぎ狩られていました。


 それから数カ月の間、ヘーゼルウッド周辺ではモンスターの影に怯えることなく農作物を育てることができ、過去最高の収穫を得られます。人々は勇者一行の業績を讃えました。その後、他所から来たのか新たなモンスター達が現れるようになりますが、村人たちはセレスに無料で退治するように要請します。


 セレスは困ってしまいました。武器や鎧の手入れにもお金はかかりますし、毒消しやポーションを買うのに費用がかかります。それらは決して安い物ではありません。セレスは今まで通りの費用負担を求めましたが、村人たちは無料でモンスターを退治してくれる勇者の存在に慣れてしまっていました。


 セレスは程なく村を出ます。剣を振るうことしかできないセレスには僅かな貯えも底を尽き他にどうしようもありませんでした。村の周辺にまでモンスターが跋扈するようになり、村人たちは慌てます。遠く王城に助けを求めましたが返事ははかばかしく無いものでした。正直に言って、王様にしてみれば遠い田舎の村のことなど構っている余裕はありません。


 通りがかりの冒険者にセレスに頼んでいた金額で退治をお願いもしてみましたが、皆鼻で笑うばかりで、相手にしてもらえませんでした。ついに村の中にまでモンスターが入り込むようになり、ヘーゼルウッドの人々は村を捨てることにします。


 その後、ようやく魔竜を倒した勇者一行が王城へ帰還する道すがら、この地を訪れて一夜の宿を借りようとしましたが、焼け落ちた木柵や小屋を見出すばかりでした。暖かい料理と香り高いエール酒を楽しみにしていた勇者はとても残念がったということです。


 おしまい。

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