最終話 アトランティスの風に乗って
「いいのか? お前は行かなくて」
エリーネの隣には涙ぐんだホルストが、別れを惜しむ姉妹へと視線を注いでいた。その様子を甲板からラウラも微笑ましく見つめていた。
「うん。いいよ。昨日の夜にたくさんお話したしね。それにこれからは毎年、視察っていう名目でアトランティスには来てくれるんだって」
潮風がミリアムの黄金色の髪の毛をふわりと浮き上がらせた。その手には、インティリアが握られていた。ミリアムが精製した『核』にエリーネが魔法の結界を張ったものだ。
昨晩、インティリアの開放を行った後、穴から助け出されたエリーネとミリアムはラウラにこっぴどく叱られた。ラウラも当初は、ひどく不安な表情をしていたが、子供のようにシズネに泣きつく様子を見て、安心したようだった。
ラウラはウィランドの船がアトランティスを離れるまでの間、エリーネの工房に留まることを許してくれた。すべてが吹っ切れたのか、ミリアムはシズネの前では幼い頃に戻ったように素直になっていた。
目の前でもミリアムがぐずぐずと鼻を鳴らしながら、シズネによしよしと頭を撫でられていた。
「ねぇねぇ、おじさん。ところで、そのわきに抱えている綺麗な箱ってなに?」
淡いアイボリーの小箱に、金糸で装飾されたリボンが巻かれている。どこからどう見てもプレゼントボックスだった。
「こ、これか? これは……ううむ」
もじもじと体をくねらせるホルストは正直気持ちが悪い。
「あっ。もしかして私へのプレゼント?」
「そんなわけあるか。お前の誕生日はまだまだ先だろう」
「えー。ひどいー」
エリーネは頬を膨らませながら、出航間近の船のほうを向いた。甲板から必死にシズネに手を振るミリアムの姿が見えた。
「エリーネ……お前は本当に成長したな。俺はお前のおじさんとして誇らしいよ」
「ええ……突然どうしたの? おじさん」
「シズネさんも、女王さまもだ。過去を振り切り、前に向かって進んでいる」
確かにその通りなのだが、あまりに神妙な表情をしているホルストにエリーネは驚きの表情を作る。
「俺だって、お前たちと同じように未来に一歩を踏み出さなければ――」
ホルストはゆっくりと腰を落とすと、
「いけないんだあぁぁぁぁ!」
と、叫ぶとものすごい勢いで走り去っていってしまった。小脇に可愛らしいプレゼントボックスを抱えたまま。
「お、おじさん……どうしたんだろ。大丈夫かな?」
走り去っていった後の、砂ぼこりを見ながらエリーネはそう漏らした。
「エリーネ」
ミリアムの見送りを終えたシズネが、晴れやかな表情でエリーネの元へと歩んできた。
「ホルストさん、どうしたの? なんかずいぶんと気合入っていたみたいだけど」
「うーん……私にもよくわかんない」
小首をかしげて悩んでいると、突然、ふわりと柔らかな感触がエリーネの頬に当たった。
「エリーネ。本当にありがとう。あなたがいなければ私はずっと、過去におびえていたんだと思う」
シズネの柔らかな手がエリーネの頭を撫でる。母親とは違い力強い感触がエリーネの心を安心させた。
「えへへ。これからはシズネさんのこと『お姉ちゃん』って呼んでみようかな?」
シズネはその言葉を聞くと、目を細めエリーネの頭を強く抱いた。エリーネも感触を確かめるようにシズネに体を預ける。
「シズネさああぁぁぁぁぁあぁん!」
と、猛獣の雄たけびのような声を聞いたのはその時だった。
エリーネとシズネだけではなく、その周りにいた人たちも何事かと周りを見渡している。
その中の一人が「上だ!」と叫ぶと、皆が一斉にその方角を見る。小脇にはプレゼントボックス。
ホルストはプレゼントボックスのリボンをしゅるり、と取ると、箱を開けた。ごつい手で中身を取り出すと、両手でつかみ、前へ突き出した。
「ああっ! 自分で開けちゃった! ペンダント……? って、あれ? あのペンダントの飾り……私の作ったインティリア……」
エリーネが必死に記憶をたどる。
ホルストが持っているインティリア付きのペンダントは、陽光を吸収し、まばゆいほどの光を放っている。
「シズネさぁーん。あなたのことがっ、がが、ががっ、すきでぇーすぅ」
さらにホルストは手に持ったペンダントを、ぐぐぐと突き出す。
「受け取ってくだしゃああぁい!」
突然のことに、港中が静まり返る。
「……お、おじさん……そんなところにいたら受け取れないよ」
これじゃあ、シズネも呆れかえっているはず。エリーネがシズネの顔をのぞき込む。
「……ホ、ホルスト、さんの、ばか」
……どうやら、シズネもまんざらではない様子だ。
顔を真っ赤にし、固まっているシズネの背中を強く叩く。シズネが二、三歩まえにつんのめる。
「お姉ちゃん! 良かったね!」
そう言うと、エリーネは走り出す。
体中が熱くなり、妙に力が湧いてくる。どこまでも走っていきたい気分だ。
エリーネは大通りから外れ、幅の狭い道を駆けていく。途中、道端の石ころを軽快に飛び越え、突き当りを曲がる。石の階段を三段飛ばしで駆け上がっていくと、ホルストの工房のドアを勢いよく開けた。
窓を開けコバルトブルーの大海原に浮かぶウィランド王国の船を見つめる。
エリーネは甲板で輝く、黄金色の輝きを見つけると、大きく深呼吸をした。
「ミリアムちゃあぁぁぁん! 絶対に! 絶対また来てねえぇぇぇ!」
エリーネの声はアトランティスの風に乗る。
太陽光で美しく輝くウィランド王国の船が見えなくなるまで、エリーネは腕を振り続けていた。
追憶のインティリア 連海里 宙太朗 @taka27fc
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