第21話 EPILOGUE

 バチーン! バチーン!

 なにものかが自分の頬をぶっ叩く音と共にメグは目を覚ました。

 彼女の苛烈なる二つの人生の中でも最低な寝ざめのひとつであった。

 思わずそのなにものかに強烈なアッパーカットをお見舞いしてしまう。

 そいつは垂直に二メートルばかり打ち上がるとメグの上に覆いかぶさるように落下してきた。

「いってえ!」

「こっちのセリフだバカ!」

 手でどかそうとするがどかない。そいつはメグの顔をじっと見つめていたかと思ったら、バカでかい両腕で抱きついてきた。

「よ、よかった……」

 サメハダが擦れて痛かったが、まあしょうがないかな、とメグは思った。

「一時間も目を覚まさないから、もうダメかと……」

「それにしたって女性の顔をこんなに腫れるまでひっぱたくなんて…………なんだ泣くヤツがあるか」

 メグはアレクのでっかいアタマにそっと手を乗せ、優しく撫でた。

 しばらくしたら落ちついたようなので――二人ともちょっと名残惜しかったが――起き上がりそれから隣りあって座る。

「……勇者は死んだ。わたしたちは。勝ったのか?」

「そうではないだろう。ヒューマン族はまだ何億人もいる。それに対して俺たちはたった二人。仲間だと思ってたヤツらも殆ど敵にまわっちまった」

「……だな」

 しばらくの沈黙。こんなとき大抵先に口を開くのはアレクだ。

「もういいだろう。オヤジの仇は取った。どこかで静かに暮らそうぜ。二人でさ」

「どこかって?」

 ちょっと考えてからその質問に答えた。

「これからさ。カルカドトライアングルに行ってさ――」

「例の『リージョンの分かれ目』。そうか。勇者が死んだから封印は解かれているはず…」

「そういうこと。そんで俺のプランとしてはだな、カルカドからヒューマン・リージョンでもブルー・リージョンでもない新天地を目指すんだ。どうだわくわくしないか」

 アレクは立ち上がる。

「いいな!」

 メグもそれを追い駆けるように立ち上がった。二人の顔に満面の笑み。

「なあ。あのさ」

 メグがアレクの手を握る。

「なんだよ」

「ありがとう。あのときわたしを信じてくれて」

 一瞬、なんのことかわからずアレクは目をパチクリさせた。

「……ああそういうことか。別に。お礼を言われるようなことはなにもしてないぞ。そのことが勝因になったのは確かだけどな」

「なんでわたしが裏切ってないとわかった」

「なんでもなにもないだろ」

「ヒカリにはタピオカに一服盛るくらいの猜疑心なのに?」

「別に信じるとか信じないとかじゃないんだ。もしおまえを疑わなくちゃいけないぐらいなら。そのときは黙って死のうと思っただけだよ」

 すると。メグは今度はアレクの右腕に抱きついた。

「嬉しい」

「素直か! やめろよ! サメハダがうつるぞ!」

 でも振り払おうとする様子は全くない。

「うつってもいいよ」

「……まったく。ああやって裏切ったフリをするなら事前に俺にひとこと言えよな」

「テキを欺くならまず味方からというぞ。それにどこに盗聴器がしかけてあるかわからん」

 なにも言い返せないのでアレクは黙った。でもなんか腹がたったのでメグの頬をつねる。もちもちとしてキモチが良かった。

「おまえこそ。よく裏切らなかったな」

「はぁ?」

「だって相手は同じ人間。しかも同じように召喚された仲間だったんだろう?」

「つまらん冗談はよせ。仲間なもんかあんな下衆」

「でも。俺についてしまっては勝算は随分薄かったんじゃ」

「そんなバカなことを言うヤツにはこうだ」

 アレクの腕を思いきりひっぱり胸に強烈な頭突きをかました。

「ぐえ!」

「勝算もなにもあるものか」

 そのままアレクの胸に顔を埋める。

「わたしは愛する者のため。わたしを愛してくれるもののために死ぬんだ」

「メグ……」

「それはこの世でった二人。一人はおまえ。そして、もう一人は――」

 メグは目から溢れた液体をその大きな胸で拭いた。

「もう一人は。もういない」

 アレクは小さな肩にそっと手を回す。

 心の中でそのもう一人に告げた。

 ――バカヤロウ死んじまいやがって。これじゃあもう俺は。絶対に死ねないじゃないか。


 ――三十分ぐらいそうしていただろうか。

「さて。そろそろ行こうぜ。サブマリンに乗ればすぐだ」

「動くのか? ジンベエちゃんは」

「ああ。ちょっと修理すれば――」

 そのとき。メガロドンが地震でも起こったようにグラグラと上下左右に揺れた。

 そして彼の口の中からジンベエザメが飛び出してくる。

「なっ! どういうことだ!」

「こりゃあもしかすると……」

 アレクとメグは目を閉じる。すると。

『ビリビリー! ハローシャークチューブ!』

 二人の瞼の裏にかつての仲間、ピンク髪ショートカットのロリ巨乳の姿が浮かんできた。

 服はボロボロで血だらけ、髪の毛もボッサボサ。とてつもない凶悪な目つきで画面に中指を立てていた。

 背景にうつっているのはサブマリンの操縦席。

 アレクとメグの胸に浮かんだ感情は不思議なもので『安堵』と『懐かしさ』だった。

『生きてたぞおおおおおおおおおおおお! たまたま落ちたところにビショップフィッシュが残ってやがったんだ! ざまあみさらせ! これがトップシャークチューバーの豪運じゃあああああああああああああああああああああ!』

 コメント欄には、

『うおおおおおおおおおおおお!』

『生きてやがったあああああああ!』

『ヒカリ! ヒカリ! ヒカリ!』

『自殺するの辞めます!』

『大好き! 大好き! 大好き! 大好き! 大好き!』

『おっぱいでけえええええええ!』

『アンチだけど、と、とりあえず生きてたことはめでたいんだからね!』

 などの文字。

「愛されてるなぁ」

「言ってる場合じゃないぞアレク」

『見ての通りボロボロだから今日は逃げる。だけど! 今度会ったときには絶対にぶっ飛ばすからな! おい! ヘタレのアレク! おまえ強いやつのケツなめてばっかだな! この男芸者が! たまには一人で闘ってみろ!』

 アレクの眉がぴくんと引きつる。

『それからコミュ障偏屈メンヘラのメグ! いいか! お肌はどうにかなっても! 貧乳は努力じゃどうにもならんからな!』

 ヒカリがボロボロの服のせいであらわになった胸を思いきり画面に近づけて見せる。

 メグがあからさまに顔をしかめる。

 コメント欄も大盛り上がりであった。

『二人を殺す配信はまたいつかやります! 二人のファンのみんなは震えて待て! それじゃあ! バイバイシャークチューブ! チャンネル登録よろしくおねがいシマス!』

 ジンベエザメサブマリンは屁でも喰らわせるようにケツから蒸気を噴きだすと、あっというまに視界から消えた。

「アレク。故障してたんじゃないのか?」

「電流流してムリヤリ動かしてるんだろう」

「あきれたヤツだな」

 アレクとメグは口をぱっかりと開いて空を見上げる。

「あの女……意外と的確なことを言いやがって……」

 そう呟いたのはメグ。

「それだけよく見てたってことだろうな。まァヤツには恩があるからな。許してやろう」

「恩?」

「だってさ。考えて見ろよ。あいつが変な風にひっかきまわさなくてまともやり合ってたら、負けてた可能性の方が高いぜ」

「……まあそういうことにしておくか。どうも憎む気にはならんからな」

「だな」

 二人はまったく同時に深い溜息をついた。

「で? どうするんだこのあと。足はなくなってしまった」

「海上なのに『足』ってのもなんか変だけど。まあそうだな。うーむ」

 小考ののちアレクは仕方ないなあなどとつぶやきながら、ゆっくりと海に降りた。

「――アレク! そ、それは!」

 どんな仕組みなのかはナゾだが、アレクがバキバキと変な方向に関節を曲げまくるとたちまちその姿がフツーのサメのものに変化する。

 メグはキャー! 嬉しい! うおおお! などと叫びながらそいつに飛び乗った。

「うわっち! もっと優しく乗れ! この状態はデリケートなんだ!」

「そんなこと言ったって久しぶりなんだからちょっとばかりはしゃぐのも仕方がないだろう!」

「なにがそんなに嬉しいんだよ!」

「嬉しいに決まってるだろ! いいから早く出発しよう! GOGO!」

「変なヤツ。まあいいけどな」

 アレクの尾びれがプロぺラのごとく回転し、ビュビュン! と音を立てながら波を切り裂く。

「ワーーーー! キャハハハハ! ハハハハ! いいぞ! もっと飛ばせー!」

 メグはアレクの体をペチペチと叩きながら、死ぬほど楽しそう。

 ムカツクのでワザとしぶきがかかるように泳いだりしたら余計喜ばれた。


 ――水平線はどこまでもどこまでも続いていた。




































 ――ハウラニー島のキラウェイアビーチ。

 海水浴客やサーファーは一人もいない。

 その代わり砂浜には四匹の巨大なサメが転がっている。

 ――なんと。その内の一体が爆発。

 中からは金髪ツインテールの美しい少女が現れた。

「べ、別にこれが私の底力ってわけでもないんだからねーーーーーーーーー!」

 少女は血塗れの体でなんかよくわからないことを吠えた。すると。それに呼応するように、栗色ショートカットの可憐な少女、銀髪の幼女、黒髪地味顔の爆乳もサメを爆発させて中からでてきた。

「うわああああああああああ!」

「ふっかつ」

「臭いですー!」

 各々叫びたいことを叫んだのちに顔を見合わせた。

 しばらくの沈黙。

 口火を切ったのは金髪ツインテールだった。

「いろいろ言いたいことあるけど! ひとつわかったことがある! それは!」

「「「「勇者はクソ!」」」」

 四人の声が完全に重なった。

「あんな人だったなんて……!」

「許せないわ! 人を見殺しにして! 死んでないけど!」

「うんこ」

「ホントさいてーでしたね! でも見てました? 死んだみたいですよ!」

 四人はイエーイとハイタッチを交した。

「でもこれからどうしよっかー」

「うーんそうねえ。誠に遺憾ながら私たちいままでアイツのためだけに生きてきた所があるから……」

「とりあえず――」

 幼女が拳をぐっと握りしめる。

「サメちゃんたちにリベンジ!」

 残った三人は同時に「それだ!」

 なんとも息の合っていることである。

「よし! そうとわかれば早速探しに行くわよ!」

「おー!」

「あっでもその前にやりたいことがあります!」

 爆乳がしゅたっと手を挙げる。

「なんです?」

「みんなと仲良くしたいです!」

 三人から「おお!」という声があがる。

「ほらだって。わたしたちあの人を巡ってずっと冷戦状態だったでしょ? でもね。わたしほんとはみんなのことスキだったんです。それで……」

「そうですね! わたしも三人のことスキです!」

「すき。それはぜんいん」

「あんたたちのことなんか全然好きじゃないんだからね! でも仲良くすることはやぶさかではないんだからね!」

「じゃあさっそく! ごはんでも食べに行きましょう」

 四人は仲良く笑い合いながら海岸を後にした。

 砂には四人の足跡だけが残る。

 それは偶然かこんな文字を描いていた。


 THE END

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