第20話 FINALSHARK 3/3

 ――ただし。

「……ひとおもいにやってやれよ。メグ」

 貫かれたのはアレクのどてっぱらではない。

「わかっていたのか」

「当たり前だろう。だから出ようと思えば出られるのにじっとしていた」

「なっ――!」

「バカ……な……!」

「すまんな。まったくすまんなどとは思ってはいないがイヤミでこういっておく」

 このような言葉を発したのはメグ。

「おまえのチートバリヤーだとかいう技を破るにはこうするしかなかった」

 どってっぱらを貫かれたのは――勇者。

「それに。おまえには父上のこの技を食らわせてやりたかったからな。その上でも都合が良かった」

 貫いたのはメグ。ワザは鮫魔王の得意技、後ろに周りこんで手をミニサメ状に変化させて心臓を取り出す『パペットシャーククロ―』。今回の場合はわざわざ周りこむ必要はなかったが。

 メグは右手に握りこんだ勇者の心臓を握りつぶした。さらに。

「キャアアアア! 痛い! 痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!」

「うるさいな。いつもながら」

「ね、ねえ助けてよ。その心臓返して? ねっ?」

 ヒカリもまた心臓をメグの右手に握られていた。

「私もさあ、最期には勇者裏切ってあなたたちに寝返るつもりだったの! そりゃそうよねー! 私たちあんなに仲良しだったし、第一私サメだし! ねっ?」

 メグは頬に左手をあてて首を傾げる。

 そんな考えるフリをする仕草をしながら心臓にグサっと指をつきさした。

 そしてそいつを海に投げ捨てる。

「あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“ッ!」

「個人的には助けてやってもいいと思ったんだが。まあいいか」

 メグはヒカリの背中を思いきり蹴飛ばした。海に落ちるぽちゃんというユーモラスな音。

 海を占拠するサメたちは彼らのアイドルとの思わぬお近づきに困惑していた。

 メグは自分のその赤く染まった両手でメガロドンに突き刺さったアレクをひっぱりだした。

「サンキュウ」

「手が汚くてすまんな。ふん。自分たちだって生臭いではないか。内臓が」

「あっ。ちゃっかりしてら」

 メグの右手には勇者から奪った『ルフラボンのレモンクリーム』が握られていた。

「ヤクトクだこんなものは」

「血だらけだけど、それ顔に塗るのか?」

「中身は無事――」

「くくくくくく! ハーーーーーーーーーーーーーーーハハハハハハハハハ!」

 うつぶせに突っ伏した勇者が突如、超音波のような笑い声を発した。

「どうした死体」

「いやなんかおかしくてさ。もう勝った気でいるから」

「は?」

「僕や仲間たちがソウルサモンによってヒューマン・リージョンから魂だけを召喚されてオートマトンに乗り移った存在だってことは知ってるよね? つまり――」

 アレクとメグは目を見開く。

「こんなカラダは入れ物にすぎないのさ」

 ――目に見えたわけではないが、勇者の体から魂が脱出したことがはっきりとわかった。

 魂が抜けた体から一瞬にして生気が消え失せ、腐敗が始まったからだ。

 そして魂からの声が聞こえる。

「さらに――下等生物の魂程度だったら追い出して乗り移ることも可能だよ」

「――しまった!」

アレクが勇者の狙い気づいたときには、彼はもう行動を終えていた。

「さあ。このたっくさんいるサメのどれかに乗り移っちゃったよ。どれかわかるかな?」

 メガロドンの周りを包囲しているサメは優に千を超えている。

「まさか一応ナカマの種族を全部殺したりしないよね? まあそんな体力が残っているとも思えないけど」

 アレクは歯を食いしばって拳を握りしめる。

 メグはそんな彼をヒジでつつく。

「なんとかしてくれ」

「おまえな……」

「こういう頭脳戦はおまえの領域だろう」

「そうだけど」

「なんにも思いつかないのか?」

「いや。策はある」

「あるなら早くやれ」

「でもうまく行くか……」

「大丈夫わたしがいるから」

「なんだ。フォローできる策でもあるのか」

「いやない。失敗しても一緒に死んでやるから安心しろと言っている」

「あのな~~~」

 そんな深刻な会話をする二人に再び脳に直接語り返るような声が届く。

「じゃあ僕は一旦引かせてもらうよ。新しいオートマトンをもらったら今度は寝首を掻いて殺しに来るからねー! アディオス!」

「お、おい! アレク!」

「仕方ねえ! やるか!」

 アレクは目を閉じ片膝を立てて意識を集中させる。

 すると。彼の鼻先に空いた小さな穴、ロレンチーニ器官から微弱な電磁波が生じる。

「アレクなにをしているんだ?」

「……集中乱すなよ。俺の背中に手ェ置いてみな。そうすりゃ多分さすがに見える」

「見える?」

 首を捻りながら背中にポンと手を置く。

 すると。メグの意識にアレクが『配信』する『映像』が流れ込んできた。

「ビリビリー! ハローシャークチューブ! 今日がシャークチューブデビューのアレクサンダー・ジョーンズ三世だ! なにぶん若輩ものだから電波が弱くてすまん! 近くにいるサメ連中にはギリギリ届いてるかな? 意識集中して視聴してくれるように頼むぜー!」

 メガロドンを囲むサメたちの何割かはくるっとアレクの方を振り返った。

「さあ今回お届けするのは! こんなこともあろうかとこっそり盗撮しておいた、元大人気シャークチューバー、ヒカリ・アローナの入浴動画だあ! 穴という穴が丸見えだぞ!」

 ――一瞬にしてすさまじい数のアクセスとコメントが寄せられる。

「よし! かかった!」

 アレクはただちにアクセスの解析を開始。そして。

「一匹だけ全くの無反応! メグ! ヤツだ! あのこっちに背を向けている、ホホジロザメ!」

 アレクはタキシードのポケットから拳銃を取り出す。

 メグは手刀で空間を切り裂くとそこから『酸素ボンベ』を召喚した。

「ぬおおおお!」

 そしてそいつを槍投げの要領で遠投。

「グギャッ!」

 ホホジロザメの背中に突き刺さった。

「アレク。外すなよ」

「外すもんか。たしかこう言うんだったな。『Smile you son of a bitch!』」

 銃弾は酸素ボンベのど真ん中を正確に捉えた。

 カッ!

 という破裂音。ホホジロザメの体は爆破四散し、肉片や内臓が海面に散らかった。

「すまねえな。成仏してくれや。メグ。後片付けは頼んだぞ」

「ああ」

 爆発の煙が収まってきたころ。再びアレクの耳にメッセージが届く。

「ふう。ちょっとびっくりしたけど。ギリギリで爆発前に脱出することができたよ」

「……しぶてえなぁ」

「でしょ? さあて。今度はまた別のサメちゃんに乗り移らせてもらおうかな。爆発にびっくりしてみんな逃げだしちゃってるからもうさっきと同じ手は通用しないよ!」

 アレクは腕を組んで無言。

「それじゃあアディオ……ぐげげげげげッ!」

「こっちにも。もう同じ手は通用せんぞ」

 目には見えなかったが、メグが勇者の『魂』を掴んだことを感じ取ることができた。

「バカな! なぜ!」

「わたしの得意技だ。サメハダイミテーション。魂を脱出させるこの技、名前はしらんがそんなに難しいワザではないな」

「だからってこれを真似できるわけ……はっ! まさか!」

「そのまさかだ。わたしも『ソウルサモン』されてやってきた、元・五芒星軍でな。才能がないと言って即座にほおり出されたのをそういうのであればだが」

「なんて見る目がないんだ」

「まったくだ」

「だが死ね!」

 勇者の魂はメグの魂を掴み返して強烈な蹴りを放った。だが。

「魂が無傷で済むわけじゃないんだろう? 肉体が死ぬ直前に抜け出したって」

 メグはその攻撃を片手でガード。そして。

「パペットシャーククロ―」

 ふたたび心臓をクリ抜いた。

 勇者の魂のカタチがまるで砂の人形が風にさらわれるように崩壊してゆく。

「いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! いやだ! 死にたくなあああああああああああい!」

「われわれはもう一度死んでるんだから仕方なかろう。わたしもたぶんそう長生きはせんさ」

 メグは大きく息をついて、一瞬だけ両手を合わせた。

「――メグ! やったのか!?」

「ああ」

「おお! 最後がなんも見えなくてイマイチしまらんかったがまあいいか!」

 ガハハハハ! と高笑いをするアレク。

「でもなぁ……」

 メグはふうと溜息をつく。

「どうした?」

「戻り方がわからん」

「あああああんんん!?」

「よく考えたら、出る所は見てたけど戻るところはちゃんと見ていないのだった」

「どおすんだよおおおおお!」

「一応、やってみる。戻れなかったら。ごめんな」

「ごめんで済むかバカ! ミスるなよテメー! ミスったら殺すぞ!」

 メグの魂はその愛着あるオートマトンに向かって垂直に降下した。

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