第19話 FINAL SHARK 2/3

 ぶつかりあった歯と刃から虹色の火花が散る。

「おおっ!?」

「本体の重さも回転回数もこちらの方が上のようだな」

 アレクがヘリコプリオンを思いきり前に出して押した。

 再び火花が散って勇者は吹き飛ぶ。

 アレク、強烈に地面を切ってそれを追尾。

 勇者の上を取り、さらに回転数を上げてヘリコプリオンを振り下ろす。

 勇者、それをチェンソーで受ける。

 だが受けきれずにメガロドンの背中に叩きつけられる。サメハダでアーマーの表面に無数の傷がついた。

 アレクはさらにバイクに乗るようにヘリコプリオンに跨り、斜め四十五度で降下。

 勇者、かろうじて転がってそれを躱す。

 着地したヘリコプリンの歯はピザを切る道具のごとく、滑りながらメガロドンの背中に切り口を入れた。

「――ちっ!」

 ヘリコプリオンの回転を止め、いったん息を整える。

 視聴者からは『おおおお!』という歓声。

 パシリザメくんを称賛するコメント。

 隠れファンたちに至っては喜びにむせびないていた。

 ヒカリも「すごーい!」などとピョンピョン跳ねながら拍手を送る。

「やればできるじゃん! AJくん」

「あったりまえよ! まだまだこんなもんじゃねえぞ!」

 再びヘリコプリオンを構え、袈裟に振り下ろす。

 勇者これをバックステップして躱す。

「雑魚キャラみてえにすばしっけえ。一回ちょっと止まってくれや」

 アレクの股間あたりから、ズボンを突き破って二本のトゲトゲしい棒がクロスするように伸びる。その棒は挟み込むように勇者の動きを封じた。

「なんだい? これは」

「『グラスバー器官』っていってな。サメと人鮫族には必ずついているもんだ」

「サメちゃん独自の器官かい?」

「いや人間にも必ずついてるぜ。これは早い話がな、サメのちんちんだ」

「え……」

 ――一瞬の隙。

 振り下ろされたヘリコプリオンのアゴは勇者の首にめり込んだ。

 三度火花が舞いちる。そして。

 ――爆発。衝撃音とともに閃光がほとばしる。

 勇者は吹き飛び、メガロドンの尾びれに落下した。

 だが。

「――くそっ!」

 勇者はすぐにすっくと立ち上がる。

「大して効いちゃいねえ!」

「そうだねー。痛いは痛かったけどね」

「なんていうんだっけ? そのダメージ百分の一にするとかいうクソみてーなワザ」

「なまえ? チートバリヤーだよ」

 アレクは考える。

 チートバリヤーを破るには完全に虚を突く必要がある。

 それにはどうすればよいか。

 考えがまとまらぬウチに。

「――ロレンチーニ・ライトニングプラズマッッッッ!」

 上空から赤い光線がギザギザに降臨し、アレクの足もとに落下した。

「ちっ! おしい!」

 ヒカリはいつのまにやら、自分の足の裏と地面に逆の磁場を作り出し、反発力でフワフワと浮いていた。メガロドンの背中から軽く十メートルは上空にいるだろうか。

「ヒカリちゃーん」

 勇者はにっこり微笑んで手を振る。

 ヒカリもピースサインを返した。

「けっこう苦戦してるみたいだし、退屈だから参戦してもいい?」

「いいよー。メグちゃんも来なよ」

 メグは小さく頷くとサメハダブレードを構えた。

 アレクはチラりと彼女の表情を伺う。

 その表情からは一切の迷いも動揺も感じられない。

「じゃあいくよー! わたしもかっこいいところ見せないとね! くらえー! 拡散・ロレンチーニ・ライトニングプラズマ―!」

 感傷にふけるヒマもなくヒカリの攻撃が開始される。

 彼女のハンマーヘッドの先端からは幾筋もの赤い電撃がランダムに放出される。

「ウザイ!」

 アレクはザラザラの地面を駆け雷撃をかわす。

「おお! なかなか素早い」

「あたりめーよ。こっちはフットワークの軽さの一枚看板でやって――」

 だが。

「ああああーーーーーー!」

 見事な、見事すぎるギャグマンガのようなすっ転び具合であった。

 空中で一回転してアタマから落下。

 勇者はピースサインをしながら滑りの原因となったバナナの皮を拾い上げた。

「キミと一緒で召喚ワザは得意だよ」

「勇者さんナーイス! ほりゃ! くらえ! ライトニングボール!」

 超高速の光の球がアレクのドテっぱらにめり込む。

 内臓が圧迫され鈍痛と共に血液が逆流。口から溢れる。

 そして全身に強烈なしびれ。ヒザから崩れ落ちてうつ伏せに倒れた。

「やっぱAJくんはAJくんだなー」

 なにが? と聞き返そうとするが痺れで口が動かない。

「この非常事態なのにお仲間をわざわざ逃がして」

 小脇に抱えるようにしていたヘリコプリオンはいつの間にか消失していた。

「余計なことしなければ避けられたんじゃないの? お人好しというかなんというか」

「そ……ん……なんじゃねえや……」

 手で支えながらなんとか下顎を動かして言葉をつむぐ。

「俺には戦闘能力はなんにもねえ。あるのは仲間とそれに恵まれる運だけだからだ」

 するとヒカリは体を仰け反らせて笑った。

「ハハハハハハハハハハハハハハ! なに言ってるの! それで仲間二人に裏切られてりゃ世話ないじゃない!」

 その言葉にアレクは思わず苦笑。

「そういえばそうだった……」

 ヒカリと勇者はどっと吹き出して笑った。

 メグの表情はアレクの方からは確認できない。

「じゃあトドメさそうかなー。勇者さん。メグたん。わたしがやっちゃっていい?」

 メグは小さく頷く。勇者はうーんと天を仰いで思案する。

「どうせなら合体技でとどめ刺さない? ちょっと今思いついたんだけど」

「えーどんなどんな?」

 勇者はヒカリにそっと耳打ちする。

「……わっ! それかっこいいかも! 動画映えするー!」

「でしょ?」

「あーでもどうせならメグたんも参加できたほうがいいかあ」

「私は……こいつを抑えておくよ」

 彼女はゆっくりとアレクに近づくと、両手に持ったサメハダブレードをクロスさせるようにしてうつ伏せの首を固定する。

「まあそれでもいいか! じゃあ勇者さん! やっちゃいましょう!」

「おう! じゃあいくよーーーー!」

 勇者は全く足に力が入っていないようなやる気のないジャンプで十メートルばかり飛び上がった。最高点到達と同時にチェンソーが高速回転を始める。そして。

「ロレンチーニ・サンダーボルトッッッッ!」

 上空に真っ黒い雨雲が現れた。そこから一筋の雷鳴が轟き、勇者とチェンソーを直撃する。

「いくぞー! サンダープラズマライトニングビリビリチェンソー!」

 雷光のエフェクトを伴ったチェンソーが降臨し襲いかかる。

 メグはギリギリのタイミングで転がって爆心地を離れる。

 アレクは動くことができない!

 閃光がほとばしり視界が白に包まれる。

 チェンソーの刃が回転するギュイイイイイイイン! という音のみが聞こえる。


 ――やがて光が晴れたころ。


「あれー?」

 勇者のチェンソーはアレクを捉えてはいなかった。

 捉えていたのはなにか巨大で透明でふわふわした物体。

「スティギオメドゥーサーギガンティアだ」

 アレクが口を開く。

「深海に住む巨大電気クラゲ。雷はもちろん物理攻撃も一切うけつけねえぜ」

 すると。勇者は一瞬いつもの余裕のある笑顔を浮かべたのち。

「ナマイキなんだよテメー」

 アレクの顔面を殴りつけた。いっけん無造作で大して力も入って無さそうな一撃。だが。アレクの体は地面と水平に吹き飛び、メガロドンの体表でスライドし火花を噴いた。

「今のはもう死ぬところだろ。勝手なことしてんじゃねえよ。下等生物」

 スティギオメドゥーサーギガンティアは炎の術で一瞬にして蒸発した。

「わぁ。勇者さんキレてる」

「ついに本性を現しやがったな偽善者野郎!」

「バカのくせに人間様の言葉しゃべってないで早く寿司になれば?」

「スシは嫌いだよ! アタるから!」

 アレクは勇者に背を向けて駆ける。満身創痍ながらかなりのスピードだ。

「どうせ死ぬくせに。あがいてんじゃねえよ」

 その三倍のスピードで勇者が迫る。

 だが辛うじて勇者より一瞬早く海に飛びこんだ。

「へっ! 泳ぎでサメに勝てると思うなよ!」

 いきなり最高速で勇者をつきはなす。

 すでにメガロドンからはかなりの距離。

 だが。

「――逃げてもなんの解決にもならんぞ。ここでやってやる」

「なっ!」

 アレクの背中にはいつのまにかメグが跨っていた。

 彼女は軽くジャンプしてアレクの進行方向に飛ぶと、サメハダブレードを空中で鋭く振るった。

 アレクの体はホームランのごとく吹き飛んでメガロドン上にほぼ垂直に落下。

 ちょうどヒカリの足もと辺りに、まるで古いアメリカのアニメのように足から突き刺さり、胸から上だけが露出している。

「ぐっ――!」

 強固なるメガロドンの鱗に固定されて全く身動きが取れない。

 勇者とメグがアレクの方にゆっくりと近づいてくる。

「メグちゃんナイスナイス―! イエーイ!」

「どうしたんだい? そのザマは?」

 勇者はアレクの顔面をつま先で蹴りつける。

 自慢のキバが折れて散らばった。

「クソ友を呼んでみなよ。ピンチに駆けつけてくれるさあ」

 目玉に親指を突き刺してグリグリと回転させる。

 激痛に声を上げることもできない。

「そんな力がもう残ってないのは知ってるけどね。ま、この辺が生臭い下等生物の限界だな」

 ヒカリは苦笑いして、ぽりぽり頬を掻きながらその様子を見ていた。

 それからこんな風に提案する。

「じゃ、じゃあトドメさしちゃいますか!」

「うん」

 ヒカリの方を振り返るその顔はいつもの爽やかな笑顔であった。

「じゃあチェンソーと電撃の同時攻撃で行こうか」

 二人はアレクを見下ろすように立つ。

「さあみなさん! いよいよ悪が滅びるときがやって参りました!」

 ヒカリがシャークチューブ向けの口上を述べる。

 コメント欄はもう随分前からパンクしてフリーズした状態だ。

「いいから早く。ひとおもいにやってくれよ」

「うん。そうだね。くたばれ下等生物!」

「死んじゃえええ!」

 雄たけびと共に攻撃がどってぱらを貫いた。

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