第11話 キッチン
初めて読んだのは中学生のときでしたが、当時は「なんだかすらすら読めてしまう小説だったな」という感じで、それほど強く印象には残らなかったと思います。
再び読み返すことになったのは、大学生も終わるころ。
「さまざまな青春を知る」という名の講義の課題図書のひとつがそれだったのです。
担当の先生は、五十代の男性で、ドイツ文学がお好きで在職中にも何度か足を運ばれたとのこと。その先生が、初めてドイツへ行かれたときに、空港にドイツ語に翻訳された『キッチン』が売られていたのを見て購入されて、ドイツに着いてから初めて読んだ本がそれになったとのことでした。
本との出会いって、いつ出会うか、どこで出会うかもすごく大事なものです。
確かに、若いお姉さんが書いた本があっという間に有名になってしまって(しかもお父様も著名な方だし……、私くらいの世代になると、吉本ばななさんの存在を知ってから、ああ、あの方のお父様ねという流れで吉本隆明さんを知るのですが……)どうせ一時的なものだろうと思われがちだったことでしょう。
先生も、外国へ行かれたことで、「小娘が書いた小説なんて、どうせ若い人向けの軽いものなんだろう」という先入観から離れることができたのかもしれません。
私もまた、二十前後の頃は、「難しかろう、よかろう」的な偏見があり、わかりにくいものを背伸びして理解しようとするのが読書のだいご味、というようなことを考えがちな年ごろではあったのですが、難しい本ばかり読んできた先生が授業で取り上げるくらいだから、私が見落としていただけで、実はすごく価値があるものだったに違いないと思うことができて、今度は精読することになったのでした。
授業中に、みんなで感想を言い合って、私には思いつかなかったような読みをする人がいたり。書きはじめるときりがないのですが、
「手順を暗記するほど作ったキャロットケーキには私の魂のかけらが入ってしまったし……」
この一文は、長いこと忘れられません。
確かに、小難しくかけていればいいというものではなくて、こういうはっとするような――砂浜に宝石が落ちていて、光が当たった一瞬キラッと強い光が見えるような――そんな言葉がなければ、本を読んでいたってそんなに楽しくなれないことでしょう。
というわけで、私が今でもキャロットケーキやカツ丼を好きなのは、おそらくこの小説の影響です。
読んだ本について 高田 朔実 @urupicha
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