第3話 道化と張り手

 結局昨日は埒が明かなかったので早々に退散する事になってしまった。寝て起きてみたら元に戻ってるかも知れない、と言う事で翌日に期待したわけだ。俺としては元に戻ってなくても一向に構わんッッ!!

 そして迎える運命の火曜日。今日も空気が澄んだ美しい秋晴れだが、果たして……。


「ゆーうーきーちゃん! がっこーいきましょ!」


 ピンポーン、と呼び鈴を鳴らすが反応はない。もう一度無言で押してみる。

 暗い顔をした、昨日よりはマシな髪型になったボブヘアーが姿を現した。


「夢じゃ……なかった……」

「ぃヨシッ!!」

「何がヨシッだ! ああん!?」


 早速胸倉をつかまれる俺。近年は肉食系になりつつある女子世界だがリアルに牙を剥く事はないと俺は思うんだ。


「落ち着け落ち着け。とりあえず、今日は学校行くのか?」

「……母さんから学校には説明したよ。放課後に二人で学校に行って若柴先生に事情は話した」

「そうか。なら、とりあえず行こうぜ。一人で行くよかマシだろ?」

「……チッ」


 しぶしぶ、と言った様子を隠すそぶりも見せずユーキは玄関の扉を閉めた。当然女子の制服を持ってるはずもないので学ランにスラックスといういで立ちだ。

 良く漫画なんかで女性が男装をしてるとなかなかにそそられるものがあるが、現実でもかなり良い物ですねぇ。意外とお胸はあるようで、ボタンをしっかり閉めても違和感丸出しな偽胸筋が男子高校生の想像力を掻き立てる。


「あんまりジロジロ見るな!」

「いいだろ減るもんじゃあるまいし」

「減るんだよ! 男のプライドが!!」

「ステイタスにこだわるねぇ」


 いつものようにくだらない会話をしながら登校する俺たちだが、自然と視線が集まるのをこれでもかと感じた。気持ちは痛いほどわかる。何せ女子がぶかぶかの学ランを着て歩いてるんだから何事かと思うだろう。

 つけ加えれば今のユーキは中々可愛い。袖の長さが合わずにちょこんと指が出てるところなどブリッ子みたいでナイスだ! 耳をすませずとも外野が噂しているとわかる。隣で歩く俺としては……ふへへ、彼氏になったみたいで鼻が高いぜ!


「くそ、どいつもこいつも噂しやがって」

「仕方ねぇさ。初めのうちだけだろうからさっさと慣れろ」

「他人事だと思いやがって……!」

「他人事だもーん!」

「テメェ!! ぶっ飛ばす!!」


 俺のからかいで怒り心頭に発したユーキが殴りかかろうとする。当然俺は走って逃げる。いつもであればすぐに追いつかれてボコボコにされるところだが、今日に限っては全く捕まる気がしない。きっと歩幅が狭くなっているのと服が合っていないせいでうまく走れなかったのだろう。

 結局一度も捕まることなく俺たちは昇降口までたどり着いた。


「はぁ、はぁ、はぁ……! ち、ちくしょー……こんなはずじゃ……」

「ふぅ、ふぅ……! へ、へへ、身のほどを知るが良いわ! ふははは!」

「隙ありだバカめ!」


 スパァン! とキャッチャーミットに収まる豪速球のごとき快音が俺の頭蓋骨に弾けた。ユーキのヤロー上履きで叩きやがった! 畜生、頭に足あとついてるじゃねぇか!!


「へっ! ほら、さっさと行くぞ」

「ちょい! 待てって!」


 ユーキは痛みで頭を押さえる俺を放ってさっさと行ってしまった。頭についたホコリを落としながら急いで追いかける。


「ったく。緊張してるくせに無理しやがってからに」


 ユーキの足は歩くたびに震えていた。無理もない、突然性別が変わった自分をクラスのみんなが受け入れてくれるのか不安なのだろう。


(かれこれ半年以上つるんでるんだぜ? 俺が気付かねぇはずねーだろ)


 あいつはプライドが高いから平静を装っているが俺には全てお見通しだった。理解者である俺にできることはあいつがいつも通り過ごせるように手助けしてやることだけだ。

 さて、俺も忙しくなりそうだぜ。




「皆さんおはようございます。えー、連絡事項の前にですね、皆さんに話しておくことがあります」


 俺たちの担任である若柴先生が女性ならではの子供を諭す調子でホームルームを始めた。我がクラスはそれなりに真面目な生徒が多いのでこの時間帯は平和なものだ。だが今日は一層静まり返っている。理由は言わずもがな、異分子が現れたからだ。


「既にお気付きだとは思いますが……あー、和田峰わだみねさんですが、とある事情により、その……容姿が今までと少し変わっています。しかし彼――あっいや、彼女?は昨日まで皆と一緒に学校生活を続けてきた和田峰さん本人ですので、どうかあまり詮索などせず、今まで通りに接してあげてくださいね。

 さて! それでは連絡事項ですが――」


 若柴先生が言葉を詰まらせるのは珍しい。彼女は話をするとき余程の事が無いと「あー」だの「えー」だの言わない。先生も相当動揺してるのだろう。

 ちらりとユーキの方を見ると両腕を枕に机に突っ伏している。耳が赤いから恥ずかしがっているのだろう。あいつは照れ屋じゃないが恥を感じるとすぐ赤面するからな。


 ホームルームが終わるなり生徒たちがユーキの元に集結する。普段会話もしない女子たちまでもがあいつの元に集まってくる。ぷぷぷっ、まるで見世物のパンダみたいだぜ!


「なぁ、お前本当に和田峰なん? 全然別人に見えるんだけど」

「和田峰くんその恰好可愛いね! 髪の毛も先週より長くなってるけど、ホンモノなの?」

「お前手術でもしたの? 昨日学校休んだのと何か関係あるわけ?」

「あーもう、集まるな集まるな! 俺だって何が起きたのかさっぱりなんだよ!」


 早速人気者ですなぁ。半グレの彼女が民衆に囲まれてんてこまいだ。とりあえず、この様子を写真と動画に収めた事だしそろそろ助け船を出してやるとしようかな。


「あーあー諸君、悪いけど俺のオンナから離れてくれるかな。おっとそこの君、彼女におさわりは厳禁だよ」

「あん? なんだよ近江。『俺のオンナ』ってどういう意味だ?」

「そりゃ言葉通りの意味ですとも。彼女は俺の……コ・レ、なんだからな!」


 わざとらしく小指を立ててウインクする。すると女子たちが黄色い声をあげて喜び男子たちは総じて呆れていた。

 そしてユーキがまたキレる。


「だぁぁれがテメーの彼女だよ! ぶっ飛ばすぞ!!」

「そうカッカするなよマイハニー。可愛いお顔が台無しだぜ?」

「死ねっ!!」

「ぉごふぁっ!?」


 顔面に張り手を食らい吹っ飛ばされた。なんだか顔がとっても熱い。起き上がってみんなの方を見てみると一斉に笑いが起きた。


「ぶははははは!! 手の形がくっきりついてやんの!」

「馬鹿オーミ!」

「痛ってぇなぁ! 女になっても何一つ変わってねぇじゃねぇか!」

「馬鹿につけるにゃいい薬だ。まぁテメーの馬鹿は死んでも治らねぇだろうけどな!」

「こらー。もう授業を始めるぞ。全員席に着け」


 俺たちがのコントを繰り広げている間に一時限目の教師がやってきた。とりあえずみんなもユーキはいつも通りであると言うことがわかってくれただろう。


「近江、なんだぁその顔は? 力士に張り手でも食らったような顔をして」

「猫にかみつかれたんですよ」

「まーたわけのわからん事を言う。そんなふざけた顔で授業に臨むとはいい度胸だ。廊下に立つか?」

「えええ、ご無体な!? それ酷くないっすか!?」


 先生と俺のやり取りに教室中に笑いが起きる。そして始業の鐘が鳴り響いた。

 ユーキの方を振り向くと、彼女は申し訳なさそうな、しかし嬉しそうな笑顔でこちらを見ていた。

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トモが女になりまして。 カニク派 @ka298

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