第2話 マウンティングハプニング

「来いよ。ちゃんと話してやるから。……母さん」

「ええ。紅茶でいいかしら?」

「コーヒーでお願いします」

「利久くん相変わらず遠慮がないわねぇ。わかったわ」


 ユーキのお母さんは飲み物も用意してくれるできたお母さんだよなぁ。もう二十年若ければ俺がもらったのに。

 ユーキの部屋に入るなり、彼女――今は彼女と言うべきだろう――はベッドの上に座る。


「好きにしろよ。いつのものよーに」

「お構いなくマドモアゼル」

「お前あんまり調子乗んなよ」

「すまん」


 やべぇ。マジ切れじゃん。あんまりふざけんとこ。

 言われたように遠慮なく床のクッションに腰を下ろす。いつも遊びに来るときと同じ流れだ。やっぱりこいつはユーキで間違いないんだろう。


「それで、一体どうしちゃったの」

「まっっったくわかんねー……。もう起きてからずっと頭が混乱してるよ……」


 がくりと頭を垂れるユーキ。どうやら本当に参ってるみたいだ。

 しかしあれだな。首を下げると胸元が若干あらわになってセクシーだ。それにこいつ、当然ながらブラジャーなんて着けてない。おかげで胸の輪郭がくっきりと……ムホホ!


「おい聞いてんのかよ」

「はい聞いてます」

「嘘つけーっ!! テメーの気持ち悪い視線はぜんぶお見通しなんだよ!!」


 『パァンッ』と小気味よい音と共に俺の意識は一瞬飛んだ。痛ってぇ!! こいつ本気で叩きやがった!


「いてて……。と、とにかく問題の解決を図るべきだと思わないか!? そうだ、お前昨日の行動を俺に話してみろ。何か原因になり得そうな物を客観的に考えてやる!」

「お前の意見なんか当てになるかよ」

「それ酷くない?」

「そうだなぁ……。昨日はバンドのメンバーと打ち合わせがあったから学校の近くの喫茶店で集まったな。今度練習する曲についてだな」

「なるほど。飲み物に何か仕込まれてたとかは?」

「それはねーわ。あの日は店長しかいなかったし、メンバーの一人も俺と同じの頼んだからな。お前もあそこの店長の事は知ってんだろ?」


 確かにユーキの言う店長は俺も顔なじみだ。学校の近くにあると言う事で多くの生徒が足繁く通う人気店でもあるその喫茶店では、白髪白髭の物腰の優しい紳士が店長を務めている。あの老人が客に変なものを飲ませるとは思えない。


「いやいや、ああいう人間こそ裏では何をやっているか……」

「冗談でもそういう事言うのはやめろよ」

「すまん」

「真面目に考えろ!!」

「わかった! わかったからそう怒鳴るな! そんで、喫茶店いった後はどうした?」


 普段でさえ怒ってばかりの癖に女になったせいかヒステリー度が増してる気がする。おまけに声のトーンが上がったせいで余計に耳に響くんだよなぁ。


「その後はカワハ楽器店によって新作のベースとTAB譜が入荷してないかチェックして……夕方には家に帰って来たな」

「家では何か変な物は食わなかったか?」

「特にはねぇな。母さんが夕飯を作ってたから、先に風呂入って、んで上がった後に一緒に飯を食った」

「ははん。さてはそれが原因だな? 夕飯は何を?」

「チャーハンとギョウザだな。って、お前人の母親を疑ってんのか!? 大体作った本人も食ってんだから変な物入ってるわけねーだろ!!」

「いい線いってると思ったんだがな。それで、その後は?」

「居間で一緒にテレビ見てたけど……そのうち自分の部屋戻って音楽聴きながら楽器の練習してた」

「その時なにか食べなかったか?」

「小腹がすいたから煎餅を少し……」

「それだっ!」

「言うと思ったわ!! スーパーで売られてる普通の煎餅だわ! ちなみにそれは母さんも食ってるからな! いい加減食い物を怪しむのはやめろ!!」

「いい線いってると思ったんだがな」


 いや、まだ可能性は残されている。まさか本当に、他ならぬユーキのお母さんが――。


「俺の母親が犯人だと思ってるだろお前」

「キサマ、俺の心を――」

「てめぇ……いい加減にしろよ……」

「うわわっ! やめろ冗談だから!!」


 俺が必死に許しを請うとユーキは掴んだ俺の胸倉を離してくれた。自分のタイプの女子にすごまれるのはやぶさかではないが痛いのはキライだ。


「客観的な総評として、現状では原因は分かりかねる」

「ほんと使えねーなお前。まぁわかってたよ」

「ねぇ酷くない? それ友達に言う言葉かな」

「友達が人の親を疑うのか?」


 手厳しいなぁ。こいつ女になっても性格変わんねーのかよ。俺としてはもうちょっとあまあまでエロエロな子が……あ、でもツンツンしてて時々デレる子も可愛いかも。


「まーお前の場合はツンツンと言うより半グレだよな! ははは!」

「テメー喧嘩売ってんのか!? キレた、ぶっ飛ばす!!」

「うわー! やや、ヤメロォ!!」

「二人とも、飲み物持って来たわよ~」


 ガチャリ、と音を立ててドアが開かれる。ユーキのお母さんが動揺しているのは明らかだった。盆に乗せたマグを取り落とさなかったのが幸いなほどブルブルと震えているからな。


「あ、あ、ああな、あなたたち……っ! 高校生が、そんな……っ!!」

「は?」


 ユーキは言葉の意味が把握できていなかったらしい。おいおい、俺ですらその意味が理解できているのにこいつときたら。


「ユーキ。お前今の状態見て何か思わないのか」

「はぁ? 状態……ッ――わぁ!? ちち、違う違う勘違いすんなよ母さん!! 俺たちはそんなんじゃねぇ!」


 ユーキは飛び跳ねる様に俺へのマウントポジションを解除した。

 ふふふ、ワザとらしい弁解がこれまた逆効果よ。いっちょ前に女の子らしく顔を赤らめちゃってカワイイんだからぁ!


「お前も何か言えよ!」

「初めては優しくしてね……ウルウル」

「死ねぇ!!」

「おっぶぅぅぅ!?」


 お前ぇ!! 友達にサッカーボールキックぶちかますやつが居るかよ!! 俺の華麗なるシャオリーが功を成したから良かったものの常人なら気を失ってるぞ!


 その後はユーキのお母さんが止めに入り事なきを得た。しかしユーキがいくら熱心に弁解してもお母さんに通じず、結局俺が事の流れを説明してひと段落が着いた。

 この優しいお母さんからどうやったらこんな暴力息子――今は娘か――が生まれてくるんだかなぁ。やれやれ困ったもんだ。

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