44.灯貨《知識》

 この世界の各地で共通して使えるお金は、金貨、銀貨、銅貨である。

 中央と東西南北の四大陸の中でも、力の強い国が多く存在する中央から南の大陸で制定されたものだ。


 銅貨100枚で銀貨一枚、銀貨100枚で金貨一枚となる。

 発展した国の大きな都に住む中流階級の庶民の年収が、およそ銀貨300~600枚と言われている。

 もちろん田舎にいけばもっと少ないし、国の盛衰によっても上下があるが、大体の目安になるだろう。



 今でこそ多くの地域に広まっている通貨だが、以前は物々交換やその地域特有の通貨があった。


 獣が多く雪深い北の大陸では、獣の牙や骨が通貨となっていた。これらは骨貨こつかと呼ばれ、今でも北の大陸で使用されている通貨の一つだ。

 形を整えて染色し、その形と色で価値を振り分ける。穴を開けて紐を通し、まとめて持ち歩いていている。


 東の大陸は、海との接地部分が入りくんでいたり、群島化している部分がとても多い。

 それゆえに、今でも東の大陸では貝殻を使用した通貨、貝貨かいかが主流である。

 貝の種類によって価値が分かれる。基本的に大きい方が単価がでかくなるが、一番価値が高い貝殻は、とある種類の小さく形が良く美しい発色をしているものだ。


 そして、西の大陸オクシデントでは、今でも灯貨とうかと呼ばれるものが主流である。

 これは西の大陸オクシデントでよく見られるドロップナッツと呼ばれる実の殻である。


 ドロップナッツは、堅果けんかと呼ばれる果実・種子類の一つだ。クルミやクリ、アーモンドやピーナッツと同じ種類の食料で、西の大陸オクシデントの主食の一つでもある。

 親指の先程の大きさの殻に亀裂があり、それを開いて中身を取り出す。クルミなどのように割る必要がなく、殻は中が空洞になったまま元の形に戻るのだ。

 亜高木種でたくさん実をつけ、群生しているので集めやすい。

 熟しすぎると殻が勝手に開き、可食部である中身だけを地面に落とす、その光景がドロップナッツと呼ばれる由縁ゆえんだ。


 ドロップナッツはミルク感があって栄養価も高い。一般的に茹でてペースト状にするとクリームのようになり、保存食として扱われる。

 西の大陸オクシデントでは、このドロップナッツを使った料理が多い。


 何よりこのドロップナッツの殻は、暗いところでは主に黄色く光る。

 一つ一つの光は淡く弱々しいが、ドロップナッツの森は夜になると明るく幻想的な光景となる。

 光も強すぎないので、生活被害も大きくはない。

 これが灯貨とうかと呼ばれる理由である。

 種類によって形と大きさが異なり、別の色を発するものもあるので、発する色と形で価値が変わってくる。


 ドロップナッツの殻は軽いし小さく持ち運びがしやすい。厚手の布や革の袋に入れれば光も漏れないし、金貨などよりずっと都合がよいので、未だに西の大陸オクシデントの主流通貨となっている。

 通貨として機能するのは、国が制定した印のあるものに限られており、偽造も難しい。通貨の整備も、中央や南の大陸に負けず劣らず、進んでいるのだ。


 何より、このドロップナッツの光は死霊避けになるのだ。

 死霊が多い西の大陸では、古来よりドロップナッツは重要な役割を担ってきた。

 死霊を近付けないから、人々の集落はドロップナッツの森に近い場所に作られ、主食となり、身近な植物となっていったのだ。

 だから、西の大陸オクシデントで灯貨とうかが廃れることは無いだろう。



 昔々、死霊を怖がったある集落の長が、権力を盾に集落中の人々から灯貨とうかを取り上げて全て自分の屋敷に集めたことがあった。

 とてもたくさん集まったので、夜になったら長の屋敷はさぞ明るいだろうと思われた。


 だが、その長は夜を迎えることができなかった。

 灯貨とうかを奪われ、困り果てた集落の人々が、死霊がより集まる夜になる前に速攻で長の屋敷を襲い、灯貨とうかを取り返したのだ。


 まぁ、こんな身勝手なことをするような長なので、人々も鬱憤が溜まっていたのだろう、殺されてしまった。


 これは灯貨とうか――しいてはお金に関係することで道理に反したことをすると酷い目にあいますよ、という西の大陸オクシデントの道徳として語り継がれる、有名な話である。

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