35.ドラゴンに挑む国《知識》

 死した魂――幽霊が強い想いを持って現世にとどまり続けた結果が、生命いのちあるものに害をなす存在・死霊しりょうである。

 その死霊しりょうを、英雄の墓すら暴いて従える、悪徳を積み重ねる死霊術師。

 そんな彼らでさえも、絶対に手を出さない死霊しりょうが存在する。


 北西の島国に眠る、建国のドラゴン。

 国の祖、英雄たる彼のなれの果ては、たとえ裏社会に幅をきかせる極悪の死霊術師でも手を出さない。

 あのドラゴンは、その国の王族にしか封印できない死霊なのだ。


 この島国は、かつては雑魚の死霊で溢れかえり、土地は荒れ果てていた。

 住人にとって、毎日が命がけだった。海に出て逃げ出そうにも、付近の海にさえ死霊が漂い、新たな仲間を迎えようと引きずり込んでくる。

 死んだらきっと、自分もあの死霊たちと同じになるのだろう。

 そんな絶望の中、この島に一人の人間と、一匹のドラゴンが降り立った。


 一人と一匹は島中の死霊たちを次々に倒し、少しずつ島に活気を取り戻していった。

 住人たちの支持を得た人間もドラゴンも、いつしか英雄と呼ばれるようになった。

 人間の英雄は、彼らをまとめあげるため、国をおこした。

 ドラゴンを国の守護として崇め、平和な日々は続いていた。


 だが、無理矢理に倒した死霊たちは、この島から消えたわけではなかったのだ。

 冥界に行かず、ただ霧散していただけの彼らは、再び国に襲い掛かる。

 王となった人間の英雄は、ドラゴンの英雄と共に、地上を埋め尽くさんばかりの死霊たちに立ち向かった。だが、あまりの勢いに圧され、もはやこれまで、という時、ドラゴンの英雄が彼を庇った。


 ドラゴンの英雄は死霊たちを一匹残らず取り込んだ。

 そして王たる人間の英雄に、自分ごと封印するように懇願したのだ。

 人間の英雄は、嘆き悲しみ、涙をこぼしてドラゴンを封印した。

 その時流した涙は湖を作り、封印するために使用された剣は、聖剣として湖の前に突き立てられている。


 このドラゴンは、定期的に封印を破り復活する。

 かつての高潔な意思などとうに失った彼は、土地を穢して暴れまわる。

 それを防ぐため、湖の聖剣を抜き、ドラゴンを再び封印せねばならない。


 この島国の、人間の英雄の末裔たる王族も、かつて英雄だったドラゴンも、その命と存在を懸け、島国の平和を維持し続けている。

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