27.剪定のハープと王殺し《伝説》

 決して識字率の高くないこの世界では、大衆の情報伝達の方法はほぼ伝言に限られる。

 口伝、噂、そして歌。

 各国を周る旅人、特に吟遊詩人は、彼らにとっては情報源であり、また娯楽の対象でもあった。

 それは王や貴族にとっても同様で、美しい歌声を持つ吟遊詩人が城に招かれる事も、珍しくはない。


 鏡の破片を埋め込んだ、銀色のハープを持った吟遊詩人の美女がいた。彼女は聡明で、このハープを弾いて歌うと、智慧が湧いてくるのだと言った。

 ある国を訪れた際、彼女を見初めた王が、城に招き手籠めにした。

 その後、妾となった吟遊詩人は王の子を産んだ。

 歌を歌うとはいえ、吟遊詩人も旅人だ。やわな印象を受けるが、その実、戦闘の心得があり、強かな者が多い。

 彼女もまた、手籠めにされたからと弱気になるような女ではなかった。


 この王は、民の事など顧みず、好き勝手に毎日遊んで暮らしていた。

 おかげでこの国の民は疲弊し、貧困に喘いでいた。

 吟遊詩人は歌で王を慰めつつも、その態度をたしなめ続けた。

 だが、それを煩わしく思った王が、とうとう彼女を殺してしまった。

 そして、自身の子でもある彼女との息子を、遺品となった銀色のハープを持たせて追放してしまった。


 国は荒廃し、この王が愚王として名を馳せ始めた頃、一人の吟遊詩人が、一人の騎士を連れてこの国を訪れた。

 騎士と言っても自称をしているだけの、みずぼらしく、主を持っているようにも見えない男だったそうだ。

 だが、この騎士の強さはすさまじく、たった一人で王城を踏破し、王の前にたどり着いた。

 共に王の前にやってきた吟遊詩人は、銀色のハープを見せ、言った。


 ――王に相応しくない者は剪定する。これからずっと、この銀色のハープが存在する限り、この国の王に相応しくない者が現れる度、私たちは王を剪定する。


 愚王は騎士に首を刎ねられ、死んだ。

 吟遊詩人と騎士は、どこかに去っていった。


 その後は、息子たちの中でも優秀な者が王位に就き、この国は続いている。

 度々愚かな王が発生し、その度に吟遊詩人と騎士はやってきた。毎回違う人物だったが、銀色のハープだけは同じだったという。


 ここ百年ほどはこの国も平和を保ち、吟遊詩人と騎士が訪れた事はない。


 この銀色のハープに埋め込まれていた鏡は、「智慧の鏡」だったのではないか、と噂されている。

 智慧の鏡は、善悪問わず、覗き込んだ者の一番都合の良い答えを示す。

 だから、あの銀色のハープはきっとこう答えているのだ。


 ――貴様を追放し母を奪ったあの愚王は殺してしまえ

 ――愚かな王を殺し民を救うのは、騎士にとって名誉な事である

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