24.魔術封じの刺繍《魔法道具》
オカの実は、拳ほどの大きさで、オレンジ色の丸い果物だ。
二階建ての建物ほどの高さの木に実る。表皮は薄く果肉は柔らかい。濃厚な果汁は子供にも大人気だ。
だが、中身の種が体積の三分の二を占めるため、果肉を削り落としてジュースや果実酒に使用される。
大きなくるみのような種の方は、硬い表皮を割って中の白い繭を取り出す。
蚕の繭と同じ要領で糸へと加工が可能だ。つるつるとした肌触りで、主に刺繍に使われている。
オカの実の名産地では、この糸を使った刺繍作品に力をいれている。
中でも、乙女の刺繍を施したものは大人気だ。
オカの実からできた糸には、魔力を吸収する特性があり、ひいては魔術封じの力を持つ。
乙女の図柄が人気な事には、こういった昔話があるからである。
ある時、この地の村に一人の魔術師が訪れた。
大魔術師だと名乗ったその男は、魔術を振りかざし村を襲った。村人を脅して横暴に振る舞う彼を恐れ、誰も逆らうことができなかった。
だが、見かねた村長の娘がこの大魔術師に立ち向かった。気の強い娘は、オカの実の糸の刺繍を全体に施されたマントを身に付け、単身敵の元へ乗り込んでいったのだ。
大魔術師はそれを嘲笑った。たかが娘一人、どうということなかったのである。
しかも、この娘は近隣の村でも評判の美人だった。
手込めにしようと娘に襲い掛かった大魔術師だったが、何故か魔術が使えない。
これを見た村人たちも、今までの仕返しをせんと手に農具を持ち始めた。
魔術封じのマントに気付いた大魔術師は青ざめ、一目散に逃げていったのだ。
この娘の勇気を讃えるために造られたのが、乙女の図柄の刺繍である。
魔術封じの他に、勇気を与える刺繍として人気なのである。
それはそうと、この話には続きがある。もちろん、みんな知っている話だ。
実のところ、この魔術封じの刺繍に強力な効果はない。
実力のある魔術師ならば、例え自身が刺繍まみれのマントを身に纏っていたとしても、魔術が使えなくなるなんてことはない。せいぜい使い勝手の悪さを感じるくらいのものである。
魔術の使用に致命的な影響が出てしまうということは、その程度の魔術しか使えない、三流魔術師ということなのだ。
つまり、上記の話に登場した大魔術師と名乗った男は、実は大したことのない三流魔術師だった、という落ちである。
この事から、「オカの実にも劣る」という慣用句が生まれた。
大ホラ吹きの三流魔術師に始まり、実力や技術の低い魔術師を評価、揶揄する言葉である。
これが派生して、
「オカの実以下」
「オカの果実酒に魔力を溶かした」
「種をぶつけた方がマシ」
「刺繍作家の方が役に立つ」
…………などなど。魔術師を指した悪口が、色々と生まれる事となった。
魔術師は実力と結果主義の世界。口と実力が伴わない者には厳しいのである。
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このタイトルと同じ世界観の新作の連載を始めました。
そちらも合わせてよろしくお願いします。
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