15.透石英《魔法道具》

 透石英とうせきえいは、魔力紋によって色と形状が変化する鉱石だ。


 魔力紋とは、指紋や声紋のように個人によって異なる魔力の波紋の事だ。

 魔力紋の違いで得手不得手も違ってくるのだが、この透石英に魔力を込めて、その色と形状を見ることで適性を図る事ができる。

 魔術学校や魔術組織などで使用されており、魔力を抜けば何度でも使用できる、便利な魔法道具だ。


 この透石英は、魔術師たちが治める、魔術師たちの国と縁深い道具でもある。


 その国は元々、無能な王族や貴族が私腹を肥やし民草を食い物にする、腐敗した国だった。

 貧富の差は大きく、貧しい人々は日々の食べ物を手に入れるだけで精一杯だった。

 この国は山々と大きな河川、そして魔物が跋扈ばっこする巨大な森に囲まれた陸の孤島で、他国への亡命も難しい。

 そんな彼らが藁にもすがる思いで挑戦するのが、国による魔術師の募集だった。

 当然、魔術師になったとしても、上流階級の都合の良い道具になるだけである。

 だが、今よりも少しマシな生活が送れる。家族も今より楽になる。

 人々は、こぞって挑戦した。

 彼らは虐げられる事に慣れすぎていた。


 透石英は、まず色と形状を変化させられるほど多量の魔力を注がねばならない。

 この点については、ほとんどの者が達成できた。この閉鎖された国に生まれた者は、どうやら皆して魔力が高かった。

 変化できても、王や貴族にとって都合の良いものでなければ、それが本来貴重で有用な者だったとしても切り捨てられた。

 生まれついた魔力紋を変えることはできない。一世一代の賭けに敗北した人々は、終わりのない貧しい生活に戻っていく他なかった。


 ある日、その国の王が透石英による選定を視察に来た。

 貧しい民草の姿に顔をしかめていたが、とある一角が騒がしいことに気付いた。

 なんと、透石英が虹色に輝く花の形に変化したのだという。

 そのあまりの美しさに王は見とれた。彼は、その透石英から魔力を抜く事を禁じ、自分の物とした。

 その透石英を変化させたのは、まだ五歳の子供だった。


 王が持ち帰った美しい透石英を見た女王は、もっと欲しいと彼にねだった。

 王は件の子供を呼び出し、報償金を出すと言って、新しい透石英に魔力を込めさせた。

 どれもこれも、虹色に輝く美しい花の鉱石となったが、子供の魔力量はたかが知れている。家族のためにと無理をした子供はすぐに死んだ。

 残った家族に渡された報償金は、微々たる者だった。


 女王はこの透石英を花水晶と名付け、身につけた。

 それを見た貴族は羨み、我先にと人々に透石英に魔力を込めさせた。

 女王が持つものとは色や形は違えど、数々の花水晶が生まれた。


 そのうち彼らは、七歳未満の魔力の高い子供がこの花水晶を作り出せる事に気付いた。


 国中の七歳未満の子供が集められ、毎日花水晶を作らされた。

 子供たちは、家族のためと健気に頑張った末、死んでいった。

 血反吐を吐く我が子を抱きしめ、もういいと泣いて止める母がいた。

 剣を突き付けられる両親を目の前にして、死ぬまで花水晶を作る子供もいた。

 国中のほとんどの子供がいなくなるのに、そう時間はかからなかった。

 そして、人々が怒りに目覚めるのにも、そう時間はかからなかった。


 虐げられる事に慣れ、甘んじていた人々は立ち上がり、王と貴族を皆殺しにした。

 先導したのは、彼等に仕えていたーー元は人々と同じ貧しい家の出の魔術師たちだ。

 大きな革命だった。

 その後、自分たちに魔術師の素質があることに気付いた人々は、先導した魔術師たちに教えを乞い、国をあげて勉学に励んだ。

 新生したこの国の発展は目覚ましく、日夜魔術の研究が行われている。他国からの留学生や、各魔術組織の支部も多い

 今や、魔術師であれば一度は訪れたい国となっている。


 だが、この大革命は起きてまだ五十年にも満たない。

 この国の人々にとって、子供達を亡くした悲しみと権力者たちへの怒りは未だ新しく、そして根強い。普段は穏やかな彼らだが、苛烈で攻撃的な一面を持っているのだ。


 かつての王や貴族たちは、花水晶を他国に輸出していた。

 多くの人々の手に渡ったそれは、未だに市場に回る事もある。


 もしも花水晶なんて身に付けてこの国に入ろうものなら、覚悟した方が良い。

 この国は、山々と大きな河川、そして魔物が跋扈ばっこする巨大な森に囲まれた陸の孤島。

 何かあっても、そう簡単には逃げられない。

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