13.智慧の鏡《魔法道具》

 智慧ちえの鏡は、とある大きな鏡の破片の事だ。

 世界各地に散らばっている。


 大昔、とある国に賢者と呼ばれる男がいた。

 あらゆる事を知り、それでいて奢らず、穏やかで聡明な人物だったらしい。

 彼はその国の王に仕え、その智慧で国を豊かにし、王や民を導いた。王の子供たちにも、自らの知識を惜しまず注ぎ、立派な王子に育て上げた。


 だが、そんな賢者を疎ましく思う者たちが出てきた。

 国が豊かになった事で欲が出た貴族達は、より強い権力と、より有益な賢者の智慧を欲するようになった。

 賢者はその気配にいち早く気付き身を隠したが、貴族たちはそれぞれに教え子である王子を擁し、後継者争いを始めてしまった。

 王は暗殺され、内紛は激化した。貴族たちは国の領地をいくつかに分け、争った。

 豊かな国はあっと言う間に見る影もないほど疲弊してしまった。

 それでも争いは終わらなかった。

 賢者はそれを憂い、民にどうにか生きる智慧を与えて回った。

 その程度しか、彼にはできなかった。


 ある時、あの賢者を陣営に加えれば争いにも決着がつく、と貴族達は考えた。

 こぞって賢者を追い立てた貴族達は、彼をかつての王宮の、大きな鏡がある部屋に追い詰められた。


 だが賢者は、誰の力になるつもりはなかった。

 彼は貴族たちの目の前で、鏡の中に吸い込まれていったのだ。

 鏡面の向こうから静かにこちらを見つめるだけとなった彼を、誰も連れ出す事はできなかった。

 激怒した貴族達は、その鏡を叩き割り、それぞれ破片を持ち帰った。

 その破片を王子たちに渡すと、彼らは賢者の無残な姿にみな一様に涙した。


 鏡を渡した次の日、貴族たちはそれぞれが擁した王子たちに処刑された。

 王子らは口を揃えて言った。


「鏡から賢者の声が聞こえる。彼の言う通りにした。」


 内紛の元凶となった貴族たちを始末した王子たちは、和解して国の復興に尽力した。

 困ったとき、悩んだ時は、鏡の破片に話しかけては賢者の意見を仰いだという。


 本来の穏やかで聡明な賢者なら、貴族たちを処刑する、などという力任せの案は、例え最終的にその方法しかなかったとしても、簡単に教えたりはしなかっただろう。

 この鏡は賢者の智慧のみが込められた物らしい、という事に王子たちはすぐに気付いた。

 そのため、鏡の使用は慎重に慎重を重ねた。


 破片の大部分は今でもこの国が厳重に管理しているが、一部は世界中に散らばってしまった。

 この鏡の中の賢者が与える智慧は、善悪問わず、覗き込んだ者にとって一番都合の良い答えを返す。


 この国は今でも残りの鏡の破片を探している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る