5.氷の花 イセベル・フラワー《魔法道具》
イセベル・フラワーは、大魔術師イセベル・ムシカが製作した魔法道具だ。
冷却魔法のかかった植物型の道具で、茎や葉は透明な氷でできており、頭には細い針状の花弁が広がっている。そこに空気中の水分が付着し、冷却魔法で霜となって針を覆う。それがまるで雪の結晶のようだから、「氷の花」とも呼ばれている。
特殊な方法を用いるものの、普通の植物のように数を増やすことができる。種子から開花までの期間も短く、一度咲けば大体2~3年は効果が持続する。
イセベル・ムシカは氷魔術と温度操作の魔術に精通した大魔術師だ。過去の高名な魔術師たちの名を上げるとしたら、絶対に外せない存在である。
彼女は、魔術の研究のみに一生を費やした、と言われている。
とても無口で気難しい性格だったらしく、弟子は少年が一人だけ。
交友関係も狭く、世間の流れにも一切興味を示さない。自分の研究室に引きこもりっきりの変人。
いつも無表情で不愛想、くすりとでも笑った所を見たことが無い。
あの女は氷の仮面を被っている。そう彼女を揶揄する声もあったらしい。
研究の副産物として、偶然イセベル・フラワーができた際、弟子はこの花を量産し、売ってお金を稼ごうと彼女に進言した。
最初にできたこの花は、ちょっとひんやりしているだけの、魔法道具の中でも玩具扱いされる程度の代物だった。
見た目が良いこの魔法道具なら、観賞用として人気が出ること間違いなしだと、彼は思ったのだ。
何しろ研究にはお金がいる。弟子の、師を想う気持ちあっての事だった。
イセベル自身は興味を示さず、花の扱いは彼に一任した。
イセベル・フラワーは、美しく神秘的な氷の花として飛ぶように売れた。
だがそれも一時の事で、すぐに事件が発生した。
イセベル・フラワーは、実は知識のない一般人には少々手に余る代物だったのだ。
この花はとにかく冷たかった。
花瓶に数本飾った部屋は、いつも肌寒い。
たくさんのイセベル・フラワーで造った花束を抱えていた青年は、両腕が凍傷になった。
子供が針状の花弁部分に触れて、怪我をした。
極めつけに、この花を頭に飾っていた王女が亡くなった。
王は大変怒り、イセベルと弟子の少年は国から追放される事となった。
弟子は落ち込んだが、師のイセベルは気にしなかった。
数少ない友人の一人、炎の大魔術師の手を借りて、彼女はまた研究に没頭した。
弟子の方もこのくらいではへこたれなかった。
よりイセベル・フラワーについて師と共に研究し、制御・管理方法の確立した頃、弟子の少年は青年となっていた。
彼は、今度は商人たちに売り込んだ。
食材の鮮度を保ったまま長距離で物資を運べるようになった。
魔術に使う魔法道具の保存や魔術師の実験室、医療現場でも大いに役に立った。
この花が普及することで、社会は大きく発展した。
これが、イセベル・ムシカが大魔術師として名を遺す由縁である。
イセベル・ムシカは一人しか弟子を取らなかった。
有名になった彼女には何百人もの弟子志願者が訪れたが、その全てを相手にしなかった。
代わりに、弟子の青年が何人か弟子を取っていた。
社会に必要不可欠となったイセベル・フラワーの管理・量産のためにも、人手が必要だった。
彼が中心となって、氷魔術を使用する魔術師たちの組織「イセベラリオン」が設立された。
この組織は今もなお続いており、数ある魔術師の組織の中でも、莫大な富と権力、人材を抱えた大組織の一つとなっている。
イセベル・ムシカは一人しか弟子を取らなかった。
弟子の青年は、事故で若くして亡くなった。
たった一人の弟子の死に、イセベル・ムシカは声を上げて泣いた。
弟子の遺体に縋る彼女に、氷の仮面の片鱗など微塵もなかった。
彼女は、横たわる弟子の遺体をたくさんの氷の花で飾り立て、自身も彼に寄り添い、凍死した。
彼女は「魔術の研究のみに一生を費やした」魔術師だったのだろうか。
彼らの遺体は今でも「イセベラリオン」本部にて、当時のままの姿で厳重に保管されているという。
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