第53話 賑やかな場所

 二十代前半の池本道哉いけもとみちやさんに聞いた話だ。


 去年のハロウィンの日のことだったという。池本さんは同じ大学に通う友人数人と街に繰りだした。ゾンビ、アニメのキャラ、魔女――街は仮装した若者であふれ返っていたが、定番と思っていたかぼちゃの被り物は意外と少なかった。


 池本さんたちは全員、海賊の仮装で統一していた。パイレーツなんとかという映画の主人公だ。みなで揃えたらおもしろいんじゃないかという話になったのだが、実際にやってみるとたいしておもしろくなかったらしい。


 スベり気味の仮装で大通りを練り歩いていた池本さんは、コインパーキングの前を通りがかったさいに、奥の暗がりに白い影のようなものがあるのを見つけた。それは人の形を成しており、成人女性ほどの大きさだった。


(なんだあれ……)


 そう首を捻ったものの、すぐに影の正体に思い至った。なにかの霊だ。霊感が強い池本さんは、ちょくちょく霊に遭遇する。


 また、霊感のある人の中では常識らしいのだが、人で賑わっているところでよく霊を見るそうだ。ハロウィンはもちろんのこと、花火大会、お祭り、お花見――墓地などのいかにもという雰囲気があるところより、賑やかで楽しげなところに霊がいる可能性は高いという。


 よく考えてみれば、霊はもともと人間だ。人が集まっているところに現れるのは当たり前なのかもしれない。


 霊らしき白い影はそこに静かに留まっていたが、突然すうっと滑るように動きだしたそうだ。歩くようなスピードだったという。


 池本さんはゾッとして身構えた。こっちにくると思ったのだ。しかし、霊は池本さんの目の前をとおり過ぎると、そばにいた社会人らしき集団に近づいていった。そして、狼男の仮装をしている男性の後ろにぴったりと張りついた。


 その男性は急に足取りがおぼつかなくなり、崩れるようにしてその場に座りこんだそうだ。霊に取り憑かれて体調に異変を生じたらしかった。


 道路の真ん中で座りこんだ男性に、連れの男性が心配そうに声をかけている。たまたま居合わせた人たちが何事かと遠巻きに見守る中、男性は友人の肩を借りてなんとか立ちあがり、近くにあった花壇のレンガブロックに腰をおろした。


 相変わらず、白い影は男性の後ろに張りついたままだった。


 ハロウィンやその他のイベントが開催されているさい、人混みの中で気分が悪くなって倒れてしまう人がときどきいる。その大半の原因が人酔いなのだろうが、一部はそうではないかもしれない。なにかに取り憑かれたという可能性も完全には否定できない。


 霊はもともと人間だ。人が集まってくるところに彼らも集まってくる。





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