第51話 影
二十代半ばの
「今も同じようなものが見えているんですが、はじめて見たのは十年くらい前のことです。中学校の入学式が終わってすぐに見たんです」
入学式の会場には体育館があてられていた。校長や来賓などの祝辞、校歌の
そこではじめてそれを見たという。
「窓の外にぶらさがっていました。人間の形をした黒い影のようなものです」
小林さんのクラスは一階に教室があった。影は二階の教室からぶらさがっているようだった。
「二階の教室にはベランダがあったんです。その手摺りにロープかなにかで吊るされているような感じで、ぶるぶらと窓の外で揺れていました」
小林さんはいわゆる見える人で、黒い影の正体をこう推測した。おそらく、そこで首吊り自殺した者がいる。その自殺者が地縛霊になって、今も二階から吊りさがっている。
「担任の先生にそれとなく訊いてみました。学校で首吊り自殺をした生徒や先生がいないかって……」
担任は首を横に振って否定したという。
「学校で自殺なんかがあればひどい不祥事じゃないですか。でも、その不祥事を隠そうとして、否定した感じでもなかったですね」
本当に学校で自殺した者がいない。あるいは、自殺した者がいたとしても本当にそれを知らない。当時の小林さんは担任からそんな印象を受けた。
学校に長く勤めている先生であれば、担任が把握していないことも、いろいろ知っているかもしれない。そう思って年配の先生に尋ねてみたのだが、首吊り自殺の件はきっぱりと否定された。
「結局、首吊り自殺のことはなにもわかりませんでした。でも、影は中学を卒業するまでずっとぶらさがり続けていました。二年と三年は別の教室を使っていたんですが、ときどき一年のときの教室を見にいってみると、やっぱり窓の外にぶらさがっていましたね……」
中学を卒業した小林さんは、希望の高校に入学し、希望の大学の試験にも見事合格した。その頃になると二階からぶらさがっていた影のことはすっかり忘れていた。だが、大学三回生になってまもない頃に、あるニュースを目にして記憶が蘇ったという。
そのニュースでは首吊り自殺のことが報道されていた。亡くなったのは中学二年生の男子だった。自殺の原因は調査中としながらも、いじめの可能性が濃厚だと示唆していた。
そして、男子が自殺した場所は小林さんが通っていた中学校だった。
「二階の教室を使っていた生徒だったみたいです。ベランダの手摺にロープをくくりつけ首吊り自殺をしたそうです」
小林さんはその事実を知ったさいにようやく気づいたという。人型の黒い影は過去に自殺した者の地縛霊ではない。未来の死を予見しているものだ、と。
また、小林さんは最初にこう言った。
「今も同じようなものが見えているんですが――」
つまり、小林さんは社会人になった今現在も人型の影が見えている。しかし、見えている場所は中学校ではなく、職場にほど近い交差点で影を見るそうだ。
「道路に黒い影が五つ横たわっているんです」
中学生のときに見えていたあの影のように、それも未来を予言しているものなのだろうか。だとすれば、これからそこでなにかが起きるのかもしれない。
小林さんはこう懸念していた。
「もしかしたら、五人もの人が死ぬような大惨事かもしれません……」
影が本当に未来を予見しているかどうかはわからない。しかし、小林さんはなるべくその交差点を通らないようにしているそうだ。同僚にも近づかないよう伝えているという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます