第39話 お絵描き

 三十代前半の畠山稔はたやまみのるさんに聞いた話だ。


「僕や嫁は霊感なんてまったくないんですけどね、娘にはそういうのがあるみたいなんですよ……」


 畠山さんには娘さんがひとりいる。五歳になったばかりの娘さんで名前は千穂ちほさんという。その千穂さんに霊感があるのだと、畠山さんは神妙な顔をして僕に告げた。


「突然千穂が『ママの後ろに怖い人がいる』と言ったことがあったんです。そのときは夜になってから嫁が高熱を出しました。交差点を渡っている最中に『ここは音がうるさいから嫌い』と言ったときは、数日後にその場所で大きな交通事故が起きたんです……」


 ほかにもそういうことが幾度いくどとなくあったそうだ。自宅にある一輪挿しの花瓶を指差して「あれが危ない」を口にしたときは、数時間後に震度五弱の地震にみまわれて花瓶が落ちて割れた。誰もいないベランダを見つめて「おじいちゃんがそこにいる」と口にしたときは、入院中のお義父とうさんがまもなくして息を引き取った。


 さらに畠山さんはこんな話もしてくれた。今から二ヶ月ほど前のことらしい。


「幼稚園でお絵かきの授業があったみたいで、千穂が一枚の絵を持って帰ってきたんです。嫁がお迎えにいったときに、幼稚園の先生が説明してくれたそうなんですが、将来の夢をいた絵らしいです」


 その絵はクレヨンでえがかれていた。また、画用紙の一番上にはつたない字で『みらいのじぶん』と書いてあったという。


「五歳の子どもがいた絵ですからね、正直いってほとんど落書きです。でも、いつも千穂の絵を見ているからなんでしょうね。なにがいてあるのか、なんとなくはわかりました」


 顔と身体のバランスがめちゃくちゃな、三人の人間が横一列にえがかれていた。真ん中にいるひときわ大きな人物は、身体とほぼ同じサイズのケーキを持っている。千穂さんの将来の夢はケーキ屋だ。千穂さん本人に違いなかった。


 千穂さんの左横に立っている人物は、目の下に黒く塗り潰した丸があった。その大きさは顔からはみ出すほどで、泣きボクロがある畠山さんの奥さんと思われた。


「私のホクロってそんなに目立つかな。微妙に傷つくんだけど……」


 千穂さんが眠ったあと、一緒に絵を見ていた奥さんが畠山さんにそう言ったそうだ。ホクロを巨大にデフォルメされて傷ついたらしい。


「いや、目立ってないから。子供がいたものなんだから気にすんなって」


 畠山さんがそう励ましても、奥さんはまだ気にしているようだった。


 千穂さんの右横に描かれている人物には顎髭らしいものがあった。畠山さんは顎髭を生やしている。千穂さんが畠山さんの絵をくときは、必ず顎のあたりをぐちゃぐちゃっと塗り潰す。


 つまり、千穂さんの絵にえがかれているのは、畠山さんを含めた家族三人だった。だから、その絵にはこんな感じの意味があるのだろうと畠山さんは判断した。


 大人になったらケーキ屋さんになって、パパとママにケーキを作ってあげる。


「でも、違ってたんですよね……」


 仕事が休みだったある日のこと、絵にどんな意味があるのかと、畠山さんは千穂さんに直接訊いてみた。


「真ん中はケーキ屋になった将来の千穂で、その左横にいてあったのは嫁でした。そこまではあっていたんですが、右横にいるのは僕ではなくて……」


 千穂さんの未来の旦那さんなんだという。家族三人の絵だとばかり思っていた畠山さんは、いくらか寂しさを覚え、なぜパパをいてくれなかったのかと尋ねた。


 すると、千穂さんはこう答えたのだという。


「私が大人になったとき、パパはおじいちゃんのおうちにいる」


 畠山さんの両親が住んでいる実家は遠くにある。千穂さんが言うには「パパはおじいちゃんのところにいるから、私のケーキを食べられない」とのことだ。


 なぜ千穂さんが大人になったとき、畠山さんは実家にいるのだろうか。離婚や別居をしている。そんな意味があるのだとしたらショックだ。


 しかし、それも違っていた。


「おじいちゃんというのは僕の父親のことではなかったんですよ。亡くなったお義父とうさんのことみたいなんです……」


 つまり、千穂さんが大人になったとき、畠山さんは亡くなったお義父さんとのところにいるという意味になる。


 千穂さんの話も百発百中ではない。とはいえ、やはり気になってしまう。畠山さんは身体のことを考えて、タバコやアルコールを控えているそうだ。





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