第38話 夢

 二十代前半の西村沙織にしむらさおりさんに聞いた話だ。


「ご両親の夢? いつ頃のことですか?」


 そう尋ねた僕に、西村さんは答えた。


「小学五年生のときです」


 子供部屋で眠っていた西村さんは、寝室にいるご両親の夢を見たそうだ。布団の中にいるふたりを、天井から見ているような夢だったという。


「ただ、変な夢というか……」西村さんは少し口ごもってから続けた。「裸で抱き合っている両親の夢だったんですよね。はっきり言っちゃえば、両親がエッチしてた夢だったんですよ」


 両親のそういう場面を夢に見た。それは――


「なかなかシュールな夢ですね……というか、ませたお子さんだったんですね。普通は小学五年生でそんな夢なんて見ないでしょう。僕が同いとしくらいだった頃は、そういう知識すらなかったですし」

「私だってそういう知識なかったですよ。なんで裸で抱き合っているのか、夢を見た当時はわかりませんでしたし。だからこそなんですけどね、きっとあれは夢じゃなくて……」


 西村さんは尻すぼみに口をつぐんだ。なにか躊躇している感じだ。僕はそんな西村さんを促した。


「夢じゃなかったら、なんなんです?」

「あの、変に思わないでくださいね……」


 僕は「思いませんよ」と答えてから、「たぶんね」とつけ足した。


「あのですね……」西村さんはなおも躊躇を見せながら言った。「あれは夢ではなくて、幽体離脱していたのかもって思うんです」


 そう思うのには理由があった。


「それからしばらくして、お母さんが妊娠したので……」


 約十ヶ月後に生まれたのは妹で、西村さんはお姉ちゃんになった。


「だから、あれは単なる夢じゃなかったように思うんです。両親が本当にエッチしているところを、幽体離脱して天井から見ていたんじゃないかなって……」


 僕は「んー……」と小さく唸って腕を組んだ。幽体離脱なんて突拍子もない考えだとは思うが、もし西村さんの言うおりだとしたら――


「なかなかシュールな幽体離脱ですね……」





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