第25話 写真

 まえがきにもしるしてあるように、『半実話あやし奇譚』は他人ひとの体験談を集めた短編小説集だ。いくらか脚色を加えてあるものの、他人ひとからの伝聞が各話のもとになっている。しかし、今回は趣向を変えて僕自身の体験談を語ってみようと思う。


 現在の僕は小さな店を切り盛りする自営業者だが、以前は広告業界でデザイナーをしていた。その頃にこんな出来事があった。


 ある広告のポスターで年配の俳優をメインビジュアルに起用したときのことだ。


 俳優は誰でも知っている大御所だった。広告制作の工程はときと場合によって異なるのだが、その広告ではある程度デザインを決めこんでから、メインビジュアルの写真を撮るということになった。しかし、撮影後に届いた画像データを確認してみると、どれもこれもひどい出来できだった。


 一枚も使えそうにないな……


 MACの前に座って俳優の画像を睨み据えていると、僕の心を代弁したかのように野太い声が背後で言った。


「どれも使えんな……」


 僕が勤めていたデザイン事務所には、五人のデザイナーのほかに、数人のコピーライターも勤務していた。野太い声の主はコピーライターのひとりである岩本いわもとさんだった。


 五十代後半の恰幅のいい岩本さんは、口は粗野だが意外と親切な人だった。僕に広告のいろはを教えてくれたのは彼で、今回のポスターは岩本さんがコピーを担当していた。


 背後を振り返った僕は、半ば愚痴のように言った。


「そうでしょう。なんでこんなに顔色が悪いんだか……」


 俳優の顔の色はどんよりと暗く、土色の肌がなにか不気味だった。一瞬モノクロかと勘違いするほど、その画像は陰鬱きわまりなかった。


「素人が撮ったのか?」

「カメラマンを使うとは言ってましたけど、これはプロが撮った感じではないですね」

「そうか……けど、撮り直すわけにもなあ……」


 どういう経緯でこんな写真になったのかは不明だ。しかし、費用の問題もあるし、俳優の予定もある。撮り直しは現実的ではなかった。


「なんとか画像をいじって、使えるようにしてみますか」


 フォトショップという画像編集ソフトを使えば顔色くらいは変えられる。このままでは使い物にならないが、画像処理すればなんとかなるだろう。実際に写真の撮り直しはせずに、画像処理のみで無事に出稿できた。


 出稿してから二週間ほどが経った頃だった。俳優の写真を撮ったカメラマンと話す機会があったのだが、三十後半であろう彼は首を傾げながらこんなことを言った。


「ああ、○○さん(俳優の名前)の写真……あれはほんとに申しわけなかったです。でも、何枚撮ってもあんな顔色になるんですよね。カメラが壊れたのかと思いました。不思議です……」


 それを一緒に聞いていた岩本さんは、カメラマンが去ったあとに厳しく毒づいた。


「なにが不思議だ。腕が悪いのをカメラのせいにすんな」


 それから約二ヶ月後の夕方だった。デザイナーというのは昼食を夕方近くにとることも珍しくない。その日も僕はデザイン事務所で遅い昼食をとっていた。MACのモニターに表示されているネットニュースを、コンビニ弁当に箸をつけながら見るともなく見ていた。


 すると、ある記事のタイトルがパッと目についた。


『○○さんが死去。享年○○歳』


 不気味なほど顔色が暗かった例の大御所俳優さんだった。


 カメラマンの声が耳の奥によみがえる。


「何枚撮ってもあんな顔色になるんですよね。カメラが壊れたのかと思いました。不思議です……」


 岩本さんは腕が悪いとカメラマンに毒づいていた。だが、カメラマンの腕のせいではなかったのかもしれない。何枚撮っても顔が土色になってしまったのは、死相が表れていたからではないのだろうか。


 それを岩本さんに伝えてみると、「ふん」と鼻を鳴らして一蹴された。


「あいつの腕が悪いんだよ」


 つけ入る隙もなく一蹴された。だが、そんな感じに返してくるだろうと予想していた。それに、岩本さんと言い争うのは面倒だ。僕はカメラマンをかばわずに岩本さんに同意しておくことにした。


「ですよね……」


 ただ、プロのカメラマンが何枚も撮影ミスをするなんてことがあり得るだろうか。





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