第23話 初詣

 三十代前半の今井明希いまいあきさんに聞いた話だ。


「五、六年前の話なんですけどね、悪いことばかりが続いた年があったんです」


 信頼していた上司とちょっとしたきっかけで仲違なかたがいし、学生の頃からの親友ともつまらないことで絶縁状態になった。さらには原因不明の頭痛やご近所トラブルにも悩まされた。年末に集中して悪いことばかりが起こった。


 そんなおりに、今井さんはあるテレビ番組の占いコーナーで、自分の星座は初詣が開運になるのだと知った。


「実は私、それまで一度も初詣にいったことがなかったんです」


 今井さんは生まれてこの方、初詣にいったことがなかった。正月は毎年両親と共に海外で過ごすため、三が日に日本にいないというのが理由だった。


 しかし、悪いことばかりが続いた今井さんは、占いに従ってはじめて初詣にいったそうだ。


「でも、その年の正月も海外ですごしたので、一月半ばの初詣になってしまいましたけど」


 嫌なことがもう起こりませんように。


 初詣時期が過ぎた静かな神社で、今井さんは手を合わせてそう願った。しかし、それですべてうまくいくと信じるほど、今井さんは楽観的な性格ではなかった。ところが――


「気休めのつもりでの初詣だったんです。けど、なぜかすべてが解決したんですよね……」


 もめていた上司や親友とは仲直りし、頭痛は気づくと起こらなくなっていた。さらには、ご近所トラブルも万事解決した。しかも、今井さんが自ら尽力して終息させたわけではなく、知人の力添えや偶然の幸運によって、いつの間にかすべてのトラブルが片づいたのだという。


「まるで、見えない力が働いていたみたいでした。神がかっていたというか……」


 以後、今井さんは初詣を欠かしていないらしい。そのご利益かどうかはわからないが、悪いことばかりが続くという年は今のところないそうだ。


 日本人のおおよそが初詣にいく。いかない人というのは少数派だろう。信心深く祈願するなんてことはないにせよ、とりあえずは神社に参拝して手を合わせるものだ。


 もしかしたら、そんなとりあえずの初詣であったしても、参拝すればなにかしらのご利益があるのかもしれない。今井さんの話を聞くと、そう思わずにはいられない。


 僕は毎年近くの神社に足を運んで初詣をする。たぶん、初詣にいかなかったという年は、子供の頃を含めて一度もないはずだ。今まで僕が大きな不幸にみまわれていないのは、毎年いっている初詣のおかげかもしれない。





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