第21話 【書籍化】座敷童

 二十代後半の安田弘やすだひろしさんに聞いた話だ。


「大正時代に建てられた家ですからもの凄く古いんですよ。でも、めちゃくちゃ大きい家で、お屋敷といってもいいくらいです」


 安田さんのおじいさんの家のことだった。山のふもとの農村に建っているという。黒光りする瓦屋根が武家屋敷のように厳格で、平屋であっても十二の部屋を有しているそうだ。


「大正時代って凄いですね。ちょっとした歴史的建造物じゃないですか」


 僕の言葉に安田さんはうなずいた。


「ほんとにそうかもしれません」

「それに、部屋が十二も。相当お金持ちの家ですよね」

「建てた人はかなりのお金持ちだったみたいです。でも、今住んでるじいちゃんは違いますよ。ごくごく普通の人です。家を受け継いで住んでいるだけです」


 安田さんはそのおじいさんの家で不思議なモノを視るのだという。


「幽霊的ななにかだとは思うんですけどね、基本的に僕はそういうのは視えないんです。でも、じいちゃんにいったときだけ視えるんですよね」


 子供の頃から視えていたらしいが、それはおじいさんの家の中に限られていたらしい。他所ではそういうたぐいのモノをいっさい視ないそうだ。

 

「じいちゃんは遠いので、帰省するとしたら泊りがけです。泊まっている数日の間に必ず十回は視ますね」

「十回も……それって結構な頻度ですね」

「はい、ちょくちょく視えるんです」


 また、安田さんのおばあさんも同じモノを視ることがあるらしいのだが、他所ではいっさい視えないというのも安田さんと同じだった。


「でも、ばあちゃんはあまり視たとは口にしませんね。怖いんだと思います。口にすると余計に怖くなるってやつです」


 安田さんはおばあさんの話をしたあと、不思議なモノの視え方について語った。


「なにげに振り向いたときとかに、視界の端をさっと横切るんです。あとは、ガラスにチラッと映ったりとか、ドアの隙間の向こうにパッと視えたりとか」

「一瞬だけ視えるって感じですか?」

「そうですね。そんな感じです。一瞬だけチラッと」


 しかし、一瞬でもなぜかはっきり視えるのだという。


「大きさからして明らかに子供ですね。年齢で言うと五歳前後だと思います。髪は古くさいおかっぱで、真っ赤な着物を着ています」


 五歳くらいの子供の霊で真っ赤な着物を着ている。髪はおかっぱ――


 僕がその姿を頭の中で描いていると、安田さんはこんな話もしてくれた。


「そういえば、ときどき笑い声が聞こえたりもします。子供が遊んでいるときって、だいたい笑ってるでしょう。そんな感じの笑い声が聞こえてくるんです」


 安田さんの話は続く。


「さすがに、夜中とかに笑い声が聞こえてくるとゾクっとしますけどね。そもそも姿が視えたときだって怖いのは怖いんですけど……ただ、ほら、ありがたいものかもしれないでしょう?」


 苦笑いしている安田さんが言わんとしていることはわかる。だからこそ僕は、はっきり言うのが憚られて「まあ、ねえ……」と曖昧に応じた。


「子供の霊で、赤い着物で、髪はおかっぱ。これってたぶん、座敷童ざしきわらしじゃないですか。座敷童は富をもたらしてくれるとか言いますし、ちょっとくらいは怖くても我慢できます」


 やはり、安田さんはおじいさんの家に現れる霊を座敷童と思っているらしい。だが、座敷童のいわれにはこういう前提がある。


 座敷童に遭遇しても不思議と怖くない。


 にもかかわらず、安田さん自身も彼のおばあさんも怖いという感情を抱いている。容姿は座敷童に似ているかもしれないが、怖くないという前提が成り立っていない。


 また、座敷童のいる家が繁栄を続けるというのは周知の事実だろう。ところが、安田さんはおじいさんについて最初にこう言っている。


「建てた人はかなりのお金持ちだったみたいです。でも、今住んでるじいちゃんは違いますよ。ごくごく普通の人です。家を受け継いで住んでいるだけです」


 失礼を承知で言わせてもらうが、繁栄しているようには思えない。これも座敷童のいわれと相反している。安田さんが座敷童だと思っているモノは、本当に座敷童なのだろうか。


 さっき安田さんは子供の笑い声が聞こえるとも言った。もし、座敷童ではないとすれば相当ヤバい怪現象だ。座敷童と信じてやまない安田さんに、僕の意見を伝えたほうがいいだろうか。 


 たぶんそれ、別のなにかだと思いますよ――





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