第16話 巫女の占い
三十半ばの
年明け早々の一月二日―― 野田さん一家には毎年の恒例行事があった。
野田さんの自宅の近くには
その巫女に一年のあれこれを占ってもらうのが、野田さん一家の正月の恒例行事になっていた。野田さんは独身で兄弟姉妹はおらず、父の名は
巫女の占いがよく当たるのは近所ではよく知られたことで、野田さん以外の家族が神社に足を運ぶのも珍しくないという。また、野田さんいわく、占いは拝殿の中で行われるそうだ。まず巫女は祭壇に向かって
祝詞を終えた巫女が父の政一さんに尋ねた。
「政ちゃん、胃の調子はどう? 食欲はある?」
その口調はいつもどおりに庶民的だった。七杜稲荷でなにか祭事があるさい、政一さんはすすんで手伝いをする。政一さんと顔見知りという理由もあるのだろうが、その老齢の巫女は誰に対しても人懐っこく話しかける。
板の間に正座していた政一さんは考えこむ表情を見せた。
「そういや、少し胃もたれするときがあるなあ……」
「そう……」巫女は浮かない顔をした。「神さまがね、政ちゃんの胃のことを心配してるのよ。歳も歳だし一度検査してみたら?」
政一さんは
担当した若い医師は、検査後のカウセリングで政一さんにこう告げた。
「これといった異常は見つかりませんでした。気にされている胃もたれは、毎日の晩酌が原因でしょう。アルコールを少し控えてください」
野田さんも母の恵美子さんもひと安心した。巫女の占いはよく当たるが、さすがに百発百中とはいかない。はずれることだってある。ふたりはそう言い合ったが、しばらくして政一さんがこんなことを言いだした。
「会社の同僚に胃カメラがうまい先生をおしえてもらったんだ。もう一度検査してくる」
異常なしとお墨つきをもらったというのに、なぜわざわざ再検査を受けるのだろうか。野田さんは不安になった。そんな素ぶりは見せていないが、胃の調子がかなり悪いのだろうか。
胃カメラがうまい先生というのは、五十がらみの女医らしい。小さなクリニックを切り盛りしている彼女のもと、政一さんはそれから約二週間後に再検査を受けた。
結果は初期の胃がんだった。最初の病院での異常なしという検査結果は誤診だったのだ。
あとから聞いた話しによると、政一さんが再検査を決意したのは、胃の調子が悪いからではなかった。例の巫女に再検査を強くすすめられたからだった。
一回目の検査をしたあと、政一さんは巫女に電話をした。心配させていたら申しわけないと思い、異常なしの検査結果を報告するためだった。しかし、政一さんの話を聞いた巫女は、検査結果に納得せず、再検査を熱心にすすめてきたそうだ。
「やっぱり神さまが政ちゃんの胃のことを心配してるのよ。もう一度検査したほうがいいわ。もし異常がなければ私が検査費用を払うから」
そこまで言うのであればと、政一さんは再検査に踏み切った。そして、初期の胃がんが見つかったのだ。
野田さんは最後に神妙な顔で言った。
「かなり初期の胃がんでしたから、最初の病院では見落とされたみたいです。でも、ほんとによく再検査をしたなと思います。あのまま放ったらかしていたら、今頃どうなっていたことか……」
無事に手術を終えた政一さんは、以後再発や転移もなく元気だという。しかし、毎日の晩酌は控えているそうだ。
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