第17話 変なもん

 三十代後半の平野真也ひらのしんやさんに聞いた話だ。


「すれ違いざまに肩をバシンと叩かれたんですよ。ぼんやりしているときだったから、めちゃくちゃびっくりしました」


 平野さんは精密部品を作る工場に勤めている。仕事仲間と飲みにいった帰りの午後十時半頃、駅のホームを歩いているときに肩を思い切り叩かれたのだという。


「相手はどんな人だったんですか?」


 僕の問いに平野さんは答えた。


「ぽっちゃり体型のおばちゃんでした。年齢は五十代後半くらいですかね」

「どこにでもいそうな、普通のおばちゃんですね。そんな普通のおばちゃんに、不思議パワーがあるとはね……というか、いきなり肩を叩かれて、よく怒りませんでしたね」

 

 突然強い力で肩を叩かれたのだ。反射的に怒ってもおかしくない。


「いきなりだったからこそ怒れなかったんですよ。もう、びっくりしてしまって。それに、怒る前におばちゃんに言われましたし」

「ああ、さっき教えてくれたあのセリフ……」

「そうです。『あんた、肩がしんどくなかったか? なんか変なもんが憑いてたわ。でも、まあ、これで大丈夫、祓っておいたからな』って……」


 女性のセリフを再現するときだけ、平野さんはガラガラ声をだした。もしかしたら、その女性の声は酒焼けしていたのかもしれない。それはともかく――


 僕は平野さんの肩に目をやった。


「変なもんて……怖いですね……」

「そうなんですよ。ほんとに二、三日前から肩にだるさがありましたし……」


 平野さんは肩に重だるさを感じていたが、仕事で細かい作業をするため、肩が凝っているのだろうと認識していた。


「でも、おばちゃんにバシンと叩かれてから、肩がめちゃくちゃ軽くなったんですよね」

「んー……」僕は腕を組んで小さく唸った。「ほんとに変なもんが憑いていたんですかね?」

「どうなんでしょうね……」


 平野さんは肩を摩りながら同じ言葉を繰り返した。


「どうなんでしょうね……」





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