第12話 いい人2
前回のエピソード『いい人』の最後にこんなセリフを書き
本物の悪人ほどいい人そうに見える。
まさにそうだと思うことを僕も一度経験している。今回の『半実話あやし奇譚』はその出来事を紹介しようと思う。
あれは確か二年前の十月だった。三十代前半の
いつものように店の仕事をこなしつつ、たわいのない雑談で盛りあがっていると、原野さんは職場の同僚さんの話をはじめた。
その人と原野さんは同じ年に新卒で入社したらしく、ともに営業の仕事に就いて頑張ってきたそうだ。同期同齢というのもあってふたりは仲がよく、プライベートでも頻繁に飲みにいったりするのだと教えてくれた。
原野さんはその親友とも言える同僚さんを心配しているようだった。
「そいつね、本当にいい奴なんですよ。だからこそというのもあるんですけど、誰かに面倒な仕事を押しつけられて、しょっちゅういっぱいいっぱいになってます。そんなのお前の仕事じゃないから断われって言っても、やっぱり引き受けてしまうんですよね」
いわゆる頼まれると断われないタイプらしい。同僚さんはその人の良さを職場のみなに悪用されているのだろう。
また、同僚さんに押しつけられた面倒な仕事を、原野さんはちょくちょく手伝っているそうだ。慣れない事務仕事を手伝って、数時間のサービス残業につき合ったこともあるという。
「そうやって残業なんかにつき合うと、今度は僕に気を使いはじめるんですよね。手伝ってくれたお礼だとか言って、飲み代とかを奢ってくれようとするんです。サービス残業しているうえに僕に奢ったら、どれだけ赤字が出てるんだって話です」
原野さんは複雑な顔をして続けた。
「ほんといい奴なんでね、だからマジで心配なんですよ。いつかストレスや不満が溜まりに溜まって、ドカーンと爆発するようなことがないかって……ほら、頑張りすぎて精神的に病んだ人の話とか、そういうのもちょくちょく聞いたりしますから」
原野さんは本気で同僚さんを心配しているようだった。そんなところからもふたりの仲の良さが窺い知れて、僕は話を聞きながら少しほっこりしていた。
同時にいい人すぎる原野さんの同僚さんを案じてもいた。いい人というのは不思議と辛酸をなめがちだ。同僚さんが変なことにならなければいいのだが。
それから約一ヶ月が過ぎた。
店の仕事が一段落した昼過ぎ、警察署から店に電話がかかってきた。電話口の相手は刑事らしく「捜査に協力してほしい」という旨を伝えられた。
刑事からの電話なんてはじめてだった。何事かと戸惑いながらも仔細を聞くと、一ヶ月前に来店してくれた、原野さんにかんすることだった。
あの日、僕の店に新規客としてやってきた原野さんは、店を出てまもなくに重大な罪を犯していたのだ。
その後の原野さんは知人宅などを転々としながら逃亡生活を続けていたという。潜伏先で捕まったのは
僕は刑事が問いに素直に答えていった。その問答は二十分ほど続き、必要な情報を得たらしい刑事は、
僕は受話器を置いてから原野さんについて考えた。
原野さんは同僚さんをいい人だと称賛していた。だが、僕からしてみれば、原野さんだって同僚思いのいい人だった。まさか犯罪に手を染めるなんて――
しかも、原野さんが行ったのは小さな犯罪ではなかった。ここで詳細を書くことはできないが、嫌悪感を伴うような醜悪な犯罪だ。胸糞悪い凶悪な事件を起こしていたのだ。
本物の悪人ほどいい人そうに見える。
原野さんの一件をふまえると、まさにそうだと言わざるを得ない。そして、少し恐ろしくもあった。
電話をかけてきた刑事の話によれば、原野さんが事件を起こしたのは、僕の店を出てからわずか一時間ほどあとだ。ともすれば、僕がその事件の被害者になっていたかもしれない。
そう考えると、首筋が少しばかり冷たくなる。
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