第2話 守られている
高校からの帰り道だった。時刻は午後四時過ぎ。澤井さんは自宅に向って歩を進めていた。
来週から二学期の中間テストがはじまる。英単語の
後ろを振り返った澤井さんは、ぎょっとして道の脇に飛びのいた。その直後、猛スピードの軽トラックが目の前を通り過ぎ、そのままノーブレーキで走り去った。
あぶなっ……俺のことまったく見てないやん。
澤井さんはむっとしたものの、冷静になって周囲を見まわした。軽トラックに轢かれずに済んだのは、誰かが腰を叩いてくれたからだ。しかし、礼を告げたくても、あたりに人影はなかった。
現在の澤井さんは三十代後半。今から二十年以上も前の出来事だ。
話を聞き終えた僕は、「んー……」と小さく唸った。
「不思議な話ですね」
「はい、そのときがはじめてだったんですけど、あれだけはっきりとした感触があると、とても気のせいとは思えないんですよね。本当に誰かに腰を叩かれたとしか……」
澤井さんは考える顔をして一瞬黙ったが、また話をはじめた。
「二回目は二十五歳のときだったかな、通勤途中で電車に乗ろうしたとき、誰かが太ももに抱きついてきたんです」
澤井さんは、えっ、と思って太ももに目をやった。だが、そこには誰もいなかった。
「なのに、足が前に出ないんですよ。重たいものがからみついているというか、そんな感じで足がまったく動きませんでした。凄く怖かったです。あ、でも、幽霊がどうとかじゃなくて、脳とか足の重大な病気じゃないかって、そういう怖さなんですけどね」
気が動転している澤井さんをホームに残して、電車は無情にも定刻どおりに発車した。
「そしたら、足が急に動くようになったんですよね。ほんと不思議です。それに、もしその電車に乗り遅れていなければ、乗るはずのバスがあったんですが、それが結構大きな事故を起こして……」
大型トラックと接触したらしく、死者こそ出なかったものの、怪我を負った人はかなりいたそうだ。
「もちろん、そのバスに乗っていたからって、怪我をしていたとは限りませんよ。でも、できれば事故に遭うのは避けたいじゃないですか。今になって思えば、足に抱きついてきた誰かのおかげで、バスに乗らずに済んだんですよね」
澤井さんの話はさらに続いた。
「三回目は三十歳になる手前でした。仕事で急いでいることがあって走っていたら、ポケットに入れていた財布が飛びだして、道路に落っこちてしまったんです。それを慌てて拾おうとしたときに、誰かが腰にがしっとしがみついてきました。それで動きが止まったんですが、その直後にバイクが目の前を通り過ぎて……もし、あのまま財布を拾おうとしていたら、バイクに轢かれていたと思います」
そのときも、澤井さんの周囲には誰もいなかった。
四回目、五回目――と話は進んだが、内容はそれまでと似かよっていた。見えない誰かのおかげで、危険を回避できたという話だ。
「ほんとに誰かに守られているとしか思えない話ばかりですね」
「そうなんです。でも、家族や友達は僕の話を全然信じてくれませんけど……」
「ああ、そりゃね。仕方ないですよね」
見えない誰かに守られているなんて、まともな人間であれば絶対に信じない。澤井さんの家族や友人の対応は正しい。全面的に信じている僕みたいな人間のほうがおかしいはずだ。
おかしい僕は大真面目に訊いた。
「澤井さんを守ってくれているのは誰なんでしょうね?」
澤井さんは「んー……」と唸った。
「まったく心当たりがないんですが、いつも腰とか足を掴むんですよね。だから、背の低い人だとは思うんです。もしかしたら……」
ややの間のあと、こう続けた。
「……子供かもしれませんね」
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