第1話 【書籍化】さがしもの
三十代前半の
事務の仕事に就いている高橋さんは、最寄り駅から職場に向かうさい、とある横断歩道を必ず渡る。オフィス街を突っ切る国道に設けられた横断歩道で、その雑然とした人混みの中にそれは立っているのだという。
「毎日いるんですか?」
僕が興味本位で尋ねると、高橋さんは「はい」とうなずいた。
「横断歩道のちょうど真ん中あたりに立ってます。今になって思うと誰かをさがしていたんですよね」
それはショートカットの痩せた女性だった。年齢は十代後半から二十代前半。顔全体に濃い影がかかっているものの、目だけはぎろりと底光りしている。
もっとも、そう視えているのは霊感体質の高橋さんだけだ。横断歩道を行き交う人たちは女性の横を素通りしていく。まったく視えていないのだ。
「でも、その子、しばらく前に突然いなくなったんです」高橋さんは神妙な顔で続けた。「たぶん、男の人についていったんだと思います」
ある日の朝、いつものようにその横断歩道に差しかかると女性の姿がなかった。不思議に思ってあたりを見まわすと、信号待ちをしている車の中に女性はいた。
車はいかにも高級そうな国産車で、ハンドルを握っていたのは五十代前半とおぼしき男性だった。
「あの子、助手席に座っていました」
グレーのスーツを折り目正しく着こなしたその男性は、助手席の女性にまったく気づいていないようすで、スマホを耳にあてて誰かとの会話に夢中だったそうだ。
「そのショートカットの女の人って、ドライブがしたかったんですかね?」
僕が冗談めかして尋ねると、高橋さんはうっすら笑った。それから、また神妙な顔に戻った。
「ドライブが目的ならいいんですけどね……」
高橋さんには少し気になることがあった。
五、六年前の出来事らしい。職場の先輩に教えてもらった話によると、その横断歩道でひき逃げ事故があったそうだ。亡くなったのは若い女性で、犯人は未だに捕まっていない。
「さっきも言いましたけど、あの子、きっと誰かをさがしていたんです。目をぎろりと光らせて。そのさがしていたのは、たぶん……」
少し間があった。
「いろんな霊がいますけど、あんなのはじめてです……」
「あんなのって?」
「男の人の首に噛みついていたんです」
やはり目だけをぎろりと底光りさせて、男性の喉仏に歯を食いこませていたそうだ。
「あの男の人、今頃どうしているでしょうね。なにも問題が起きていなければいいんですけど……」
男性の運転する車にこっそり乗りこんだ女性は、その日を境いにして横断歩道に立たなくなったという。もしかしたら、今も男性の首に噛みついているのかもしれない。
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