あそこの御当主は巨乳好きでしょう?
ユニバンス王国・王都王城正門内広場
「何でアタシが持ってなきゃならない」
「嫌なら構いませんが」
「ん」
柔らかく握っている乳飲み子を大柄な人型……
その鬼の様子に、怒った感じで腰に手をやり小柄なメイドが睨み返した。
「所詮貴女はその程度ですか」
「あん?」
「ウチの姉さまだったらそのまま抱いていますが、その程度ですか?」
「……」
良く分からない。良く分からないがイラっとした。
誰がその程度だと?
「あまり調子に乗るなよガキが」
「はい。餓鬼です。ただその餓鬼でも乳飲み子を抱えているくらいできますが……オーガとはその程度ですか?」
「あん?」
本当に良く分からない。良く分からないのだけれど腹立たしい。
「出来るに決まっているだろう?」
「そうですか」
ただ小柄なメイドは軽く肩を竦める。
「言葉だけでしたら何とでも」
「あん?」
流石にカチンと来た。
結構前から来ていたが、今のはあれだ。決定的と言うヤツに違いない。
その場に座り込んでいたオーガは一度大きくその肺に空気を吸い込むと、正面に居る憎たらしい人間の少女を睨みつけた。その目には容赦なく殺意を上乗せし、普通の人間であれば本能のままに自分の死を直感させるほどの威力になっている。
けれど少女は怯まない。
正面からその視線を受け、むしろ受け流しているかのように涼しい顔をしていた。
「出来るのですか? 出来ないのですか?」
「出来るに決まっているだろう!」
一喝し、オーガは手の中に居る乳飲み子を見た。
食事の到着が遅いせいか、乳飲み子はガタガタと震えている。きっと腹の減りが半端ないのだろう。我慢は良くない。腹が減ったら飯を食って寝るに限るのだ。
「こんな餓鬼の世話ぐらいアタシの手にかかれば簡単さね」
「そうですか。ならもうしばらくお願いします」
「分かったよ」
仕方ないと言った様子で、オーガは乳飲み子を持つ手を軽く握りしめて大きく揺らす。
この世界には無い……それは地球でいうところの遊園地の遊具ばりに大きく揺れる。まるで吊るされた船が前後に動くかのような動きでだ。
「さっさと乳を持って来な」
「はい。ですがその人がまだ登城していない様子で」
「はんっ……使えないね」
悪態を吐きながらオーガは器用に腕を動かしながら横になる。
空いてる腕を枕にしつつ、乳飲み子の相手は忘れない。
その様子を確認しながら小柄なメイド……ポーラはエプロンの裏からスルスルと練習用の棒を取り出した。あくまで木製の棒だ。ただその材料である木材は重くて硬い。故に普通の槍を振るうのと何ら大差のない武器だ。
ただその棒を少女は苦も無く振るう。
クルクルと振り回していたと思えば両手で掴み鋭く突きを放つ。
それを眺めていたオーガは軽く手の中の存在を宙に放ると、自分の尻を掻いてから落下して来た存在をキャッチした。
「おいそこのメイド」
「ひゃいっ」
「こっち来な」
「ひゃいっ」
突然オーガに視線を向けられたメイド……ミニスカメイドのユリアは全身を冷たい汗で濡らしながら身構えた。何をどう間違ったら自分の人生がこんな風になったのか悩みつつ、カクカクと手足を同時に動かしオーガの前に立つ。
「腹が減った」
「お腹ですか?」
「ああ腹だ」
ニヤリと笑うオーガの口からは、獣のそれを思わせる太い犬歯と言うか牙が見える。
「肉が食いたいね」
「肉……」
気づいた。ユリアは気づいた。だって周りのみんなが視線を逸らしたから良く分かった。
つまりこれは……あれだ。
「わっ!」
現実を知ってガタガタと震えるユリアは声を上擦らせながら言葉を続ける。
「私は美味しくありませんっ!」
必死だった。色々とあって運良く王都に来て、運良く上級貴族……それも王家の血を引くドラグナイト家に拾われたのだ。自分は運が良いと昨日の夜は思った。お城のメイドさんたちの玩具にされながらそう思っていたのだ。
ただ途中から結構本気で自分の運を疑問に思い出していた。
何故ならメイドさんたちの会話がおかしいのだ。
『あそこの御当主は巨乳好きでしょう? 全力で寄せる? 寄せられる?』
『それはハーフレン様よ』
『そっか。あの御当主は……』
何故か全員が腰から足を見た。全力で確認された。最終的には下着まではぎ取られて確認された。挙句にムダ毛処理までされて、香油まで使われ徹底的に足を磨き上げられた。
ドラグナイト家の当主はどんな性癖の持ち主なのか結構本気で悩まされた。
トドメでこの短いスカートだ。たぶん間違いない。例に漏れずきっとその御当主も“貴族”なのだろう。好色……つまり女好きなのだ。
《あれ? なにこれ?》
駆け巡る昨夜の記憶にユリアは戸惑った。
だってそれは本当に駆け抜けるかのように早くて……もしかしてこれが人が死ぬ時に見るというあれだろうか?
「そうか。お前を食うのも悪くないね」
牙を覗かせて笑う巨躯の存在にユリアは呼吸の仕方を忘れる。
きっとこのまま自分は頭から食べられて、
「その人は兄さまのメイドです」
「あん?」
棒を振るい鍛錬していた少女メイドが口を開いた。
流れるような動きは止めずに彼女は言葉を続ける。
「つまり姉さまのメイドでもあります」
「はんっ! あの白い娘が怒ると?」
それはあり得ないとばかりにオーガは笑う。
けれどポーラは動きを止めずに言葉を続けた。
「姉さまは優しすぎる人なので怒ると心底怖いですよ? 一度体験しているとか?」
「……」
もう一度ノワールを宙に放り……オーガは自分の頭を掻いてから再度キャッチした。
確かにだ。あれは厄介だ。何より魔法は卑怯だ。打つ手が無い。
「だったらアタシの前でその踊りを止めな」
「何故? ただの鍛錬ですが?」
止まることなくポーラは棒を振るう。
まず仮想敵の足を払い地面に倒れさせる。何故なら相手は自分よりも巨大だからだ。だから徹底的に足元を狙う。一瞬でもその気が足に向いたら下から上へ突き上げるように棒の先を放つ。その時は全力で棒を捩じり威力を乗せる。
その様子にオーガはまた声を荒げる。
「ならさっきからどうして自分より大きな相手と戦う?」
「私がまだ小さいので」
だから仕方がない。敵を自分より大きくしてしまうのはむしろ癖だ。だって普通に考えて自分より小さな相手など数える程度だ。
ただ数えてもあの猫には勝てない。あれはズルい。
「ならどうして相手を巨躯にしている?」
「今日はそんな気分なので」
他意はない。偶然だ。偶然相手が大きいだけだ。
その大きさは成人男性よりも大きく……何と比べれば分かりやすいだろうか? しいて言うなれば自分の目の前で横になっている元帝国のドラゴンスレイヤーぐらいだ。うん。他意はない。
「偶然です」
「んなわけあるかっ!」
怒鳴るオーガに周りの者たちの腰が引ける。
相手はあのオーガだ。人を頭から食らうという化け物だ。
これを人として扱う者が居ることに驚くが、何よりポーラはそのオーガを相手に一歩も引かない。
「仮に私がオーガを仮想的にして戦うことに何の問題が?」
「あるね。あるよ」
身を起こしオーガは笑う。
そして握っている存在を、その腕をグイッと動かしユリアの目の前に自身の拳を向ける格好となった。
「……」
突然のことで何も語れないユリアは、パクパクと口を動かし全身を震わせる。
「弱すぎるんだよ。その相手がね」
「はて? これは丁度武闘大会の頃の」
「あん? 誰が弱いって?」
突き出されていた拳がゆっくり開くのを見てユリアは反射的にそれを捕まえ抱え込んだ。ガタガタと震えているノワールだ。
ただその震えは直ぐに感じなくなった。何故ならノワールの震えと同期しユリアも震えていたからだ。
「ちょっとそこの小便娘」
「何ですか? 負けオーガ?」
「「……」」
立ち上がったオーガは指を鳴らしながらついでに首も鳴らす。
エプロンの裏に棒を片付け代わりに銀色の卵大の物質を取り出したポーラは軽く構えた。
「泣かせる。泣かせてその涙をつまみに肉を食らう」
「私が少しは成長したことをその身に刻んであげます」
ゆっくり……今日は急ぎの仕事が無かった二代目メイド長であるフレアは、散歩感覚で通りを歩き城へとやって来た。門番である老兵とは長い付き合いだ。おかげで確認も無く通過することが出来る。
ただ今日に限りその門番の彼ら促され急いで城の中に入った。
理由は簡単。
何故か三代目メイド長になる予定のメイドと元帝国のドラゴンスレイヤーがガチで戦っていたからだ。
~あとがき~
ノワールの中の人 無理無理無理無理無理…出ちゃう。何か色々出ちゃう。出ちゃうから! あっ
ユリア ダメです。死にます。食べられます。このまま殺されて…あっ
2人して体液を緊急排出したとか何とかw
のんびりやって来たフレアさんはきっと何かを察知していたんだよ。
人間そんな日もあるから…
© 2024 甲斐八雲
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