オシメは必須なの!

「つまりクーレは納得してあんな凄惨な姿に?」

「一応は、ね」


 魔女のその言葉に偽りはない。ちゃんと説明をして相手の了承得てから行っている。流石に黙ってあんな姿にするほど魔女も人の屑ではない。何より昔の行いを反省しているからもうしない。そう決めている。


 ただ掻い摘んで説明したからその内容が相手にちゃんと伝わっているのかは分からない。

 もし間違って伝わっていても仕方がない。そう言うこともある。魔女、悪くない。


「彼女は私の話を聴いて『ノイの近くに居れるなら構わない』と言ってたわ。どんな内容だったかは片手間だったから記憶があやふやだけど、でも姉さまのことを『ノイ』と呼んでいたことに驚いた記憶だけは残っている」

「クーレだけよ。そう呼んでノイエを甘やかしていたから」


 人付き合いの少なかったアイルローゼですらその事実を見知っていた。


 妹の相手をしているというよりも自分の子供をあやす感じだった。猫可愛がりとはあの事を言うのだろう。どれほどノイエが我が儘を言っても笑顔でそれを受け入れる。おかげでカミューを中心に結構な数の姉たちから文句を言われ叱られていた。叱られていたが、それでも彼女はノイエを甘やかしていた。


「クーレは戦う力のない人だったから、いつも輪の外側に居た」


 ノイエを囲う輪の中心に居たのは強者ばかりだった。戦う力のないクーレはそんな中心に来ることは出来ず、必ず輪の外に居た。そう考えればあの施設に居たことが稀有な存在でもある。きっと彼女が力を隠していると思われていたのかもしれない。優れた人は少なからず戦える……戦争末期のユニバンスではその手の思考を持つ者は多かった。だからこそ余計な戦死者が前線で計上された。


「彼女が持って生まれた才能は“商い”に関することよ。とにかく商売に関しての嗅覚が鋭くて、ニオイで何かを察して勝負所を判断していた。あの子が動けば必ず大金が生じるほどにね」

「あ~。今なら王様がめっちゃ欲しがりそうね」


 魔女の言葉にアイルローゼは苦笑する。


 確かに違いない。けれど彼女の力はあくまで『自分が勝つため』のモノだ。故に常に彼女は1人勝ちする。そのことで周りから反感を買い、最後は家族からも見捨てられた存在なのだ。


「最終的にはあの年齢で商売から離れた場所……実家の離れで監禁されていたそうよ」

「嫁にでも出せば良いのに」

「出せないわよ。誘いは数多くあったけれど、もしもの時を考えて彼女の両親は絶対にあの子を手放さなかった。手放せなかった」

「もしもの時?」

「ええ。あの子を敵に回したら負けるのよ? 商人としてそんな戦いは出来ないでしょ?」

「納得」

「だからあの子はずっと1人で過ごしていたそうよ」


 あくまで人から聞いた話だ。厳密に言えば他人が話していた会話の断片を拾っただけだ。だから詳しい話は知らない。

 断片でそれだけ知れたことで満足し、アイルローゼはそれ以上の興味を抱かなかった。


 そんな断片的な話で聞いた限りでは、クーレは最期まで1人で過ごし、あの日を迎え……そして最終的にあの場所に来たのだ。

 何をしてクーレがあの日を過ごしたのかをアイルローゼは知らない。もしかしたら自分と同じであの日に“狂っていなかった”可能性もある。狂わずに人を殺めた可能性だ。


 自分を離れに軟禁した両親を手にかけ……それは良い。勝手な妄想だ。


「そんなあの子が貴女の話に乗ったのでしょう?」

「ま~ね」


 乗った。乗りました。話しのを終える前に応じていた。前のめり過ぎるくらいに全力だった。


「ならクーレは判断したはずよ。自分の勝ちを」


 何故ならあの子は負けない。自分の命を対価に勝負した商いならあの子は絶対に負けないはずだ。


「負ける商売ならあの子は応じていないわ。きっと『ノイエが悲しむから』とか言ってね」


 それがクーレだ。自分のことよりもノイエを溺愛し甘やかしていた常識人だ。


「クーレならどんな姿になってもノイエの傍に居たがるかもしれないけど」


 本当にあれはノイエを可愛がっていた。ただノイエは人気が高く独占は出来なかった。それでも眺めていれば満足で、近づいて来れば捕まえて猫可愛がり……そう考えるとノイエをあそこまで甘やかしていた理由も何となく分かる。きっと自分の傍に来て欲しかったのだろう。


 そうして皆が皆、ノイエに依存していたのだ。

 無垢な存在に甘えて縋り汚し続けた。


「アイルローゼちゃん。表情が硬い」

「これが素なので」

「またまた~」


 隣に居る存在が正直ウザい。ぶっちゃけウザすぎる。


 アイルローゼは心の中で殺意を覚えつつも我慢していた。


 仕方がない。相手は自分の知らない力を振るう。もしまたあれを食らったら、


「表情が柔らかくなった。エッチな事とか考えた?」

「考えてませんっ!」

「そっか~」


 軽く声を荒げると相手は大人しく……また元に戻る。

 もうそろそろ太ももを撫でるのを止めて欲しい。たまに間違えた振りをして付け根にまで手が来るのは絶対に故意だと分かっている。そもそも撫でるだけならそんなに大きく手を前後に動かさなくても良いはずだ。


「私としてはクーレが納得しているのならこれ以上何か言う気はない」

「ん~」

「何よ?」


 どこかこちらを揶揄うような魔女の様子にアイルローゼは警戒する。

 この魔女はトラブルを起こすことを生きがいにしている人の屑だ。気を付ける必要がある。


「納得はしてるから平気か」

「だから何よ?」

「うん」


 ニンマリと魔女が笑った。


「ほら貴族の赤ちゃんになるってことは、つまり色んな人にオシメを替えて貰うことになるでしょう?」

「……」


 何故だろう。アイルローゼは言いようのない不安を感じた。


「まあ私は完璧主義者なので、ちゃんと排泄物を出せるように作り上げました。あの子はぶっちゃけ人間に限りなく近いほぼ完璧な人造人間なのよ」

「それで?」

「でもオシメは必須なの!」


 だって赤ちゃんだもの。


「もちろんやりたがりな兄さまがオシメ交換をするのも計算に入っている」

「で?」

「つまりあの子のあそこはバッチリ見られてしまうのよ!」


 何故かみかんの皮を握りしめて魔女は力説していた。


「見られると分かっている場所をおかしな作りには出来ない。何故なら私は美意識高い系の完璧主義な職人だからよ!」


 声高々に魔女が何か狂ったことを言っている。


 アイルローゼとしてはそれで片付けたいのに嫌な汗が背筋を伝い……止まらない。


「より自然で、より完璧で、より美しいモノを作る必要があった!」


 何故なら見られるから。


「姉さまのでも良かったのだけど、姉さまのってマジマジと見れないから私は考えた。なら見たい放題のサンプルから一番綺麗な形を選べば良いと!」

「で?」


 何故か魔女が両腕を伸ばして来た。

 それはまるで『貴女が選ばれました』と言いたげにだ。


「ゆーあーなんばーわん」


 良く分からないけれどアイルローゼは殺意を覚えた。


 厳密に言うと殺意しか覚えてなかった。




「どういう事? あの魔女の襲撃はどうなったの?」


 集まったそれらは話し合う。

 話し合うしかできない状況でもあるが、けれど話し合う。話すことで不安を隠そうとしていた。


 赤毛の魔女と猫をあの『自由』にけしかけた。

 現在の彼女は『総括』の治療にその大半の能力を費やしているから迎え撃つことは難しいはずだ。そして頼りの綱である弟子も内側には来ていない。今が狩り頃のはずなのだ。

 それなのに報告が来ない。あれを始末したという報告が来ない。


「どうする? また戦力を集め」

「これ以上私たちに戦力は無い!」


 総括からも切り捨てられた自分たちにはもう力はない。これ以上仲間を作ることはできない。

 ならせめて一矢報いてやろうと総括のお気に入りを狙ったのだ。それなのに、


「誰か様子を見に」

「必要は無いかな?」


 声と共にそれは降って来た。


 目深にかぶったフードはいつも通りだ。ローブ姿もそのままだ。

 けれど1つだけ違うモノがある。彼女はその手に武器を携帯していた。

 魔法使いである『自分』が武器を携帯しているのだ。


「まさか」


 その武器持ちに1人が気づく。相手の正体にだ。


「どうしてお前がっ!」

「あん?」


 ブンと振るわれた武器により幾人かの彼女の首が飛んだ。


「決まっているだろう? 狩りの時間だからだよ」


 それは冷たく……冷徹な笑みを浮かべて武器を構えた。




~あとがき~


 刻印さんの中では常に権力争いが…で、この怖いの誰だ?


 次はあっちの話か? どっちだ?




© 2024 甲斐八雲

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