私は先祖代々騙されていたのか~!

「ねえねえ魔女ちゃん」

「何よ。御前?」

「まだ拗ねてるの?」

「拗ねてないし」

「拗ねてるじゃないの?」

「はいは~い。拗ねてます。悪いか?」

「悪くないけど」


 コロコロと喉を震わせて笑う鬼に魔女はブスッとした表情でおせちの重箱を突く。


 目ぼしいモノはもう粗方終わっている。残っているモノは不人気品だ。最近はおせちから不人気商品が取り除かれていると聞くが、魔女はそれを許さなかった。そもそもおせちの料理には一つ一つに意味があり、それを食べることに意味があるのだ。


 故に好き嫌いは許されない。選り好みなんてもっての外だ。ストロングスタイルでおせちと向き合う魔女としては、一緒に食した人物が悪かった。相手は鬼だ。『おせちの意味? 何それ?』の人種だ。故に好きなモノを好きなだけ食べるスタイルであった。


 勝敗なんて気にしたら負けだ。圧倒的な戦力差で負けた。

 残っているのは不人気商品。それを渋々食べる魔女の箸は重く動きが悪い。


「イナゴが」

「残せば良いのに?」

「お残しは許されないのよっ!」


 覚悟を決めて口の中に放り込み、魔女は両手で自分の口を押える。


 考えるな。そして感じるな。口の中身はイナゴではない。姉さまの魔力だ。魔力を固形化させてイナゴ風の姿形にしたうえでバッチリ味まで再現した。つまりパーフェクトなイナゴだ。あっイナゴだ。


「ごふっ!」

「まあまあ。お水?」

「ふんが~!」


 咽たが気合で飲み込んだ。大丈夫。自分の体はこれぐらいで負けない。


「まあ凄い。残り二匹よ?」

「鬼か~!」


 鬼でした。

 目の前にいる人物はニコニコと笑っているけど鬼なのだ。


 熱めの緑茶で口直しをし、魔女はコタツの天板に顔を預けながら壁に掛けられている手鏡に目を向けた。


「ねえねえ魔女ちゃん」

「何よ?」

「この映像ってどうなってるの?」

「ん?」


 顔をあげて魔女は鬼を見る。


 もうおせちは終わりと宣言した通りに鬼は箸を置き、次なるアイテムみかんの皮を抜いていた。温州みかんだ。何て贅沢な?


「兄さまの執務室には数多くの隠しカメラを仕込んであるから」

「なら常時角度が変わるのは?」

「都度見やすい角度から面白そうな被写体を撮影するようにプログラムしてあるから」

「あら? 魔法ってとてもハイテクなのね」

「ハイテクって……」


 相手の言わんとしていることも分かる。つまり余りにも魔法らしくないと言いたいのだろう。


「使い勝手を求めると魔法もデジタルな感じになるのよ。誰の言葉かは思い出せないけど『進み過ぎた化学はもはや魔法』って言うぐらいだしね。つまり魔法を少し弄ると科学的な感じになるのよ」

「へ~」


 皮を剥き白い筋まで取り除いたみかんの房を1つずつ分けて鬼が口に運ぶ。

 それを見ていた魔女は『あ~ん』と口を開けてみた。


「まあまあ。おねだり? 可愛いわね」


 クスクス笑って鬼がみかんを口に運んでくれる。


「口直しが欲しかっただけ」

「うふふ」


 咀嚼して飲み込めばそれまでだ。後は体内で魔力が吸収される。

 こうして力を貯めているが……正直効率は悪い。もっと効率の良い方法も考えているが、余り上手くはいっていない。


「あっ……ウチのゴーレムがまた潰されたわね」

「あらあら? 猫ちゃん?」

「そうね。あの猫も本当に厄介だから」


 性格に難があり過ぎるから皆目を背けているのかもしれないが、あの猫ほど才能に恵まれた存在は居ない。一騎当千の魔法使い。つまり十二分に魔女へと至れる存在だ。


「あ~オバサン。早くあの猫ちゃんを撫で回したいわ」

「えっと知ってる? その猫が私を殺しに来るって?」

「平気よ。オバサンこれでも匠君のお母さんだもの」


 だから攻撃などされないと薄い胸を張って鬼は確信している。

 何処から出てくる自身なのか……ぶっちゃけ魔女からすればあの2人のことだ。出会い頭の一撃で致命傷となりえる魔法を放って来る。そういう人種だ。


「ねえねえ魔女ちゃん?」

「何よ」

「貴女の弟子ちゃんが膝から崩れ落ちているけど良いの?」

「……」


 視線を向ければ確かに弟子が膝から崩れ落ちていた。


 今度は何ごとか?


 巻き戻しからの再生で理解した。


「あら? あらあら? もうウチの匠ちゃんは本当に小動物に好かれるんだから~」

「人間よ?」

「子犬っぽく可愛いわね」


 鬼とはこんなにもマイペースな人種なのか?


 一瞬考えた魔女は納得した。だって相手は鬼だもんと。


「お弟子ちゃん大丈夫?」

「大丈夫でしょう。ったく……あんなにお膳立てしているのに」

「そうよね~」


 鬼も魔女もそろってため息を吐いた。


 あの弟子はここぞというところで大胆に動けない。故に失敗ばかりで上手くいかない。

 積極性はあるのだが最後に臆病の虫が姿を現す。そして有耶無耶のままで終わってしまうのだ。


「姉さまが何度も『座る?』と言って気絶している兄さまを譲ってくれるのに、あの馬鹿弟子は」

「ん~。あの子は気絶している匠君としたくないんじゃないかな?」

「はぁ? だったら寝てるあれにキスするのはセーフなの?」

「……ギリギリ?」

「なら姉さまと一緒に舐めるのは?」


 鬼は少し考えた。


「…………オバサン、昔から喉の奥に物を入れるのって苦手なのよね」

「はん。鬼なんて基本丸飲みでしょ?」

「だから飲むなら良いんだけど」

「うわ~。引くわ~」

「言わせておいて酷い!」


 プリプリと怒る鬼が可愛らしい。

 ただ見た目は若く口調もあれだけど相手は人妻だ。そして息子がいる身だ。


「そもそも御前って幾つなの?」

「それは聞いちゃいけないことよ? なら魔女ちゃんは?」


 見事なカウンターが来た。だが魔女の返事は決まっている。


「私は永遠の17歳だし」

「ならオバサンは永遠の29歳よ」


 迷うことのない即答が素晴らしい。現実から目を背けての言葉が特に凄い。


「息子。あそこで子犬系メイドとじゃれている息子が居るから!」

「……オバサン、頑張って産んだのよ。幼くして」

「前田家の松さんかっ!」


 マニアックなネタを放り込みつつ、魔女はまた口を開けてみかんを求める。


 鬼は笑顔で、それを“箸”で摘まんで放り込んだ。魔女の口の中にだ。


「……イナゴっ!」

「正解」


 口を押えて悶絶する魔女に対し、胸の前でポンと手を叩いた鬼は笑顔だ。


 残り二匹となっていたイナゴはこれで駆逐された。難敵はもう残っていない。


「口直し~!」

「はい」

「……なにこれ?」


 新たに口の中に放り込まれたモノを確認し、魔女は鬼に問う。


「名称は忘れたわね。確かカタクチイワシの稚魚だったかしら?」

「魚ならセーフ」


 そう言われてみれば確かに魚の佃煮みたいなモノがあった。きっとそれだろう。


「あらあら? 弟子ちゃんが床を殴って泣き出したわよ?」

「あ~。あの子ったらパニクるとああなっちゃうのよね~」

「誰のせい?」

「下手に貯め込んでストレスで禿げるよりかはマシだと思うけど?」


 湯のみに手を伸ばし口の中をリセットし、魔女はみかんに手を伸ばした。

 やはりコタツにはみかんだ。コタツみかん最強だ。この組み合わせに匹敵するのはあんこホイップぐらいか? あんこマーガリンも捨てがたい。つか甘い物が食べたい。お汁粉か?


「御前」

「何かしら?」

「お汁粉作ったら、」

「是非!」


 言い終わる前に賛同を得てしまった。そうなると作るしかない。


 頑張れ姉さま。もう少し魔力を下さいな。


 虚空から姉の魔力を掴みだし、それを加工し……小豆からは面倒だ。ここは普通にあんこで良い。


 出でよあんこ! 願いを叶え給えだ。


「あら? でももうお餅は片付けちゃったわよね?」

「汁だけで良いでしょ? 缶ジュースのあれのように」

「オバサン、缶ジュースって苦手なのよね」

「何で?」

「あれって全体的に鉄の味を感じない? 缶ジュースとかブラックコーヒーとか」

「あ~。それはあるかも」

「だからオバサン的には缶よりペットボトルの方が好きなのよね」

「分かるわ~」


 鍋を準備し、あんこと水を加えて軽く煮る。もうこれで十分だ。


「ところで魔女ちゃん」

「何よ?」

「オバサンずっと気になっていたんだけど」


 頬に指を当て『ずっと考えていた』風のアピールをしながら魔女は言葉を続けた。


「普通のおせちにイナゴは入れないはずよ?」

「はい?」

「だから入れないはずよ」

「……」


 鍋をかき混ぜつつ魔女は画然とした。


 それはつまり……どういうことだ?


「私は先祖代々騙されていたのか~!」


 つまりそういうことらしい。




~あとがき~


 執筆に余裕がなくなるとこの2人の出番が増えるw

 何も考えずにスラスラと書けるから凄く楽だわ~。

 アイルと猫が迫りつつありますが、本当に暢気だな。


 ポーラの行動は…うん。ノイエが許可しているから問題無いのかな?

 それでもやり切れていないのは、ポーラの臆病な部分が問題なのかもしれませんが…




© 2024 甲斐八雲

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