今夜はお肉
ユニバンス王国・王都上空
軽く足踏みをして足場を固めたノイエは空中に立っていた。
理屈は簡単だ。空気中の僅かな埃などを固めれば立つことはできる。後は気合で解決だ。人間頑張れば不可能は無い。出来る出来ないは実行した結果でしかない。まずはできると信じてやることが大切……そう姉である“カミュー”に習った。姉の言葉は常に正しいから従って来た。そしてやったらできた。
《……静かで良いな》
周りからの雑音はあまり聞こえない。下に行けば雑音が増えるがそれは仕方がない。
頑張れば静かにさせることはできるがあれは疲れる。何と言うか体の奥底から何かが消える感じがして凄く疲れる。だから使いたくない。
それに空に居れば煩いのは全て足元だ。ユーも……抱き着いてハァハァしているのはいつものことだ。
この姉はいつもこれをしている。ただ自分も“アルグスタ”に抱き付くのは好きだ。胸の奥がキュッとなってとても暖かくなる。それが何かは分からないけど、でも好きだ。
だからもっと好きが欲しくて頑張るのに、彼は『ノイエ。落ち着いて~』と騒ぎ出す。
いつも落ち着いている。だから止まることが出来る。落ち着いていないなら抱き着いてそのまま自分を止められない。仕方ない。そんな日もある。結構ある。だから仕方ない。
《……赤ちゃん》
今日は余り声がしない。きっとぐっすり寝ているのだろう。寝るのは良いことらしい。子供は良く食べて良く寝ることが大切らしい。だけど自分がそれをすると怒られる。良く食べたら『食べすぎ』と言われる。彼といっぱいしたら『やり過ぎ』と言われる。
本当に難しい。
「むう」
また足元が煩くなって来た。
ずっと静かな所に居れないのは問題だ。
軽く駆け上りまた静かな場所へと移動する。
《ん?》
ふと気配がした。それは彼が“オーガ”と呼んでいるモノの気配だ。
こっちに来ている。また来ている。
あれは面倒だ。何かあると直ぐに『殴り合おう』とか言い出す。
殴り合うのは面倒だ。だってお腹が減る。お腹が空くのは嫌いだ。
「むう」
どうにかこっちに来ないようにすることは……面倒だ。きっと来る。なら面倒なことはしない。だってお腹が減るから。
軽く辺りを見渡す。
ドラゴンはようやく眠りから目覚めてこっちに向かい移動を開始している。
“地中”からニョキニョキと良く湧いて出て来る。ただ大きいのは居ない。
大きいのは……面倒臭いから好きじゃない。それにあれは本の通りではない。どれもこれもおかしい。だから好きじゃない。出来れば普通ぐらいのが纏めてたくさん来てくれるのが良い。
ドラゴンならどれだけ殺しても怒られない。いっぱい殺したら褒めて貰える。だからたくさん来て欲しい。たくさん殺したい。だってドラゴンを殺している時が一番良い。
胸の奥から湧き上がる嫌なのが減る。あれは嫌だ。たくさん出て来ると嫌になる。
それに何故か周りの人が嫌な顔をする。今にも泣きそうな顔をする。どうしてかは分からない。でもこっちを見て泣きそうな顔をする。だから嫌だ。嫌だからたくさんドラゴンを殺す。そうすれば周りは嫌な顔をしない。
《もう少し》
あと少し暖かくなればたくさん湧いて出てくるはずだ。
《でも》
ふとノイエは宙を駆け上がり限界まで登った。
そこから見えるのは……凄く嫌なモノだ。あれは嫌だ。きっとあれが“嫌い”だ。嫌いで良いんだと思う。
あれは黒くてドロドロしていてとても嫌だ。だからあっちには行きたくない。あれは嫌なモノだから。
北から視線を外しノイエは自分の足元へと目を向けた。
《おっぱいさん》
見られている気がした。いつものことだ。
あれはたぶんおっぱいの大きな人が使うあれだ。良く分からないけどあれだ。良く見て来るやつだ。
いつもなら頭の上から見られているが今日は下から見られている。下から?
軽く首を傾げてノイエは考えた。
たしか彼に言われた気がする。『下からには気を付けて』と。
何を気を付けるのかは分からない。思い出せない。きっとあれだ。お肉が足らない。お肉が足らないから思い出せない。だからお肉は必要だ。
「今夜はお肉」
夜ご飯は決まった。お肉だ。やはりお肉が良い。
《むう》
ただお肉にまでにはまだ時間がある。
ドラゴンは……もっと頑張って欲しい。
なら一度赤ちゃんの所に行くべきか?
赤ちゃんは良い。子供が居ればみんな喧嘩しない。間違いない。
だってあの場所で唯一の子供だった自分が居たからみんな喧嘩をしなくなった。
みんなが自分を見て疲れた感じで笑ってくれた。疲れていたのは自分が歩き回っていたからだ。でも赤ちゃんは歩き回らない。だからみんな疲れたりしない。きっと笑ってくれる。ずっと笑ってくれる。
それが良い。家族はみんな笑っていて欲しい。
あれは嫌だ。みんな泣きながら争うのは嫌だ。だから笑っていて欲しい。
それに赤ちゃんは良い。凄く良い。抱きしめるととても暖かい。体の奥底から暖かくなる。だから良い。
《行こう》
宙を蹴りノイエは移動を開始しする。
あの子……あの人には昔たくさん頭を撫でて貰った。『ノイエは本当に良い子ね』とたくさん撫でて貰った。どうして赤ちゃんなのかは分からないけど、今度は自分がたくさん撫でてあげる。
《クーが待ってる》
王都郊外・ノイエ小隊待機所
「……」
まさかの出来事にルッテは微妙な表情を浮かべ干し肉を齧っていた。
甘い甘いしょっぱいの組み合わせが良いことに気づき、最近は焼き菓子焼き菓子干し肉のパターンを作り上げた。何より干し肉は沢山ある。
それは良い。それは良いのだが……何故本日の隊長は下着を穿いていないのだろうか?
一度咀嚼に専念し、ルッテは気持ちを落ち着かせた。
もしかしたら純粋な見間違いか?
あの過保護な上司が最愛の妻たる隊長に下着を穿かせないなどの変態すぎる性癖を披露することは無い。だからこそ見間違い説が有力だ。
ただじっくり確認したから間違っていないはずだ。見間違っていないはずだ。
「まさかっ!」
あれが噂に聞く『もうほとんど紐にしか見えない下着』か?
それだったらあの上司が隊長に穿かせる可能性はある。何故ならあの上司は変態だ。自分の妻にいやらしい服を着せて愛でていることは有名だ。
下手をしたら養女とした義理の妹にまで際どい服を着せて……あり得る。
《それに隊長には恥じらいとか無いから》
それが一番の問題だ。
『暑いから』と言って安易に全裸になる人だ。2人の元副隊長がどれ程頑張ってその癖を矯正したことか。あの頑張りは本当に凄いと思う。
ただ実際隊長が全裸で外に居ると男性諸君が全力で視線を逸らしていた。
それこそあれだ。後が怖いことを知っていたから全力で回避だ。
何て言うか間違って娘の裸を見てしまい『最低』と言う言葉を吐き捨てられたくない父親のような必死さだった。違った意味でその頑張りを多方面に向けて欲しかった。
そう考えると……あれ? 自分の場合は皆さん喜んで見ていたような?
何かに気づきルッテは干し肉を握りしめた。
つまりウチの野郎共は、隊長と自分の裸を差別していたのだ。
向こうを神聖視してこっちは当たり前のように……何だこの言いようのない怒りは?
憎い。あの野郎共が憎い。
ゴッゴッとドアの下を蹴るような音が響いた。
実際は蹴っている。そんなことをするのはこの小隊で1人だ。
「副隊長? 午後からの予定だが」
フードで顔を隠したもう1人の副隊長だ。
仕事をしたがらない問題児だが最近は少しだけ働くようになった。何でも仕事を頑張れば特別手当として、とある人物が作成途中で嫌になったり飽きたりして放り出したプレートを定価で買える機会を得られる権利を得たそうだ。
『それってただの未完成品では?』と全員が思ったが、それでも欲しがる人はいるらしい。
現に彼女は少しだけやる気になって仕事をするほどだ。
「全員フル装備で野営陣地の構築訓練です」
「……」
この場を取り仕切っているルッテの言葉にもう1人……イーリナは眠そうな視線を向ける。
相手のその表情が冗談に見えなかった。
「婚約者と喧嘩でも」
「してません! 今夜も会います! ですがフル装備で野営陣地の構築訓練です!」
「……分かった」
相手の気配に圧倒されイーリナはその無茶を受け入れた。
当たり前だがそんな訓練を準備も無く突然始めれば……提示内で終わる訳が無い。そしてイーリナは基本仕事をしたがらない人間だ。
結果として訓練が終わるまでルッテは付き合うこととなり、その日の彼とのデートは中止となったそうだ。
~あとがき~
今日は続くけどルッテの本日はある意味で終了ですw
ちなみに野郎共がノイエの裸を見ないのは純粋に怖いからです。相手はドラゴンスレイヤーで生殺与奪の権利を国から与えられていますから。不敬罪とは言いませんがノイエの気分で処理できます。
ルッテの場合は……コイツはほぼ自滅ですからね。ラッキーぐらいにしか思われないかとw
で、ノイエが結構重要なことを言ってますが、そろそろそっちの問題を解決しないとね。
早くしないとオーガさんが来てしまうのです。というか翌日には来てしまうのです
© 2024 甲斐八雲
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