えへへ……へんなの
ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室
「……っ!」
猿轡を噛ませたコロネが声にならない声を発して泣いている。
うむ。やはりあれは脅しとしての刺激が強すぎたか?
クレアに頼んで到着した禁断の拷問道具……その昔ミシュに使った触れると皮膚がとても痒くなる芋を準備し、どれほど酷いことになるかデモンストレーションしたらコロネの心が折れた。
クレアの胸と股間に押し付けた結果をマジマジと見たせいだろう。
余りの衝撃映像に流石の僕ですら引いた。
ドン引いていたら部屋付きのメイドさんたちが、慌ててクレアを抱えて走って行った。
元々はクロストパージュ家付きのメイドさんも含まれているから、基本彼女たちはクレアを甘やかす傾向にある。が、今日は何故か制止などせず途中まで見守っていた。大変生温かな目で見守っていた。そんな日もある。
ただその目から急激に温度がなくなり顔色を真っ青にさせたのは、彼女たちがクレア同様にあの芋の効力を甘く見ていたせいだろう。
あんなに激しく1人自慰的行為に没入するとは流石の僕も思いもよらずだ。事故って怖い。本当に怖い。
クレアを抱えたメイドさんたちの行先は間違いなく大浴場だろう。
洗えば大丈夫だ。ただ完全に効果が無くなるまで冷水で綺麗に洗わないとダメだ。その過程でクレアに何が起きても仕方ない。良くあることだ。今夜旦那が頑張れば良い。クレアに体力が残っていればだが。
そもそもあの馬鹿が『こんな芋ぐらいで?』とか舐めた口を利いたことが悪いのだ。芋を悪く言う奴は芋で泣くのだ。そしてその格言通りにクレアは芋で泣いた。泣き叫んだ。ほぼ発狂だった。
余りにも無様な醜態を晒したクレアのおかげでコロネの心はバキバキに折れた。もう逆らう気配はないらしい。そうなれば躾も終了である。拘束を解いたら泣きながら飛びついて来て甘えている。
この馬鹿は死にたくないとか言ってる割には、生殺与奪を持つ相手に逆らうからな。
小型犬が必死に吠えて虚勢をはっている感じがして可愛くも見えるけどね。
「はぐっ……はぐぅ」
猿轡を噛ませているから泣き声がおかしいが、またそこはご愛敬だ。ここでそんなことを指摘するのは野暮ってもんだろう。何より躾を終えたが説教は終えていない。
「で、だ。このお馬鹿」
「ふにゃ~」
口の戒めを解いてやるとコロネがギャン泣きモードに……そんなにあの芋が怖いのか? ちゃんと熱を通せば美味しい食材だぞ? 油で揚げるとネトっとした感じのフライポテトになるがな。正直ホクホクしている芋の方が好きなので僕の好みには合わない。何の話だ?
「違います。その人は人前で無様を晒すのが嫌なのだと思います」
「あっそう」
クレアの粗相を掃除するスズネから辛辣な声が。
で、君も掃除しながらそれでもノワールを抱き続けるのね? 何気にノワールのこと気に入ってる? 違う? 重さが良い感じに鍛錬になる?
明日から両腕と両足に重りを付けることを命ずる。
ウチの娘をトレーニング用品扱いしたことは万死に値するのだよ。
スズネにもちゃんと指導をし……そろそろ泣き止まんかね?
「ごめん……ごめんなさい」
「最初から素直にそう謝れば良いものを」
どうも暗殺者生活が長かったせいか性格に難があって困る。
こう清く正しい精神を持ったクリーンな暗殺者とか居ないものかね?
性格が捻じれていると再調整が大変で困るのだよ。
「何より僕の悪口ぐらいで叔母様の所のメイドと喧嘩するな。そっちの方が迷惑だ」
「でも」
「デモもテロもありません」
本当に迷惑です。
「するんだったら正々堂々と叔母様の所に『そっちのメイドがウチのご主人様の悪口を言っていたから三回殴ります。勿論反撃しても構いません。だから殴ります。許可を!』と手続きを踏め」
「それって手続きなの?」
「うむ」
武闘派ハルムント家なら通じるはずだ。それで通じなければおかしい。
「もし拒否して来るようならこう言えば良い。『ハルムント家のメイドも質が落ちましたね』と。そうすれば絶対に一騎打ちに持ち込める」
「……そっちの方が問題になるんじゃないの?」
「ま~ね」
というかそこまでやってる間に冷静になるはずだ。
後は一騎打ちという名の憂さ晴らしをすれば良い。勝敗など気にするな。
「流石の叔母様も命まではとらん」
「……本当ですか?」
「おう」
自然と視線が流れたのは秘密だ。
大丈夫だ。叔母様は動かないはずだ。叔母様は、な。
「何よりお前は死にたくないんだろう?」
「……うん」
小さく小さくコロネが頷いた。
そもそもこのお馬鹿をウチで引き取るのにも色々と問題があった。当たり前だがこの馬鹿は僕の命を狙った暗殺者だ。物語とかなら自分の命を狙った暗殺者を仲間にするとかよく見るシチュエーションだが、実際は周りがそれを許さない。特に僕の場合は腐っても王族のだ。
それにコロネが今までに行って来た余罪の追及だってある。
何処で誰を殺したとか……そんな話を聞きたがる者もいるのだ。
それを回避するためにハルムント家に預けた。あそこで再加工すれば立派な戦闘メイドとなっているはずだからだ。だが問題があった。この馬鹿が叔母様にでも噛みつく狂犬だったのだ。
故に叔母様はコロネをウチに押し返してきた。
『こんな馬鹿はウチのメイドとして教育するにはふさわしくありません』とね。
まっ実際は時間稼ぎだったんだけどね。
その間に色々と四方に手を回してコロネへの追及を諦めさせた。本当に面倒臭い話だったけど、自分の最上級の快楽を断ってまでお願いして来た人物との約束は守らないといけない。この馬鹿を暗殺者としてではなく……まあ適当に人生を謳歌できるようにしてやるくらいの約束だ。
だから現在のコロネは過去を詮索されることは無い。
何より誰だって探られたくない過去はある。貴族なんて黒歴史の塊だ。誰もが黒歴史を抱えて生きているのだ。
「だからこれからはあっちこっちで喧嘩するな」
「主人がばかにされても?」
「構わんよ。僕は好きで馬鹿をしているんだしね」
何より馬鹿は気楽で良いのです。お兄様みたいに真面目に生きることのできる人は良いが、僕には無理っす。故に僕は不真面目なアルグスタ君で良いのです。
「それに悪口ぐらいで済むなら良いよ。暗殺者とかなら勘弁だけどね」
「……」
これこれコロネくん。意気消沈しないの。
「お前は長生きしたいなら長生きすれば良い。大いに生きろ。全力で生きろ」
「良いの?」
「構わん」
チラリとできる後輩スズネに目を向ければ、彼女は澄ました顔で掃除を終えて待機状態に突入している。こちらの会話は聞いているが気にはしていない感じだ。
ただあんな表情をしていてもスズネは周りのことに気を配ることが出来る。何気に不真面目な先輩が好きなのかもしれない。
「俺がお前に暗殺を命じることは絶対にない。つか僕はその手の手段は使わないから問題無い」
「……」
そうです。これは我が家の家訓にしても良い。
ドラグナイト家は暗殺という手段は用いらないのです。
やるなら正々堂々と正面から乗り込んで喧嘩しろ。後ろから殴るようなことはするな。相手の顔面にワンパンを入れろ。
「えへへ……ばかみたい」
「馬鹿で結構です」
泣いてた子がようやく笑ったな。
どんなに幼くても女の人に泣かれるのは好きじゃないんです。
と言ってお年を召した女性に泣かれるのも困るけどね。
「笑っとけ笑っとけ。夜中に怖い夢見て泣きながら起きなくなるように笑っとけ」
ポンポンと抱きかかえている相手の頭を軽く叩く。
この馬鹿は夜な夜な悪夢に苛まれることがあるそうだ。同室のスズネがそう言っているのだから間違いない。でも悪夢なんてぶっちゃけ心の中の嫌な思い出が原因だ。だったらその思い出が外に出て来れなくなるまで楽しい思い出を上掛けしてやれば良い。
最近のノイエが悪夢を見る回数が減ったのはきっとそんな感じのはずだからだ。
「僕のことで喧嘩はするな。それと長生きはしろ。好きなだけ生きろ。あと仕事は真面目にやれ。遊びたければ、怠けたければ、休日に全力で実行しろ。以上だ」
「へんなご主人」
煩いよ?
変ではありません。これが我が家の家風です。
あと好きなだけ趣味に生きろとかかな?
「好きなことをやれ。人は趣味に生きている時こそ輝くもんだ」
「えへへ……へんなの」
クスクスと笑うコロネが僕の顔に自分の顔を寄せてきた。
おや?
頬に何と言うか控えめなキスを頂戴しました。
「えへへ」
「兄さ……」
うんうん。まあそう笑っている……どうしたポーラ?
何故か入室して来たウチの妹メイドが膝から崩れ落ちた。
~あとがき~
コロネの話はもう少し掘る予定ですけどね。
ちなみにコロネの場合はラブでは無くてライク的な意味合いでご主人様のことが好きです。好きになりました。ですが余りにも特殊な性癖…ご趣味な人なので生理的にちょっとです。ですからラブにはなりません。
彼女はドラグナイト家に来てからずっと抱えていた恐怖。それが『また暗殺者にさせられるのでは?』です。だって国宝級の戦闘義腕を装着させられているんだよ? 普通そう考えるよね?
ただそれは全て刻印さんの趣味で、主人公的には微塵もそんな考えはありませんけど。
ようやく心の枷を外しだしたコロネは増々ドラグナイト家の家風に馴染んで、後にスズネと2人で『ドラグナイトの双璧』と呼ばれるようになります。2人揃って超攻撃的で、敵対勢力に対して正面から堂々と殴り込みをかける戦闘メイドですw
ちなみに後のドラグナイト家には四天王が存在し、ポーラを頂点にコロネとスズネ。で、苦労役のユリアが加わります。
そんなユリアは…うん。未来の話だしね。うん。大丈夫。うん。きっと大丈夫かな?
今は普通だから。加工が施されるのはこれからだからw
© 2024 甲斐八雲
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