ウチの主人はただ優しいだけなんだから!
ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室
「失礼します」
スッと一礼し入室した近衛団長付きのメイド……二代目メイド長のフレアはその様子にため息を吐いた。相変わらずと言えばそれまでだが、何をどうしたらこんな状態になっているのかが分からない。ここがユニバンス王国の魔窟と影で呼ばれている所以なのかもしれない。
主に呼んでいるのはフレアの実の主人であるが。
「アルグスタ様?」
「ちょっと待って。現在進行形でこの馬鹿がやらかした所業の原因を突き止めていますので」
「むががっ!」
猿轡を嚙まされたメイド見習いが、部屋の隅で正座をし水槽を抱いていた。水の入った水槽を手放せないのはその水槽がロープで胴体に括られているからだろう。あれは逃げられない。
ならば体を倒して逃れればと考えるが、これまた巧みにロープで固定されて体を床に倒せないようにしてある。つまりあのメイド見習いは水槽を抱きしめたままで正座をし続けなければいけないのだ。
中々見どころのある拷問……躾である。ただ自分なら足元にもっと過激な仕組みを取り入れ、尚且つ倒れ込もうとしたら天井からより過激な仕組みが降って来るように細工する。
勿論一度の事故で対象者が亡くなる様なへまはしない。強化魔法を駆使して一度では死なないようにしてから実行する。
人は死と隣り合わせになった方が口が軽くなるモノなのだ。
「で、言いたくなったかね?」
「もががっ!」
柄杓で水槽に水を灌ぐアルグスタのようにフレアはまたため息を吐いた。
ちょろちょろと水を足していたら時間がかかるだけだ。こういう場合はどんと入れてから脅迫……お話し合いをすることが大切だ。相手の心を折るのは常に飴と鞭であるのだから。
ただ本当にここはいつも通りだ。きっと明日、天変地異が起きると知ってもこのままだろうと確信できる。
ならば先に用事を済ませてしまおうと、フレアはまず部屋の隅で待機しているもう1人のメイド見習いの元へと向かう。
こちらは拷問……躾を受けている子とは違い大変真面目だ。真面目にドラグナイト家夫妻の一人娘を抱いていた。
「良いかしら?」
「お願いします」
スッと渡された乳飲み子は、その振動で目を覚ます。
もにゅもにゅと口を動かし手を伸ばしてくる。ポンポンと胸を叩いてる様子から『早くご飯を寄こせ』と言ってるように見えた。食に貪欲なのはある意味で母親になのかもしれない。
メイド服を解き胸を晒して乳を与える。
王弟閣下の屋敷にも何人か乳飲み子が居る都合、母乳が出る者は乳母としての役目が付いて回る。おかげでまだ乳が止まらずに済んでいる。
《子を抱いていると自然と出てしまうのだけど》
自分が何故母乳が出るのかは秘密になっている。
聡い者は気づいているだろうが問題にはなっていない。
何より我が子であるエクレアとの接触は最低限にしている。その血筋が明るみになると面倒だからだ。
左右の胸から均等に乳を与え後始末はメイド見習いにお願いした。
感情の乏しい見習いの少女だが仕事は丁寧で安定しているから任せられる。
胸元を拭いて清め、衣服を整えフレアは改めてこの部屋の主に目を向けた。
「あん? 言いたくなったか?」
「ふんが~!」
溢れんばかりの水を水槽に入れられた少女が絶叫している。
ある意味でいつも通りだ。平和と言えばそれまでだ。
「アルグスタ様。宜しいでしょうか?」
「宜しくないのでもう少しお時間を」
「でしたら本日の一件を先代にお伝えしますが。早急に」
「……」
渋々と言った様子でアルグスタはフレアに目を向けた。
途中から拷問が楽しく……躾に熱が入って目的を見失ってしまったのかもしれない。
「宜しいでしょうか?」
「……はい」
柄杓をバケツに戻しアルグスタは応じた。
とは言えフレアがすることは1つだ。
「本日は先代が育てた年若いメイドたちが貴方様の陰口を言い、それを聞いたそちらのメイド見習いと口論になったとの報告を受けております。
メイドたちは本家で再調整……再訓練としますので二度と今回のような非礼は起こしません。ですので先代に代わりお詫び申しますので、内々での処理に応じていただけませんでしょうか?」
「……はい?」
一度頭を下げフレアは言葉を重ねる。
「その者たちはアルグスタ様の行いに対し『無責任だ』と申したようです。それを聞いた貴家のメイド見習いが激高し口論から殴り合いになったと聞いております。
ただこちらへの配慮もあったのかその見習いメイドは“左腕”は使わなかったとのこと。ご配慮に感謝いたしますと共に、こちらのメイドたちの再調整……再訓練を促しますのでどうか今回のことは心の内にとお願いします」
「内密に……許したことにする理由は?」
「アルグスタ様がお考えの通りです」
「なるほどね」
腕を組んで軽く考え込んだ彼は、うんうんと頷く。
秘密にしてもらう……むしろ騒ぎにしないことには意味がある。そもそもメイドたる者、王家に連なる者の悪口を言うこと自体が許されない。余程相手が気心の知れた者であったとしても本来であれば許されない。特にそのような礼儀に対して厳しいハルムントのメイドには許されざる行為だ。
主人であるスィークが許したとしてもその者たちを教育していたメイドたちが許さない。下手をすれば処分となってしまう。それを回避するにはアルグスタの許しが必要だ。
彼が許したとなれば命まで奪う行為はやり過ぎになる。まあ多少の大怪我とトラウマレベルの精神的苦痛を得ることになるかもしれないが、死ぬことは無くなる。そして死ななければ再起できるかもしれない。出来ない可能性もあるが。
「……まあ僕の居ない場所での発言だしね。実害はないから問題は無いかな」
「もんが~!」
「この馬鹿の躾は別の理由にすれば良いんだし」
「ももんが~!」
1人納得いっていてないメイド見習いが騒いでいるが、案の定アルグスタは応じてくれた。
「こちらの心中を察していただき感謝します」
「別に良いよ。フレアさんにはノワールのご飯でお世話になりまくってるしね」
「いいえ。仕事ですので」
「うわ~。そのハルムントメイドのセリフをフレアさんの口から聞くことになろうとは」
「私もある意味でハルムントのメイドですから」
「止めてよ。怖いから」
お道化る彼からフレアは視線を巡らせる。
折檻……躾を受けているメイド見習いは、色々な感情を抱え込んで顔を真っ赤にしていた。
きっと自分の行いを主人に知られないよう、必死に口を閉じていたのだろう。ハルムントのメイドとしてなら大減点であるが、彼女はハルムントのメイドではない。しいて言えばドラグナイトのメイドだ。
故に許されるし、何よりそのような愛らしい姿を見せられればフレアとて揶揄いたくもなる。
「その大浴場で大立ち回りを演じていたメイド見習いは『ウチの主人はいいかげんだけど無責任なんかじゃないんだから!』と言って殴りかかったとか」
「うわ~。マジで? 恥ずかし~」
「もはぁ~!」
見習いの少女が激しく体を揺すって何やら主張しているようにも見える。
必死にその目が『もうそれ以上言わないで!』と熱く語っているようにも見えた。
「ええ。『ウチの主人はただ優しいだけなんだから!』とも言っていたそうです」
だがフレアは相手の訴えを無視した。
「にゃはぁ~!」
縛られている見習いが言いようのない声を放って脱力した。色々と諦めたのだろう。
フレアからすれば揶揄っているのだから救って貰えると思っている方が間違っているのだと言いたい。そんな感情など内に秘めていても意味はない。自分が仕えるに相応しいと思った相手が傍に居るのであれば身も心も相手に捧げてしまえば良いのだ。
そうすれば間違いなど起こすことは無い。
人は素直で居ることが大切なのだ。柵など全てを払いのけて。
「アルグスタ様。私はこれにて職務に戻りますので失礼いたします」
「あれ? もう少し遊んでいかないの?」
「ええ。十分です」
退出の挨拶で下げていた頭を上げフレアは笑う。
「それに私の遊びはもっと過激なモノなので」
そう言うとメイドは部屋を後にした。
~あとがき~
フレアさんは色々と間違いまくって今の地位に落ち着いた人だからな~。
人気無いけど作者的には大好きな人なんだよね。
どんなに天才でも全ての選択肢で正解を選べなかった代表例的な感じでw
つかフレアさんがユニバンスでも最も優秀な拷問係であった事実を知る人ってそんなに多くないんだよな~
© 2024 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます