ウチの大将に決まっているだろう?

 リンリン。リンリン。リンリン……


 ふと古めかしいベルの鳴るような音に鬼は視線を巡らせる。

 音に反応した魔女が後ろへと倒れ込み、手を伸ばして一頭身の雪だるまに対してチョップする。パカっと縦に割れた雪だるまの中から黒い電話が姿を現した。


「オバサン。魔女ちゃんのそういうところが大好きよ」

「どうもどうも」


 かまくらの中に置いておくには無粋過ぎたから一頭身の雪だるま……しいて言えばとある小説のスライムにも見える形をした物で覆い隠していただけだ。


 そう言えばあの小説はどうなったのだろう? WEBで途中までは追っていたが、完結はしたのだろうか?


 気になる。気にはなるけど確認のしようがない。だってここは異世界だから。


「はい。もしもし?」


 受話器を取って声をかければ電話の主は“自分”だった。


「はい? あ~。あの魔乳ってば真面目に右目に行ったの? 少しはやる気になってくれたみたいで嬉しいんだけど、このタイミングで珍しく仕事しないでよね。

 はい? 魔女を呼んであれを見せたの? マジで? つか何で魔女が右目に行けるのよ?

 はい? あ~。マジか~。だから残党狩りは重要だって言ったでしょう? 必要ならウチの弟子を走らせるけど?

 はい? うん。まあ、あの弟子は真面目過ぎるからね~。というか意外と容赦ないから根こそぎ狩ろうとするのよね。だからってそっちの眷属までフォロー出来ないわよ。だったら私みたいに眷属を作らないで全部ゴーレムで済ませれば良いのよ。

 はい? 処理能力が落ちる? そう言って眷属に丸投げしているから色々と問題が発生しているんでしょう? まあ良いわ。魔女の相手は私がするから。

 はい? 猫のおまけは知らないわよっ! 何処かでマタタビとか売ってなかったっけ? それか催淫剤とかは? はぁ~。まあ良いわそっちの始末は私が付けるから貴女たちは総括の方をお願いね。

 うん。つかあの魔女を相手するのよ? 私のリソースは全部そっちに回すから、マジでよろ!」


 受話器越しに騒ぐ自分を華麗に無視して魔女は受話器を本体に戻すと、黒電話のコードを引き抜いた。


 これで大丈夫だ。とりあえず自分からの邪魔は入らない。


「何かトラブル?」

「ま~ね」


 使用不可となった黒電話をまた雪だるまで隠し、魔女はその身を起こした。


「敵対勢力が余計なことをしてくれたおかげで赤毛の魔女がマジギレしたみたい」

「赤毛の……アイルローゼちゃんだったかしら?」

「あれをちゃん付で呼べる御前が凄いな」

「うふふ。オバサン。オバサンだから」


 何故か胸を張って偉そうに振る舞う鬼に魔女はため息を吐いた。


 本当に厄介なことになった。今はできるだけ平穏無事に過ごしていたいというのに、どうして自分から裏切りに似た行為を受けなければならないのか?


「坊やだからか」

「魔女ちゃんは女性でしょう?」

「言葉の綾よ」


 軽く顔の前で手を振って魔女は苦笑する。


「それでアイルローゼちゃんがここに来るの? 来れるの?」

「来るでしょうね」


 何せ相手には“自分”を毛嫌いしている“自分”が味方している。

 きっと全力でサポートしてここまでの通路を構築しているだろう。


「真に気を付けるのは有能な敵では無くて無能な味方だったかしら? ナポレオンが言ってたのって」

「難しい言葉ね」

「難しくは無いわね。ただ事実なだけで」


 本当にその通りだと魔女は思う。


 こんな時まで足を引っ張る存在など害悪でしかない。嫌なことにそれが“自分”だというのだから始末に負えない。


「それでどうするの?」

「赤毛の魔女だけだったらね~」


 問題はおまけだ。おまけの猫だ。


「あら? 一度みんなを撃退したのでしょう?」

「ええ」


 確かに魔女は過去に一度、左目の住人を全員を倒している。


「当り前だけど、タネも仕掛けもあったのよ」

「あらあら。うふふ」


 当たり前だが十全の準備をしてから臨んだ戦いだ。だからこそ圧勝を演じられた。


「今回はタネも仕掛けも無いから……かなりピンチかも」

「あら? 魔女ちゃんは強い魔法使いなんでしょう?」

「って言われているわね」


 だが実際は違う。


「私は基本手数の多さで誤魔化す技巧派だからね。才能でごり押しして来るあの魔女と猫とは相性が悪いのよ」

「あら。大変だ」


 ポンと胸の前で手を打つ鬼の様子からは、この状況を何処か楽しんでいる節しか感じられない。


 気楽で良いもんだ……と魔女は思う。


「ならオバサンが手を貸してあげましょうか?」

「はい?」


 思いもしない言葉に魔女は間の抜けた返事をしていた。今目の前の鬼は何と言ったのか?


「だって美味しい物をたくさん食べさせてもらったしね」


 言いながら鬼はカニ雑炊を作っている土鍋をかき混ぜる。


「それに少し見てみたいかなって」

「何を?」

「ん」


 クスクスと笑う鬼は土鍋に溶き卵を投入した。


「ノイエちゃんのお姉さんたちの実力かな? それにこの場所なら基本死なないんでしょ?」

「あ~」


 それには語弊がある。

 確かに死なないだろう。あの魔女と猫は。


「あら? オバサンは死んじゃうの?」

「そうなる可能性は高いかと?」

「なら平気よ」


 クスクスと笑う鬼はお玉で雑炊を掬い始める。


「だってあの子たちは匠君のことが大好きなのでしょう? 私はその母親よ? だったら私を傷つける訳ないはずだもの」

「……」


 魔女としてはその言葉を全力で否定したかった。


 何故ならあの2人はガチ勢だ。誰の身内など関係ない。やると決めたらやるタイプのあれだ。




 ユニバンス王国・北西部


「煩いんだよっ!」


 掴んで回して叩きつける。


 その三つの動作で大陸中に名を馳せる害悪……小型のドラゴンが肉塊と化した。


「ふんっ! つまらないね。歯ごたえが無い」


 害悪を処分した大柄の女性は、飽きたとばかりに荷車の荷台にゴロリと横たわった。


「乗るな。大木」

「煩いよ。豆粒」

「何おう?」


 ただ荷台には先客がいた。とても小柄な、少女のような女性だ。

 鎧姿で一応ユニバンス王国では騎士の称号を得ている。名をミシュという。


 そんなミシュは荷台の真ん中を占拠した巨躯の人物……食人鬼オーガのトリスシアの腹の上へと移動し椅子とした。


「アタシの上に乗ろうなんて千年早いよ」

「あん? 誰も乗る予定の無い腹の上でしょうに?」

「違いない。興味ないしね」


 男っ気とは無縁のオーガにミシュは辺りを見渡す。


 運良くユニバンスに向かうオーガたちの一団に便乗することが出来た。

 本当に運が良かった。これで歩いて帰らないで済むのだから。


「つかあの馬車は何よ? 誰が乗ってるのよ?」

「ウチの大将に決まっているだろう?」


 煩わしそうに返事をするオーガにミシュはため息を吐く。


 分かっていた。分かっていたけど聞いただけだ。


「先触れって知ってる?」

「ああ。知ってるぞ。それで?」

「知ってるなら走らせろや~」


 オーガの腹の上で全力で暴れて見るが、岩とも鉄とも思わせるその腹筋にはダメージを与えることが出来ない。むしろ叩いていた自分の手足の方が痛くなる始末だ。


「煩いね。それ以上騒ぐなら食らっちまうよ」

「いや~! 売れ残りのままで終わりたくない~!」

「お前みたいな喧しいヤツなんぞ誰も興味を持たんよ」

「オーガに全否定された~!」


 もう一度全力で腹の上で暴れるがやはりダメージは与えられない。


「で」


 疲れたので暴れることを止めたミシュは、オーガの腹の上に座り直す。


 馬に牽かれる荷車が良い感じで揺れて今ならぐっすり眠れそうな気がした。


「何しに王都へ?」

「あ~。うん。あれだあれ」


 ただオーガの口から言葉が続かない。

 しばらく待ったがやはり言葉が出て来ない。


「言いなさいよ」

「面倒くせえな」

「おひ」


 本当にドラゴンスレイヤーと呼ばれる類の人間はこう性格に難があるのか。


 小さな拳を握りしめたミシュは、無駄だと分かっているがオーガの腹を全力で殴った。


「あれだよ……国王陛下に挨拶だ」


 痛めた拳に涙するミシュにようやくその言葉が届く。面倒臭そうにだが。


「何の挨拶よ?」

「あれだあれ」


 本当に面倒臭そうにオーガの口が動いた。


「結婚の報告だ」

「……誰の?」

「ウチの大将に決まっているだろう?」

「はい?」




~あとがき~



 久しぶりにミシュとオーガさんを書いた気がするw


 そして鬼対魔女も決定です




© 2024 甲斐八雲

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