どうするのアイル?

「魂の錬成?」

「ええそうよ」


 魔女は相手の声に頷き、その目を天井へと向けた。


 照明代わりに作り出した光の玉が暖かな光を放ち揺れている。別名ライトの魔法だ。ファンタジーでよく見るヤツだ。あれを作り出せた時は『ここからどんな魔法も作れる』と自惚れたものだ。


「私たちは何でも作れると思った。でも作れない物もあった」

「それが魂?」

「その通りよ」


 素直に認める。だって事実だから。


「いっぱい研究していっぱい実験もした。地球上だったら極悪人として一生刑務所で過ごすであろう『倫理観。何それ?』の実験も数多くした。それでも『魂』は作れなかった」

「でも魔女ちゃんは色々な物を作って……それこそ生きているような物だって?」

「ええ。でもあれらは基本インプットしたデータに従い行動しているのよ」

「あんなに自由に動いているのに?」

「ええ。自由意思の領域を大きく取ってあるからね。でも基本となる骨格が存在している。その骨格以上の行動はとれない。必ず何かしらの縛りに従い生きなければいけないのよ。常に拘束プレイね」

「オバサン、あの手の縛られるのってどうも好きになれないのよね。むしろ縛って良いなら燃えるけど」

「鬼の伝承からしてそんな感じでしょう?」


 基本物語の鬼はオラオラなはずだ。


「つまり魔女ちゃんが作った物は自分の意思では無く動いているの?」

「ええ。ただ自分たちは『自分の意思で動いている』と思い込むかもしれないけど」


 良い例が馬鹿弟子だ。あれはある種、最も完成に近い人造人間ホムンクルスだ。

 自分の血肉を使い作ったのが良かったのかもしれない。ただそれでも人に近いモノでしかない。


「ならあの子は? あのノワールちゃんは?」


 壁に掛けられている手鏡を指さし鬼はそう告げる。


「あれはクローンよ。しいて言えばホムンクルス寄りだけど、でもクローンよ」

「違いが良く分からないわ」

「ん~。製作者の気分?」

「それで良いの?」

「なら詳しい話を聞く? 何時間か専門的な用語を駆使して、」

「オバサン、生きていくうえで必要のない知識はため込みたくないタイプなの」


 両手で耳を塞ぐ鬼に魔女は苦笑した。


 ちゃんと説明しようとしても大半は自分のオリジナルの知識だ。正規のモノではない。


「あの子は兄さまと姉さまの血肉とかあれとかそれとかを頂戴して作ったクローンよ。一応ね。まあ人工授精って括りでも良いのかもしれないけど姉さまの卵子は色々と問題があったから」

「やっぱりノイエちゃんは子供が作れないの?」

「あの厄介な祝福をどうにかしないとね」


 こればかりは専門外だから流石の魔女でも打つ手がない。

 卵巣から排出された卵子が“異物”として祝福により攻撃されてしまうのだ。だから直接卵巣から卵子をと考えたら、干渉した時点で攻撃される。あそこまで徹底していると本当に打つ手がない。


「私としてはあの2人はお気に入りだから希望を叶えてあげたかったんだけどね」

「あら? 叶っていると思うわよ?」

「そうかな」

「間違いなく」


 何よりあれほど嬉しそうなお嫁さんの姿を鬼は知らない。


 感情が無くとも、表情が無くとも、我が家のお嫁さんは心の奥底から喜んでいるのだ。


「まあ……姉さまは頭の良い人だからね」

「どういう意味かしら?」


 意味深な魔女の言葉に鬼は問う。

 彼女は少し苦そうな笑みを浮かべた。


「だから話が元に戻るのよ。私は魂の錬成が出来ないってね」




 リグの体当たりを食らい、アイルローゼは右目へと向かう平べったい石の上に乗った。


 ただあの体当たりは色々とおかしい。だって相手の体が自分の体に触れていない。真ん中に存在していたクッションに弾かれて……思い出したら腹立たしくなってきた。


 何より自分は魔女の許可を得ていないから右目には行けないはずだと、そう思っている隙に魔女は転送されていた。行先はたぶん右目だろう。


「……本当だったのね」


 目の前に広がる景色に魔女は苦笑した。


 本当にフラスコと呼ばれるガラス器が存在し、そしてその中には左目の魔眼に住まう者たちが収められている。


《これが私たちの実体、か……》


 手に触れたフラスコの中身はシュシュだった。

 最後に見た日から成長はしていない。全裸で、フラスコの中でフワフワと浮かんでいる。


「アイル」


 遅れて来たリグが自分の手を掴む。


「こっち」

「ちょっと待ちなさいよ。リグ」


 けれど相手は待ってくれない。

 強い力で自分の手を掴んで来る相手に……魔女は諦めて従うことにした。


 走ること暫し、軽く息が上がった頃にそのフラスコが姿を現した。

 リグと一緒に右目に飛んだはずの猫がカリカリとフラスコの表面を爪で搔いていた。何処か心配そうな様子で必死にだ。


「だから何が……嘘」


 フラスコの前に立ちそれを覗き込んだ魔女は言葉を失った。


 そのフラスコには彼女が浮かんでいたのだ。

 彼女で良いはずだ。少なくとも頭は……その顔は彼女のものだ。


「どうしてクーレが?」


 そこにはあの施設に居たクーレが居た。


 でも魔女は彼女を見るのは久しぶりだった。


 何故なら彼女は左目には居ない。


「ねえリグ?」

「……」


 返事は無い。けれど魔女は言葉を続ける。


「この状態で人って生きていられるの?」


 そう問うしか出来なかった。


 人の体に関しては医者であるリグの方が長けている。

 そのリグが“自分”に助けを求めるのは医者としての技術ではない時だけだ。

 魔女に求める技術は決まっている。


「生きてはいると思う。人は腕や足が無くても生きられる」


 確かにそうだ。四肢を失った戦場からの帰還兵の存在を魔女も知っている。


「内臓は?」

「食事を必要としないなら」


『あれは要らない。これも要らない』と淡々とした声音で説明が続く。

 本当にリグは優秀な医者なのだろうと説明を聞くアイルローゼは思った。


 故に言いようのない感情に襲われる。


 条件さえ整えば医者はここまでのことが出来るのかと? こんなことが出来るのかと?


「全員じゃないと思う。たぶんユニバンスで出来るのはお義父さんとボクぐらい」

「そうあって欲しかったわね。でも少なくとも3人目が居るのでしょう」

「うん」


 コクンとリグは頷いた。


「刻印の魔女だと思う」

「でしょうね」


 沸々と言いようのない感情に襲われながら魔女はその手を伸ばしフラスコに触れた。


 冷たく感じさせるガラス製のそれは……ほのかに暖かかった。決して冷たくない。


 だからこそ余計に怒りを覚えた。


「生きているのね?」

「うん。ただ出せないから確認はできない」

「そう」


 その目を細くし魔女はフラスコに背を向けた。


「どうするのアイル?」


 リグの問いに魔女は足を止めない。


「貴女が出来ないのであれば出来る人にやらせるだけよ」

「待って。相手はあの魔女だよ?」

「分かっているわ」


 それでもだ。


 ようやく足を止めてアイルローゼは振り返った。

 その表情を見たリグは息を飲む。これほどまでに冷たい表情を浮かべる魔女を初めて見た。


「でもね。私も魔女らしいわ……だからちょっとは粘れるはずよ」


 また歩き出した魔女に、リグの横に居た猫が小さな声で鳴いた。そして猫は魔女の後を追う。

 何故かリグの耳には猫の泣き声が『仕方ないな』と言っているように聞こえた。


《どうしよう……》


 分かっていた。魔女が早々に“復讐”に走ったのは、アイルローゼの力をしてもこのフラスコの状態をどうにもできないと判断したからだ。


 昔からあの魔女の計算は早かった。故に諦めも早い。

 直ぐに自分の頭の中で出来る出来ないを叩きだすからだ。


 そして何よりあの魔女は優しいのだ。優しすぎるのだ。


 ノイエの……大切な妹の家族がこんな状態にされて怒らないはずが無い。


 今一度リグはフラスコの中に目を向ける。

 残っているのは人の頭部から脊髄と心臓。後は少しの臓器だけだ。

 残りは溶けてしまったのか存在していない。


 そんな状態のクーレがフラスコの中に浮かんでいた。




~あとがき~


 日常回でお前の出番が来るのかシリアスさん?

 しかしシリアスさんの頑張りはいつも敵わないんだぜ?

 それでもお前はやる気なのか?




© 2024 甲斐八雲

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