魔女はどうしてあっちで泣いてるの?
『はぁ? 何をどう狂ったら叔母様の所のメイドに喧嘩を売ることになるのか、僕が理解できる言語で事細かに説明して貰えるかな?』
『……なりゆきで?』
『ギルティ~!』
『ふなぁ~!』
外は変わらずのんびりしている。今日も彼は元気だ。
だからこうして穏やかな時が過ごせる。
『やめ~! ちょっと何でスカートをっ!』
『これは躾です。メイドに対する躾です。だから視聴者の皆様にはお花畑の映像でもっ!』
『ひやんっ! にゃんっ! なふっ! いたっ!』
『兄さま。下着の上から叩いてもあまり効果は無いかと』
『ポ~ラさま~!』
『黙りなさいコロネ。先生のお弟子様と大浴場で大喧嘩していたのは貴女なのです。その行いが兄さまを窮地に追いやったらどうするのですか?』
『だって……って、真面目に話をしている時にどうして下着をっ!』
『僕は妹の忠告を受け入れる兄で居たいと』
『だったらかわいいメイドにやさしさをっ!』
『可愛いだと? せめて猫ほどの愛嬌を身に付けてから言うのだな』
『ちょくせつはいやぁ~!』
うん。本当に元気だ。何をどうすればあんなに日々を楽しむことが……だからこそノイエもあんなに懐いているのだろう。違う。あの底なしの明るさを持つ彼だからこそ一緒に居たいのだろう。
愛しているのだと良く分かる。
自分たちの苦しみを全て引き受けた妹は……彼の傍に居るから壊れずに居るのかもしれない。
「もし私たちが常に外に居たとしてもノイエを幸せに出来るのかしらね?」
「……」
そっと手を伸ばし太ももに抱き着いている存在を撫でる。
何故か全裸の相手は最近ずっと寝てることが多い。本人が言うには『凄く眠たい』とのことだ。その代わりに自然発生していた毒は生じていない。
こんなことをするのはたぶん刻印の魔女の仕業だ。彼女は普段から無茶苦茶なことをするが誰かが不幸せになるようなことはしない。追い詰めたりもしない。必ず最後は救われるようにしている節がある。
「魔女って不器用な人が多いのかしら?」
クスクスと笑いながら彼女はもう一度相手を……ファナッテの頭を撫でてやる。と、何となく寂しさを感じて自分のお腹にも手をやる。その場所はポコッと膨らんでいた。
この体ではただお腹が膨らんでいるだけだと医者であるリグが言っていたが、本体のお腹にはちゃんとした命が宿っているという。故にそれが反映されてお腹が大きくなっているのかもしれない。
もちろんお腹の中の存在を得る結果となった相手は彼だ。
今も外で自分の所のメイド見習いに罰を……躾をしている彼だ。
『やっ! それはぜったいにいやっ! わたしのおしりになにをするのよ~!』
『いたずら書きして撮影してやる。残念なのは写真の技術が無いから拡大して張り出すことが出来ないぐらいだろうが、しばらくは色落ちしないインクを使ってやるからお風呂場では大人気間違いなしっ!』
『むがぁ~! このひとでなし~!』
『ならば言うが良い。何が原因でお前は叔母様の所のメイドと喧嘩をしていたのかを!』
『ぜったいに言わないんだから~!』
『その心意気や良し。ならば僕も有言実行ということで』
『……何かとがった物がおしりのうえを?』
『僕の美的センスは絶望的だから出来上がりの作品は笑って許せ。大丈夫。今のところ良く描けている』
『兄さま? これは椅子ですか?』
『ポーラさん。流石の僕もその言葉はショックの余りに泣いてしまうよ?』
『ごめんなさい! テーブルですよね?』
『……馬です』
『馬っ!』
『いや~! 言いようのないしうちで、わたしのおしりがけがされてる~!』
本当に元気だ。元気が有り余っている。
でもちょっとだけあれかな? 出来れば我が子には聞かせたくないかな? 出来ればお腹の中の子の耳を塞ぎたいのだけど、どうしたらできるのだろう?
願わくばこの子が自分ほどの聴力を持っていないことを切に願うのみだ。
「ん。お姉ちゃん」
「あら? 起きたのファナッテ?」
「うん」
太ももに抱き着いていた腕を外し相手はグシグシと目を擦る。
ずっと抱き付かれていたからか足が温まり幾分か汗をかいていたが、相手が離れたことであっという間に体温が下がるのを感じた。
不快感はまだ残るが、何より相手の柔らかな肉体が離れたことが少し残念だ。
外の彼がファナッテを撫で回すのが良く分かる。抱き着かれていると何と言うか気持ち良いのだ。
吸い付くような肌と言うか、それでいてプルプルとしていて反発力もある。自己主張の激しい二つの立派な存在はとにかく柔らかい。
男性に好かれる肉体を持つのがファナッテという人物だ。
「おねーちゃん」
ただその喋りは年相応のモノではない。何処か幼さを感じる。
「おにーちゃんがうるさい」
「ええ。でも彼は今日も元気みたいよ?」
「うん」
幼子のような感じで彼女は頷く。
ファナッテは過去の出来事が原因で、その心が幼少期の時分から成長しなくなってしまった。故にいくら体が成長しても彼女の心は、精神は幼いままである。
そっと感覚で手を伸ばし彼女……セシリーンは相手の頭を撫でてやる。
素直に甘えて来るその様子は本当に愛らしい。
自分の目で見て確認できないことがセシリーンとしては唯一の心残りでもあるが。
「おねーちゃん」
「何かしら?」
「魔女はどうしてあっちで泣いてるの?」
「……」
それに気づいたのであろう彼女の問いにセシリーンは言葉に困る。
魔女とはアイルローゼのことだ。そして彼女は現在魔眼の中枢と呼ばれているこの場所の片隅で膝を抱えて座り込んでいる。
「泣いてはいないわよ?」
やんわりと伝えられることはそれぐらいだ。
それが自分の優しさだ。『気づいてファナッテ』と願いセシリーンは相手に告げる。
「でもプルプルとふるえてるよ?」
うん。知っている。
外であれほど高圧的な態度を取り、颯爽と戻って来てからあの位置で膝を抱えてずっとあの調子だ。
「アイルもきっと疲れているのよ」
「なんで?」
幼い故の無邪気さか?
真っ直ぐで素直な質問に悪意などは存在していない。きっとファナッテは純粋に魔女のことを心配しているのだ。
自分を、毒を生じる自分を迷わずに抱きしめてくれた魔女をファナッテは心から慕っている。
もしかしたら自分よりもあの魔女のことを慕っているのかもしれない。
そう考えるとちょっと嫌な気持ちになる。分かっている。軽い嫉妬だ。
「魔女のお姉ちゃんは、彼と約束をしたの」
「やくそく?」
「ええ。そうよ」
分かっている。これは嫉妬だ。
でも昔の自分はその感情を全て心の中に押し込んで来た。
結果が可愛い弟子の負担になった。彼女を壊す一因になった。だからもう同じことはしない。
「彼の前で恥ずかしい服を着るって約束」
「恥ずかしくないからっ!」
聞き耳を立てていたのであろう魔女が怒鳴って来た。ただその声が思いの外大きかったせいか『きゃっ』と小さな悲鳴を上げてファナッテが自分の頭を抱え込む。
「ファナッテを怖がらせないでくれるかしら?」
「だって……恥ずかしい服じゃないもの」
さっきからずっとそう自分に言い聞かせていた言葉を口にしアイルローゼは抱いていた膝を解いた。
彼は、あの馬鹿弟子は言ったのだ。一般的な服だと。
「大丈夫よ。少しスカートの丈が短いだけで今のスカートと大差ないし」
「……」
現在魔女が纏っている服は魔女服とチャイナドレスを混ぜたような物だ。無論そんな物を作り出したのは日本の知識を持つ刻印の魔女だ。その長くて綺麗な足が目立つように作られている。
「だから大丈夫よ。一般的な服だし!」
「ええ。そうね」
ふと自分の耳に届いた相手の……歌姫のため息交じりの声に魔女の背筋が一瞬冷たくなった。
言いようのない不安に魔女は相手に目を向ける。
「何が言いたいのよ?」
「ええ。アイル。自分が言った言葉を忘れたの?」
「……」
「彼は『含みを持たせた言葉を使うから信じられない』って」
言った。それに近しいことは確かに言った。でも大丈夫だ。だって約束したのだ。あの服を着ると。
「手直しした物を手渡されても“あの服”よ?」
「……」
驚愕の事実に魔女は震えた。確かにそうだ。その手段を使われたら対処のしようがない。
ここは急いで外に出て約束事を書面にする必要がある。口約束は相手にとって有利だ。
「今すぐ」
「アイルっ!」
外に出ようとした魔女を呼び止める声が響いた。
声が先だったがゆっくりと姿が現れる。姿を現したのは右目に猫と行っていたリグだった。
「何よ? 私は今から」
「大変。大至急来て!」
「だから私は」
バルンバルンと主張の激しい一部分を大きく揺らし駆け寄って来たリグが魔女の手を掴んだ。
「早くしないと取り返しの付かないことになる!」
その様子からひっ迫した事態であることだけが伝わって来た。
~あとがき~
フェイントで魔眼の話を挟みました。
うん。今回はアイルローゼの自爆だな。あの主人公が細工しない訳が無かろう?
そしてリグが飛び込んで来て…次回は何処だ?
© 2024 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます