ウチの娘が知らない間におっぱいマイスターに
ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室
「アルグスタ様!」
ノワールを抱いていたいと駄々を捏ねるノイエを説得しようやく仕事に向かわせた。
遊んでいるように見えて結構真面目なんですよ。こうして直帰したいのを我慢して職場に戻る程度に。
ただ重い足を引きずり帰ってくれば、プンスコ怒っているクレアが執務室に入るなり怒鳴り出した。
どうした? あの日か?
「違いますからっ!」
「そうだな。お前の場合あの日は机に伏せて物置だしな」
「そうなんですよね。凄く重くて……じゃなくてっ!」
見事なノリツッコミを披露しつつもクレアがまた怒り出す。
はいはい。何でしょうか?
「各所からノイエ様に対しての苦情が」
「リストにして僕に渡せ。上から順に潰して行く」
あん? ウチのプリティーエンジェルノイエ様に喧嘩を売ろうとする馬鹿な輩は軒並み潰して良いという法があるのを知らんのかね? 無論制定したのは僕ですが何か?
「そうなると一番上が国王陛下で良いですかね?」
「二番目からで」
「王弟閣下ですね」
「その次」
「ハルムント家の」
何がどう腐ったら、そんな楽しいメンバーがノイエに対して苦情を? 嫌がらせか?
「と言うか各貴族様方もアルグスタ様の性格を把握して、このお三方に陳情しているんじゃないんですか?」
「何て面倒なっ!」
これだから貴族はズルくて汚いのだよ。
プリプリと怒りつつ部屋で待機しているスズネにノワールを預ける。
我が家の小さな天使はスズネの胸を叩いて『あっこれ出ないヤツだ』と言いたげにまた目を閉じた。と言うか君ってば胸の大きさで判断していないか?
確かに授乳できる人は胸が張るから大きく見える人が多いけどね。
まさか違うのか? 叩いた感触で出るでないを判断しているのか? 何そのマイスターっぷりは? お父さんビックリだよ?
「大変だクレア」
「何ですか?」
「ウチの娘が知らない間におっぱいマイスターに」
「どんな性癖っ!」
ちっちっちっ……これは性癖では無いのだよ。しいて言えば神から与えられた才能さ。まあこの世界に神様なんて居ないらしいけどね。
ノワールを抱えたスズネはそのまま部屋の端に立ちあやしながら警護に戻る。
別にベビーベッドに置いても良いんだよ? 抱いているのね?
抱くこと自体は好きなんだ。了解しました。
基本真面目なスズネは口数が少ない。けれどちゃんと仕事をするから不満は無い。不満があるとしたらウチの馬鹿メイドだ。
「で、コロネは?」
「さあ?」
僕の問いに肩を竦めたクレアが纏めていたらしい書類を届けに来る。
あの馬鹿はきっとどこかで伸び伸びと馬鹿をしていることだろう。まあ良い。苦情が来なければ。
これが先ほどのノイエに対する……ドラゴンの収穫量の変動と収益の縮小ですか。納得だよこん畜生っ! そりゃ苦情も来るだろうさ! 分かっていたさ! 時間の問題だってね!
思わず紙を引き裂いてやろうかとも思ったが我慢した。だってこの件に関しての責任はウチにある。
ノワールラブな最近のノイエさんは集中力が散漫だ。今だって勝手に暇を作っては僕の元へ来てノワールの相手をしている。
今一瞬ノイエの姿が窓の外に見えたのは気のせいだろう。覗いてノワールが寝ていたからそのままにして仕事に戻ったとか……そんな事実はない。断じてない。
「最近のノイエ様はドラゴン退治が疎かなのは確実ですしね」
ひと仕事終えたからお昼休みだと言わんばかりにクレアがソファーに移動してメニュー表を見ている。
昼からケーキか? まあ構わないけれど、注文するならポーラともう一人分も宜しく。
2人前だと足らないかもだから僕の分を含めて5人前頼んでおけ。大丈夫。絶対に余ることは無い。何故なら余りそうだったらノイエを呼んで食べて貰えば良い。
「ノイエ様の仕事が疎かになっている理由ってそういうところが原因かと」
「ひと言多いよクレア君?」
何より君は夫の存在を忘れて自分だけ昼食を、はい? イネル君は今日は外? あ~。ノイエ小隊の待機場所に行ってるのか。まああそこも規模を大きくし過ぎたせいで常駐の文官が欲しいとかおっぱいお化けが文句を言っていたな。行く?
「絶対にお断りです」
「お前はそういう奴だよ」
知ってました。
まあ実際この執務室に届く膨大な資料整理を主に処理しているクレアの計算能力はどんどん高まっている。電卓も無く暗算だけで三桁の掛け算割り算を難なく実行するのだから凄いと思う。
お前の前世はインド人か何かか?
「ところでアルグスタ様」
「ほい?」
「ポーラ様以外のケーキって?」
適当に5人前を注文してからする質問ではないと僕は思うよ?
「ポーラが南部から元貴族の子供たちを引き連れて来たことは知っているでしょう?」
「ええ」
「その内1人を家で引き取ることにしたんだ」
「えっと……ノイエ様の妹枠ですか?」
「違うよ。メイド見習い枠だね」
「なら良かったです」
「何でよ?」
そして始まる愚痴が止まらない。
確かに手続きとか面倒だね。書類も増えるしね。でもそれだけでしょう? はい? ウチとお近づきになりたい貴族からの見合い話? 何それ知らないんですけど? はい? 全部ポーラが揉み消している?
後で詳しい話を聞こうかクレアくん。
「そんなこともあって現在ウチの妹とお城の大浴場に行って貰った」
「着替えは?」
「メイド服ならたくさんあるんで」
「それもどうかと」
仕方ないやん。ウチってば何だかんだでメイドさんを結構な数、雇い入れているしね。
自慢とかじゃなくて貴族の務めかな? 仕事の斡旋という意味での、ね。
何より我が家のメイド服のバリエーションはこの王国一です。趣味の人と呼んでいる悪魔が居る。あの悪魔は踊りながら新作メイド服を作り出すので大変なのだ。
基本的なメイド服を着ているのはポーラとミネルバさんぐらいだ。後は悪魔が手直ししたモノを着ている。一番アレンジが酷いのはコロネかな? ただアイツの場合は左腕があれだから普通のメイド服を着るのに難がある。
まあ本人が文句を言わずに着ているのであれば僕は何も言わない。好きにしろってスタンスだ。
「そんなノリだから他の貴族たちから文句を言われるのでは?」
「構わんよ。僕が楽しければ」
「そうですか~」
部屋付きのメイドさんに紅茶を頼み……君ってばそうナチュラルにメイドさんを使っているけど普段はメイドさんも居ない貧乏生活だろう? ここで甘えた生活をして大丈夫なのかね? ここでしか甘えられないから堪能していると? それはそれでどうなんだ?
「でもイネルとの2人っきりの生活も悪くないですよ?」
「……」
「何ですかっ! その哀れんだ物を見るような目はっ! ここは普通、自分の部下が仲良く暮らしていることを褒める場面でしょうっ!」
「イネル君の苦労が伺えるなって」
「むがぁ~!」
図星だったのかクレアが暴れた。
「だって家事なんて全然して来なかったしっ!」
「だからイネル君に全部お任せですか?」
「違うからっ! 少しはしてるもんっ!」
「具体的に何を?」
「えっと。起きたらベッドを整えたり、食器を並べたり、使った物は片付けたり……」
尻すぼみでクレアの元気がなくなっていく。
ぶっちゃけ小学生のお手伝い範囲だよな。
「パンとか買いに行ってるもんっ!」
「パン屋はお前らの家の一階だろう?」
「はうっ!」
頭を抱えてクレアが出来ない子を認めたらしい。
ただ1階のパン屋と言うか、クレアたちが住んでいる建物自体がクロストパージュの息のかかった物だ。パン屋をしている老夫婦だって元はクロストパージュ家の関係者らしい。完璧に保護されて仲良く暮らせているのだから文句は無い。
そう考えるとあのクロストパージュのエロ親父は子供に甘いんだな。
「……どうして難しい顔をしているのよ?」
「イネル君の苦労を察して?」
「はうっ!」
それとは別に父親の愛情を再確認してかな? 将来ノワールが1人暮らしを……言い出したらノイエが阻止しそうだな。阻止するか? 今の印象だとしそうだけどな。
「兄さま。戻りました」
「おか……何だそれは?」
妹の声に視線を巡らせれば僕の目が点になる。
ウチの問題児、コロネの首根っこを掴んでやって来たらしいポーラがそこに居た。
またその馬鹿が何かしたのかね?
~あとがき~
イネル君とクレアはパン屋の2階に部屋を借りて暮らしています。
小さな部屋なので家賃は安めです。パンは半額で買えます。
ただそのパン屋と言うか建物自体がクレアの実家のものなんですけどねw
次回はどっちだろう?
© 2024 甲斐八雲
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