馬鹿な魔女の愚痴ですかね
「オバサン。魔女ちゃんのそういうところ好きよ?」
「どうもどうも」
外は豪雪。だが2人……厳密に言うと3人の居るかまくらは健在だ。
ちょっと危なくなって来たので魔法で強化した。
流石魔法だ。かまくらの上に雪が5m積もっても大丈夫!
そんなこともありつつ魔女はコタツから出てクルクルと回っていた。
この日が来ると信じて準備しておいたリクルートスーツが日の目を見るのだ。勿論お姉さま用と赤毛の魔女用にと準備は完璧だ。その他の姉たちが来ても大丈夫。ただ猫とあの超乳は準備していない。
何故なら猫は似合わないと分かっているからだ。あとあの胸はダメだ。ボタンが可哀想だし何よりビジュアルが死ぬ。スケッチ画が樽のようだ。
「あれ以外にどんな衣装が?」
「各種色々かしら?」
踊りながら魔女は両腕を振るう。
宙には製作し縮小した衣装の数々が展開され、
「ざっと3桁?」
「オバサン。魔女ちゃんのそういうところ大好きよ?」
「どうもどうも」
だって仕方ない。あの姉たちは外見的には素晴らしいのだ。あの素材を見て創作意欲が搔き立てられない人間はクリエイターではない。看板外して出直して来いって感じだ。
おかげで制作意欲が高まって何着も注文してしまった。
何せこっちは相手の“本体”をいつでも観察できる。ミリ単位の採寸も可能だ。言うなれば赤毛の魔女など全ての採寸を終えている。それこそあそこからあそこまで……あの生真面目な魔女が知ったら発狂間違いなしの個人情報を丸っと独占している。
「ちなみにおススメは?」
「ん~。アニマル系?」
「どうして?」
「あの魔女って追い詰められると動物になるから」
「なるほど~」
餅も飽きたので鍋にスイッチした鬼はカニ鍋の準備を進めていた。
どんなカニだって魔力で創作できる。故に食べたい放題だ。
ただお腹に溜らず全て魔力となって還元されてしまうらしいが仕方ない。要は気分だ。フグと同じだ。ふぐ刺しは結局ポン酢が美味しければすべて美味しいのだ。
「それ以外だと?」
「お宅の息子は職業系が好きみたいだけど?」
「誰に似たのかしらね~」
ふうと息を吐いて鬼は困ったような表情を浮かべる。
ただあの息子部屋には薄い本とか存在していた。本人はちゃんと隠しているつもりだろうが使う以上は出しやすい場所に隠している。つまり日々清掃をしていると違和感を覚える程度に変化が生じるのだ。だから軽く捜索すれば出て来る出て来る。
「でもあの子ってば基本普通のシチュエーションのものばかりだったけれど?」
「どんな感じ?」
「えっと純愛系?」
学園でイチャラブな感じのモノが多かったはずだ。それと先輩にいたずらされる系とかか。
「学生でそれってかなり危ないような?」
「あれ~?」
そう言われればそうだ。落ち着いて考えれば息子は現役高校生だった。
「まあ過ぎたことよ」
「そうね」
「それで今魔女ちゃんが手にしているのは?」
「鬼のコス」
「……」
黄色と黒のあれはどうやらそう言うことらしい。
「鬼ってそんな衣装身に纏わないんだけどね」
「知ってる」
有名な話だ。
「気づけば鬼は虎柄って、訳が分からないわ」
「ご愁傷様です」
両手を合わせて魔女は展開していた衣装を収納して行く。
「まあ一族の伝承だとボロ着を纏っていただけって感じだけど」
「そっか~」
まあ鬼の印象的にそんな感じだ。
「で、その一族って酒呑童子とか?」
「や~ね~。そんなロシア人」
「そっちなの?」
「ウチに伝わる伝承だと」
新事実だ。と言うか有名な説だけにやっぱりなと魔女は思ったが。
ただその事実を知っても発表する場所が無い。何で異世界でその事実を知るのかとっ!
「鬼女で有名なのは……」
口にしかけて魔女は一瞬戸惑った。まさかね?
「御前?」
「あら? 魔女ちゃん博識ね~」
「マジかっ!」
オタクを舐めるなと言いたくなったがそれ以上に事実にビックリだ。
まさか……冗談か? 冗談の方が良いのか?
魔女の気持ちを知らずに鬼は菜箸でタカアシガニを成敗して行く。
『カニの皮って何ですかと?』と言いたげにパキパキと破いてしまうのだ。流石は鬼だ。カニごときでは敵いもしない。
「マジで御前?」
「ん~と言っても世襲制だから」
「世襲なのっ!」
「ええ。だから私は最後の御前かしら?」
ただ鬼はゆっくりとその視線を雪の壁に掛けられている手鏡に向けた。
「あの子が孫ってことになるなら代が続くけどね」
「あ~。まさか続くとしたらあの子の名前は?」
「世襲に従い“小りん”ね。懐かしいわね~。私も子供の頃はそう名乗っていたしね」
「本物だ~!」
感動が押し寄せ魔女は床に膝を落として胸の前で手を組むと天を仰いだ。
見えるのはかまくらの天井だから雪でしかないが、それでも仰いだ。仰ぎ見た。
「鬼女の中でも最上位に有名な一族キター!」
「そんなことないって」
フリフリと手を振り鬼は否定する。
「御先祖様が有名だっただけよ」
それでもだ。
「後でサインください」
「構わないけどただ名前を書くだけよ?」
「大丈夫です。個人的なあれでファイルして飾っておきます」
「大げさね」
それでも気分を良くした鬼はカニの身をほぐしたものを魔女の席に置いた。
そこまで言われれば気分が良い。気分が良ければサービスするものだ。
材料は全てノイエちゃんの魔力だけど。
「それで魔女ちゃん」
「何でしょう?」
「匠君の言葉を信じるとあの子って?」
「クローンね」
サイン色紙を準備しながら魔女はコタツへと戻る。
せっかく剥いて貰ったカニの身が乾いてしまうし冷めてしまう。食さねば勿体ない。
「私の専攻は錬金術。クオーターのあの双子は黒魔術を専攻していたけど、私はドハマりしていた漫画からそっち系の分野に特化した」
「あ~。匠君が長期休みの深夜に見てたアニメかしら? 知り合いから全話借りたとか言ってマラソンしていたわ」
「ファーストかセカンドかで話が変わるんですけどね」
「オバサン……オバサンだから」
分かりませんと言いたげに鬼は肩を組めた。
「まあどっちにしてもある部分は共通しています」
「ある部分?」
「そう」
カニの身を全て食して魔女は一息つく。
「外身は意外と簡単に作れるんですよ。人間の構成って市場で材料を集めれば子供のお小遣いで十分に買える範囲の物ばかりなんで」
「ふ~ん」
グツグツと煮える鍋を見つめ『こんな感じかしら?』と鬼は思う。
ただカニが高価だ。子供のお小遣いでは到底買えない。頑張ってカニを沢蟹にすれば……あれはカラッと揚げて食べたい。おつまみにするなら最強だ。
「ならあの子を作ったのは魔女ちゃんで正解?」
「ええ。まあ」
歯切れの悪い返答に鬼はその目を向けた。
何処か答えに困っているように……迷子の子供のような様子の相手が気になる。
「何か言い難いことかしら?」
「別に……たぶん姉さまは気づいて居るんで」
「ノイエちゃんが?」
「はい」
魔女は苦笑した。
あの姉は独自の世界で生きているが、何より頭の良い人物だ。相手のことを見抜く目を持っている。
「限界……って言葉は余り使いたくなかったんですけどね」
「うんうん」
「ただ私も世間一般から見るとただの魔法使いでしかないんです」
「えっと凄く有名な、でしょ?」
「御前を先祖に持つ人物と比べたら私なんて」
「あら~。オバサンを煽ててもカニしか出ないわよ?」
「剥く手間を考えたら凄く有り難いんですけど」
また剥かれたカニを受け取り魔女はポン酢を軽く振りかける。
「不可能なこともあるんですよ。意外とたくさん」
「あら? でもそれが人でしょう?」
「ええ。でも自分の無力さを痛感するじゃないですか?」
事実であっても現実を前にして何度も打ちのめされた。
そしてそれがこれからも続いていくことを魔女は知っている。
「どうにもならないことってあるんですよ」
「えっと……魔女ちゃん」
「はい?」
カニを全て剥いた鬼が真っ直ぐ魔女を見つめる。
「何の話?」
「馬鹿な魔女の愚痴ですかね」
『あはは』と力なく笑い魔女は箸でカニを摘まむ。
「さっきの話の続きなんですけどね。人の肉体って簡単に作れるんですよ」
「ええ」
「でも作れないモノもある。それは何か?」
カニの身に向けていた視線を魔女は動かす。
真っ直ぐ前に座る鬼を見た。
「魂の錬成って出来ないんです」
~あとがき~
ヌルッと重大な発言をしていますが、次回は主人公です。
ヤバい。またリアルの仕事量が…
© 2024 甲斐八雲
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