分かったわよ。穿くわよ

 ユニバンス王国・王都内



『はわっ……はわっはわっ』と過呼吸気味になったユリアはノワールを抱えたままで気絶した。それでも我が子を手放さなかったことに関しては褒めてあげたいと思う。

 ちなみにウチの御息女は途中で目を覚ましユリアの胸をポンポンと叩いてから『あっこれ出ないヤツだ』と言いたげにまた眠りについた。


 本当に大物である。将来は天下を取る器か?


 ただ食い意地がはっているだけとも言う。ある意味でノイエの娘か。笑えるな。


「で、それで全部かしら?」

「もう無理っす」

「あん?」


 凶悪な表情で僕の股間に片足を乗せた先生がグイグイと爪先を押し込んで来る。


 らめ~! それ以上は色々とらめなの~!


 ブーツの攻撃からは幾分回復したがそれでもまだジンジンと痛い。


 男性特有の苦しみだ。あれは下っ腹に響くのだよ!


 でも好奇心旺盛な先生を前にしたら僕の言い訳など成立しない。どんなに全部吐き出しても許してくれない。本当に誰か助けてください。


「普段からの貴方の言動が悪いのよ。何処か含みを持たせて全部話していない風に見せる。だから信じて貰えないの」

「先生に嘘なんて」

「はいはい分かったから」


 ググっと爪先が押し込まれる。


 らめ~! 何か出ちゃう! それ以上は違う何かが色々と出ちゃう!


 基本ノイエは靴下を履かない。理由は面倒臭いからだ。


 本人的には『靴の中で滑る』と言い訳しているが、ブーツ以外でも履きたがらないのでどうも胡散臭い。結果ブーツを脱ぐと素足だ。汗をかいたらブーツの中が大変なことになりそうだけど、それはあれです。ウチにはノイエラブな優秀なメイドさんたちが多数いる。結果として彼女たちは日々全力で洗う。少しの臭いも許さず徹底的に洗って嗅いで洗ってを繰り返す。おかげで“臭い”は残らない。残るのはノイエのブーツの“匂い”を堪能したメイドさんだけだ。傍から見ると危ない薬を……何でもない。他人のフェチを悪く言うべきではない。


 ウチのメイドさんたちのフェチはどうでも良い。問題は現状だ。


 素足のノイエが僕の股間を弄んでいる。どんなプレイかとっ!


「私を前に思考を別に飛ばせるとは……このまま潰されたいの?」

「そんな訳ないじゃないですかっ!」


 増々爪先に体重がっ!


 本来なら手足で抵抗するのだが、有言実行な先生は僕の四肢を拘束している。重力魔法の正しい使い方だ。おかげで逃げられない。逃れられない。まな板の上の鯉とは僕のことだ。


「キメラについての知識を全て吐き出しなさい」

「だから」


 何度も説明している。あれは簡単に言えばミックスジュースだ。色々な果実を混ぜて1つのジュースを作る。ただ各種の素材を殺さず生かす部分で術者の力量が垣間見れるのだ。


 ただそんな説明で納得しないのが先生だ。


 と言っても僕の知識ではこれが限界です。後は代表例としてマンティコアとか鵺とかの外見を説明する。説明しながら思う訳です。


 リザードマンとかってジャンル的にどうなるんだろう? 爬虫類と人間のミックス? それってキメラと何が違うの? ああ。繁殖できるか出来ないかとか?

 確かクローンは繁殖能力が無いんだっけ? ん? 繁殖能力が無い?


 ちょっと前にそんな話を……はっ!


「そう言うことかっ!」

「何か思い出したのかしら?」


 喜んで爪先に体重を乗せないでください先生。出ちゃうから。先生の好きなのが出ちゃうから。


「拙いです先生っ!」

「何がかしら?」

「それ以上したら白いのが出ちゃいますっ!」

「……」


 無言で冷たい目をして増々体重を掛けないでください。


 怒っているんですか? 出して欲しいんですか? 出しましょうか? あん?


「大丈夫です。全部受け止めます!」


 睨み合う僕らの間に小さな影が飛び込んで来た。


「ポーラさんはちょっとあっちでまだ泣いてようか?」

「何故っ!」


 復活した妹様が僕の横に来て両手を差し出し何かを強請るような姿勢を見せる。


 その手は何だ? 何を求めている?


「そんなの決まっています! お兄様の、」

「幼い子って苦手なのよね」

「……はうっ!」


 小さな胸を押さえてポーラが卒倒した。


 どうした妹よ? 最近積極過ぎると言うか焦り過ぎでなかろうか?


 ハルムント家に出向かせて精神的に再加工を……増々戦闘に傾きそうでそれはそれで嫌だな。


「そんな小さな子にまで……汚らわしい」


 蔑むような先生の視線がたまりませんな。じゃなくて、


「ノワールはやっぱりクローンなのか?」


 疑惑が確信に変わったと言うヤツか?


 ノワールの特徴は僕とノイエを足して2で割った感じだと思っていたし、何よりあの悪魔が暗躍していた。ほぼ間違いなく『だろうな~』と思っていたが、これで確定だ。やはりノワールは僕らの合成クローンだ。


 どんな科学技術だ? そもそも倫理観は? 異世界だったら何でもありなのか?


 あの悪魔からすれば『倫理なんて私の前には存在しない』と豪語しそうだけどな。


「あの悪魔め……やはり今度一回ボコる」


 ノワールは悪くないが、悪魔は悪い。悪いから悪魔なのか?


 まあ良い。今度一回あの馬鹿を泣かせる。


「で、馬鹿弟子?」

「はい?」


 とても穏やかな表情で先生が笑って、


「クローンって?」


 ヤバい。先生の目がまた新しい何かを見つけた感じで怪しく光った。


「もう僕お家に帰って寝ようかと」

「なら帰る前に全部言いなさい。クローンとは?」

「嫌だ~! 断固と拒否する!」

「つまり潰されたいと?」


 嫌すぎる~! 先生の爪先が僕の股間をガッチリ踏んで来る~!


 と言うかもう潰す気ですか? それとも出して欲しいの? どっち?


「ならばせめて交換条件をっ!」

「あん?」


 柄が悪くなっている先生の言葉遣いが悪すぎると思います。


「知ってることを全部言うから、今度先生は僕が渡す衣装を着てくれませんかね?」


 蔑みの視線に大変冷ややかに。もうあれだ。部屋の隅の埃でも見るようなそんな目だ。


「犬は嫌よ」

「違います」

「透けたのも嫌よ」

「あれはあれで、踏まないで~!」


 ネグリジェ姿の先生も悪くないのです。あのスラッとした足は絶品ですので。


「なら何を着せる気よ?」

「リクルートスーツ」

「……」


 先生の目に戸惑いが。


 それもそのはず。この世界にリクルートスーツは無い。そしてスーツの概念も無いのでリアクションが取れないのだ。


「それはどんな衣装よ?」

「え~。服ですよ? ただの服です」


 間違ってはいないはずだ。ある意味で一般的な服である。


「僕らの世界では一般的な服です。女性がお仕事に出かける際に着ます」

「本当に?」

「本当です」


 見て先生。この迷いの無い弟子の目を?


「……なら良いわ。ただし本当に如何わしい服じゃないのね?」

「普通です。ごく普通の服です」


 ただしミニスカートだけどね。眼鏡も準備するけどね。


 暫し苦悩した先生は諦めた感じで息を吐いた。


「分かったわ。それで貴方がキメラとクローンについて全て語るなら手を打ちましょう」

「よっしゃー!」


 良く分からないが勝った。後は悪魔に大至急リクルートスーツを発注すれば良い。アイツならバカンス中でもリクルートスーツの一着ぐらい作ってくれるはずだ。


「前から作ってあったリクルートス~ツ!」

「「……」」


 卒倒し倒れ込んでいたポーラの手が動いて何処からともなく紺色のスーツを取り出した。

 どう見ても完璧なリクルートスーツだ。そしてスカートの丈も完璧だ。


 前から作っておいたって……お前のそんなところは大好きだぞ?


「ちょっとそのスカートは短すぎるでしょうっ!」


 しかし先生は顔を真っ赤にし、目を白黒とさせた。


 そうですか? 一般的な丈ですよ? アダルトな映像とかですけどね。


 と言うか関東圏の女子高生のスカートの丈はあれぐらい短いという都市伝説を僕は知っている。


「普通です」

「そんな訳、」

「普通です」

「……」

「普通なのです」


 ここまで来たら後は押し切るのみだ。意外と先生は押しに弱いから、ほら悩みだした。


 自分の知的好奇心を満たすのと、短いスカートを穿くことを天秤にかけて……全裸を見られているのに短いスカートの丈を恥ずかしがる女性の心理が良く分かりません。


「……分かったわよ。穿くわよ」


 折れたか。好奇心は魔女を辱めるんだな。


「だからちゃんと言いなさいよね!」

「らめ~!」


 だからそれ以上の刺激は、あっ……。




~あとがき~


 先生のリクルートスーツ&眼鏡が確定しましたw


 まあぶっちゃけノワールの肉体は…ですけどね。

 で、ウチのお馬鹿な主人公はある重要な部分を忘れています。

 刻印さんの力の根幹は、とある漫画の錬金術をベースにしているのです。


 だから…




© 2024 甲斐八雲

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