鬼ってズルい!
幽霊の具合を確認するという魔女の言葉で一時中座した。
鬼は餅以外の食べる物を欲し、白米を握って七輪の金網に置き始める。
焼きおにぎりは最強だ。醤油も味噌も悪くない。でも個人的に味噌は握った物に塗り付ける方が好きだ。よって焼きおにぎりは醤油が正解だ。
「私たちは過去に何度か地球に戻ろうと試みたことがある。でも成功しなかった。ただの一度もね」
ハンモックで眠る幽霊から起きる気配は感じない。魔力を使い過ぎて完全にガス欠とのことだ。
幽霊の原動力が魔力なのも不思議だが、この世界の生き物全てに魔力は宿っているそうだ。そう魔女が教えてくれた。つまり幽体の鬼である自分もまた魔力で動いていると教わった。凄いな魔力って。
「何の話?」
「貴女がこっちに来た説明の続き」
「ええ」
別方向に飛んでいた鬼の意識が戻って来た。今の言葉には矛盾がある。
「ウチの匠君は?」
「あれの実行に直接私は関わっていない」
「そうなの?」
かなりブスッと頬を膨らませ、魔女が嫌がらせのようにブスブスと碗の中の餅に箸を差し込む。
「あれは魔眼の中に居るイカれた理論を振りかざす王女のバグった魔法をトリガーにされたのよ」
「オバサンには難しい言葉だらけで分からないわ」
「狂った王女が前じゃなくて後ろの穴でばっちこーいした結果」
「はうっ!」
若干腰を浮かして鬼は自然と力んでいた。
大丈夫。自分の夫にはそんな趣味は無かった。冗談で触ることはあっても一方通行を違反するようなことはしなかった。だって彼は優しかったし何より普通だったから。
うん。普通は悪くない。物足らないだけで悪くは無いのだ。
「ただ普通なら成功しないはずだった。するはずが無かったのに……成功したの」
「ならそれを真似たら?」
成功したのならそれを真似れば良い。誰もが思いつくことを目の前の魔女がしないことが鬼には不思議でならなかった。
「出来ないのよ」
「どうして?」
「もうパスが無いから」
「パス?」
スッと魔女は鬼を指さした。一瞬背後を振り向いて確認した鬼は、その指が自分に向けられたものだと認め視線を戻しながら自分を指さした。
「流石は鬼ね。異世界までパスを繋げるなんて」
「ん?」
自分を指さし鬼は首を傾げる。
「だから貴女があの馬鹿に精神的な繋がりを残していたからあれは戻れたの。でもその繋がりはもう断たれた。繋がっている厄介な存在……つまり貴女をこの世界に送り込むことで問題を解決した」
「でもそれは私があの子に抱き着いて」
「過程はね。でも普通ならそれで貴女がこっちに来ることは不可能なの」
「はい?」
増々鬼は首を傾げる。
「あの魔法はあくまで一人用。それを模して兄さまと繋がりのあった姉さまは一度だけあっちに行けた。そしてこちら側に“落ちる”ことが決定している2人は戻ってこれた」
「何か問題でも?」
「ええ」
焼きおにぎりを齧って咀嚼し、飲み込んでから甘酒を煽った魔女が熱い息を吐いた。
「2人乗りの乗り物に3人は乗れないのよ」
「つまり完全な部外者が私だと?」
「ええ」
苦々しく笑い魔女は甘酒を湯呑に追加した。
「あっちの世界は、世界の運営に邪魔な存在を切り捨てたいの。だから私たちは鍵となり、そしてあの世界は邪魔者を全てこの世界へ落した」
「でも貴女の言葉だと落ちてはいないのでしょう?」
「ええ」
甘酒を煽り魔女はまた息を吐く。
「地球がある世界が、この世界から見て“上”である保証は何処にも無いのよ。だって証拠が無いのだから。だからこの世界が“最下層”と呼ばれていても最下層である証拠も無いの」
「あ~」
ようやく前に聞かされた言葉の意味を鬼は理解した。
「地球側が間違っていると?」
「その可能性はあるって話よ」
「ふ~ん」
まあ鬼としてはどっちが上とか下とかあまり気にはならない。
「ならこの世界は何なのかしら?」
「あれ? 耳にしていなかったかしら? 私と兄さまとの会話を」
「……」
スッと鬼の目が横に流れた。迷いの無い動作でだ。
「聞いてなさいよ」
「だってノイエちゃんが居ると質問が多くて」
「居ない時も話してたわよ?」
「その時は疲労から寝ている場合が多くて」
「姉さま……」
ため息しか出ない。流石姉さまだと変な方向に魔女は感心した。
「過去に私たちはこの世界の神を殺して天界を乗っ取ったのよ」
「あ~。その話は聞いたかも?」
「はい答え」
「えっ?」
突然の言葉に鬼の目が点になる。
「だから今のが答え」
「……」
一度噛みしめてから鬼は意味もなく左右を見渡す。
誰も居ない。大丈夫だ。何がと聞かれればそれまでだが。
「つまりこの世界は?」
「言ったでしょう? 落ちる先が上か下かなんて誰にも分からないって。そして地球の何かしらの存在は私たちを“落とした”と思っていたのでしょうね」
コタツの天板に肘を置き頬杖を突いて魔女は気怠そうな表情を見せた。
「自分たちが住まう場所よりも“上”の世界に“落とし”た馬鹿者たちのせいで天界に住まう存在は全て消されたのよ」
「ん~」
何となく現実逃避をしたくなりながら鬼はその目を相手に向けた。
「それって証拠はあるの?」
「無いわよ」
体を起こして魔女は笑う。
「あくまで全て私の仮説よ。本当ヨ。魔女ハ嘘ヲ吐カナイ」
「最後の付近から言葉に信ぴょう性が無い!」
悲鳴を上げて鬼はそのまま後ろへと倒れ込む。
かまくらの入り口に付けられた暖簾が揺れて……外は大絶賛に吹雪いていた。
「オバサン外に出て少し頭を冷やしてこようかしら?」
「あはは。あまり遠くに行かないでね」
「……どうして?」
体を起こし正面に座る魔女を見る。
「一気に冬景色にしようと思って最大出力で吹雪の魔法を使ったら……あはは~」
「……」
道理でさっきからずっと吹雪が止まないはずだ。
「後何時間ぐらい吹雪くのかしら?」
「あと何日かは分からないけど、それぐらい?」
「じきにここも埋まりそうね」
有能なのか無能なのか馬鹿なのか……目の前の存在はある種間違いなく魔女だ。魔女だった。
これ以上真面目な会話を続けるのもあれなので、魔女は雪の壁に大きな手鏡をぶら下げた。外の様子を映すモニターだ。手鏡である意味は無い。雰囲気重視だ。何か悪いか?
「オバサン的には魔女ちゃんのそういうところは好きよ?」
「良く似た親子で」
あの息子の母親だけはある。好みの方向性は同じらしい。
今一度手鏡の位置を確認し魔女は着ているローブを脱ぐ。別に暑いわけではないが、たぶん雰囲気に酔っているのだろう。甘酒を飲んでいるから体が酔っていると思い込んでいるのかもしれない。
「たぶんこの中が暑いんじゃないかしら?」
告げる鬼は暑さ寒さとは無縁なのかずっと澄ました表情のままだ。汗1つかいていない。
「にしても魔女ちゃんってば本当に美人ね」
「はんっ……こんな作った顔なんてチートも良い所よ」
「余程腕の良い先生だったのね」
「その言葉はその言葉でムカつくわね」
一瞬腹立たしさに襲われつつも魔女はコタツに戻った。
「胸なんてバインバインだし」
「馬鹿っぽく見えるから嫌いよ」
「オバサンなんて胸少ないし」
「ノーコメントで」
膨らみはある。鬼が今撫でている自分の胸は膨らんでいるが細やかだ。
「妊娠出産したら大きくなるって都市伝説なの?」
「オバサン、鬼だから産後しばらくして体形が元に戻ったのよね。周りの人たちからはお腹周りのことを凄く羨ましがられたけど、折角大きくなった胸も元のサイズに。挙句あの子ったら私の小さくなった胸を何度も叩いたのよ? この胸は違うと言いたげに何度も!」
「兄さまは自称脚フェチを語っているけど? 後クビレ好き?」
「クビレなんて普通あるモノでしょう?」
軽く腰回りを見せた鬼の様子から魔女は納得した。
細い。この鬼の腰回りは本当に細い。何というチートか? それで一児の母だと? 何故体形が崩れていない?
「鬼ってズルい!」
「胸が大きくて美人の魔女にそう言われるのは心外かしら?」
「何おうっ!」
一瞬即発の空気を漂わせながら2人は睨み合う。
ただその睨み合いは長く続かなかった。
何故なら外の様子が……知らない間にどうしてこうなっていたのだろうか?
~あとがき~
続けられるけど…どうしよう? 一回主人公サイドに戻りたいような?
悩むわ~
© 2024 甲斐八雲
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