名前……良かったね
ユニバンス王国・王城内アルグスタ執務室
「あり得ない。何をどうしたらここで魔力の流れを曲げられるのかね?」
「たぶんこの部分で堰き止めて……それだとプレートに負荷がかかり壊れてしまいますね」
「違う。ここで魔力の流れを波立たせ勢いを殺すことで綺麗に曲げて回しているのだ!」
「つまりこのプレート内の曲がり角という角の全てで?」
「そういうことだ!」
とりあえず煩いあの2人を誰か追い出してくれないか?
こんな場所で未知の技術との遭遇をしないで欲しい。
物語とかでよく見るシーンではあるが、実際にやられるとこれほど面倒な物は無い。
今日も今日とて平和な執務室……とならないのは何故だ?
それもこれも徹夜でサクッとアイルローゼが保温のプレートを作ったからだ。
僕としては『とっても便利なアイテムゲットだぜ!』ぐらいだった。何より久しぶりに先生と世間話が出来たので満足だ。ただあの人が片手間で作ったから大したものではないと思ったんだけど、翌朝やって来たポーラが珍しく目を剥いていた。
『それって本当にアイルローゼさまが?』などと質問して来ていたが、短時間でプレートを刻める人間などアイルローゼぐらいだ。だって彼女は天才ですから。
ただ何故かポーラが出所を疑いプレートを持って王城に出勤したのが昨日の話。ウチのお城には彼女の直弟子であったフレアさんが居るのでプレートの鑑定をお願いしたら『先生の作品で間違いありませんね。ええ間違ってなどいません。本当にあの人はこんな術式を隠していただなんて全く……』と何故か最後は軽くキレながら執務室を出て行った。
で、帰宅間際に『翌日プレートを持参で出勤するように』と言われたから持って来たらこれだ。
僕の執務室では両眼を怖いぐらいに血走らせた魔法学院の魔道具の権威とウチの馬鹿ニートが待ち構えていたのだ。
権威は良い。学院で授業を教えるのが仕事だ。それをサボったとしても困るのは学院だ。けれどうちの馬鹿ニートは少なくてもノイエ小隊のメンバーである。悲しいことに僕の部下である。つまりこのサボりを許しても良いのか? ダメでしょう?
「そろそろ煩いからその2人を追い出して貰っても良いかな?」
「畏まりました」
エプロンの裏から柄の長い箒を取り出したポーラがクルっと一回転させ、何故か動きを止めた。
立ちはだかるのは二代目メイド長であるフレアさんだ。先ほどまでウチの娘にご飯を与えていた都合ここに居る。で、ウチの子は現在クレアの手からチビ姫の手に渡ったらしい。
これこれ君たち。ケーキを食べながらウチの子を抱かない。ケーキに手を伸ばすに決まっているからね。ほら伸ばした。
キャーキャー騒いでいる2人を無視して、火花を散らしそうなほど睨み合っているメイドたちに視線を戻す。
ポーラは確かに強い。強いが相手はあのフレアさんだ。つかどっちが本当に強い?
魔法の使い手であるフレアさんは先生から貰った魔道具もある。伸縮性の布を操る強力な武器だ。
対するポーラは武闘派メイドだ。ある意味で王道のユニバンスメイドだ。うん。語弊が半端ない。ハルムント印の武闘派メイドだ。こっちの方がしっくりくる。色々と間違ってはいるような気がするけど。
両者が睨み合いジリジリと間合いを計るように動く。
きっとこれがバトル系の人たちだったら的確なコメントをしてくれるのでしょうが悲しいことに僕の傍にそんな優秀な人材は居ない。ミネルバさんは神聖国への援助物資の手配で毎日王都中を走り回っている。買占めダメ絶対を厳命されているからバランス調整で大忙しらしい。
ボクハワルクナイヨ?
かといって下手に叔母様でも召喚しようものなら三代のメイド長が揃ってしまう。
きっと仲裁などせずに三つ巴のバトル開始だ。
見える見えるよ。そんな未来が。
「おう。アルグ。お前また変な魔道具を……悪い。後で来る」
顔を出した馬鹿兄貴が迷うことなく去っていく。
何て卑怯な兄であろうか?
そして一緒に来ていたイネル君も気配を消して消えていた。
あの子最近隠密スキルとかゲットしていないか?
そしてソファーでウチの子を抱くお馬鹿コンビは完全に無視だ。
触れたら危ないと察しているのかメイドたちの方を見ずに我が子を愛でている。
こうなれば仕方ない。禁じ手を使おう。
「ノイエ~」
ちょっと大きめな声で愛しいお嫁さんを呼んでみる。
「……なに?」
何処から飛んで来たのかは知らないがノイエが開いた窓から飛び込んで来た。
ただ僕に声をかけはしたがスタスタと迷うことなく睨み合うメイドの2人の間を通り過ぎ、お馬鹿コンビが抱きしめている我が子を回収する。
「ご飯?」
「さっき食べたよ」
「おしっこ?」
「ご飯前にしてたね」
「なら」
「皆まで言わんで宜しい」
「はい」
ノイエが察してくれ、ただただ我が子を無表情で抱きしめる。
見よ! あのアホ毛を。あんなに全力で左右にフリフリとしてまるで玩具のようだ。
「アルグ様」
「はい」
「名前」
「……」
今日も今日とてお嫁さんが僕の一番痛い所を。
「考えています」
「……」
アホ毛で子供をあやしながらノイエの無感情の瞳が僕を見つめる。
「名前無いのは可哀想」
「分かってます」
「なら早く」
「……」
昨日までならここで言い訳に走る所だが今日の僕は違う。
何故なら先生という偉大なる存在から解決法かもしれない一端を授かったからだ。
「ノイエ」
「はい」
「ノイエから見て、その子はどう見えるの?」
「……」
握られそうになったアホ毛をクルリと回して回避しつつ、ノイエはその視線を胸に抱く子に向けた。
「黒」
「はい?」
「真っ黒」
「……」
思いもしない言葉に流石の僕もフリーズだ。
我が家の娘はぶっちゃけ天使である。愛らしい金髪碧眼の天使だ。
それが真っ黒ですと? もしや悪魔が生み出したから? あれは確かに腹黒だが……だから黒いのか?
「同じ」
コチョコチョとアホ毛の先端で子供の頬をくすぐりノイエが言葉を続ける。
「私と同じ」
ふむ。一度話を纏めよう。
つまりノイエから見るとあの子は真っ黒で、その真っ黒が自分と同じだと言いたいらしい。ノイエの真っ黒な部分は主にあのアホ毛で押さえ込んでいる。適度にドラゴンを掃除していれば問題無い。
アイルローゼよ。君の助言を得てノイエに質問した結果、僕の脳みそが融けてしまいそうだぞ?
「だから頑張る」
何を?
でもノイエのやる気は満ちている。その証拠にアホ毛が元気だ。
ただ何んとなく分かった気がする。確かに先生の助言は正しかった。僕はずっと認識違いをしていたのかもしれない。勝手に僕はノイエがあの子のことを天使か何かと思っていると勘違いしていた。
でも実際は違うんだ。
ノイエはあの子に自分と同じ何かを見つけていたのだ。だから大切にしている。それが愛なのか何なのかは謎だけど……その辺は気にしない方向で。
方向性が見えたら後は結果だ。
「クロは流石に違うから……ブラック?」
コーヒーか? 確かに色の系統は一度攻めたが黒系統は除外にしていた。
勝手な思い込みかもしれないが、子供は純粋で純白だと決めつけていた僕が悪い。ノイエから見たらあの子は真っ黒なんだ。
「違う」
「違うか~」
ダメでは無くて違うだ。たぶん音か響きかな?
黒って他に何があったっけ? えっと確かフランス語だと……ルノワール? あれって時代だっけ?
「あっノワールか」
「!」
ノイエのアホ毛が綺麗な『!』に。
「それが良い」
「それで良いの?」
「はい」
何故かノイエがノワールで決定してしまった。
「ならその子の名前はノワールで」
「はい」
フリフリと機嫌良さそうにアホ毛を振ってノイエが胸に抱く我が子に目を向ける。
「名前……良かったね」
「あうあう」
優しく語りかけるノイエの口調はいつも通りだ。そして我が子ノワールはそんなノイエの声を無視して一生懸命アホ毛に手を伸ばし掴もうとしている。
お互いよく似たマイペース振りとも言う。
「ノイエ」
「はい」
「名前呼んであげないと」
「……」
「ノイエさん?」
まさかもう忘れたとかありませんよね? たった今決めましたよね?
クルンクルンとアホ毛を回したノイエがまた我が子を見つめる。
「ルー」
略称が半端なさすぎやしませんか?
結果として子供の名はノワールと決まり、愛称がルーとなった。
そして馬鹿な研究者2人が保温のプレートを流れる動作で借りパクしようとしていたので、流石にそれは見逃すことが出来ずポーラに掃除をお願いした。
ついでにしばらくあの2人は執務室への入室禁止も厳命した。
ところでポーラさん。
「はい?」
帰宅の徒で僕は改めてポーラに問うた。
あの保温のプレートって何がそんなに高評価なの?
「……」
帰りの馬車、ノイエがノワールを胸に抱く姿を眺めつつの僕の質問に彼女は心底深いため息を吐きだした。『アンタ馬鹿?』と言いたげな様子に感じたのは気のせいだろう。あれは現在バカンス中だ。
「温度を一定に保てるのです」
だね。
「それは全ての研究者が喉から手が出るほど探し求めている魔道具なのですよ」
そうなの?
ああ。だからアイルローゼはサラッと流れるように作ったわけか。
たぶん過去の自分が必要だったから研究とかしたりしていたのだろうな……。
ちなみにあれの価値は?
「国宝級です。国によっては侵略してでもと考える者たちが出るほどに」
マジで?
~あとがき~
ヌルッと作りましたが実は国宝クラスの一品。
アイルローゼも過去に色々と研究し作って使用していた物なので目を瞑っても作れます。
あくまで自分用に作っていたから世間には公表していないんですけどねw
子供の名前はノワールです。ノイエが気に入ったからそれで決定です
© 2024 甲斐八雲
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