私の専門分野は?

 ユニバンス王国・ドラグナイト邸



「何なのよあの猫は? 突然やって来て無理矢理って、痛い。ちょっと叩かないでって、あれ?」


 あれ?


 ノイエに子供を預け、ミネルバさんが温めていたミルクを受け取り再度の温度調整をしていた僕の耳にその声が届いた。

 感じからしてはい正解。見ればひと目で答え合わせ完了だ。何故ならノイエが赤くなっていた。その髪と瞳がだ。


「何よこれ?」

「見てなかったの?」

「ええ」


 ペチペチと自分の胸を叩いている子供の存在に気づいた先生が、どう扱えば良いのか分からないといった感じで狼狽えている。


「ずっと叩いて来るのだけど?」

「お腹空いてるから」

「……出ないのだけど?」

「知ってる」


 抱きかかえ直し先生が胸から子供を離す。

 そして改めてその様子を確認している。


「この子どうしたの?」

「知らないの?」

「ええ」


 どうやら先生は知らないらしい。

 魔眼の中で常に外の様子を……見ているわけではないか。先生とか普通に研究とかしてそうだしね。


「ウチの玄関先に捨てられていた子供で僕らが引き取って養女にします」


 厳密に言うと現在手続き中だ。理由は『私が捨てた』と訴える馬鹿貴族が数人登場したからだ。


 当たり前だけど子供を捨てるという行為をこの国の法律は許していない。結果として『つまりお前は罪を自白したということで良いんだな?』と言って馬鹿兄貴がその貴族たちを連行して行った。

 完全なる自滅である。


 ただその自滅のおかげで手続きにストップがかかっている。

 もしかしたら本当に馬鹿貴族の子供の可能性が……絶対にないのだけどゼロじゃないから調査中なのだ。


「どうして絶対と言い切れるのよ?」


 一度ベッドに子供を置いて先生は胸元を隠している。


「犯人が刻印の魔女だと分かっているから」

「……納得」


 言葉に出来ない表情を浮かべて彼女は疲れた様子で頷いた。


 気持ちは分かるが納得できたでしょう?


「そんな訳で何かしらの仕掛けはありそうだけど……微妙」


 ミルクの温度調整が上手くいかないんですけど! 今度は冷やし過ぎたかっ!


「そっちは何をしているのよ?」

「電化製品の無い世界で足掻き続けています」

「言葉の意味が分からないわ」


 ジタバタと暴れ空腹を主張する子供に軽く手を振り、先生がこっちに来る。


 お湯と氷とでミルクの容器を温めたり冷やしたりして絶妙な温度を作り出そうとしている僕の鍋を見つめ……先生はまたため息を放った。


「乳母を雇ったら?」

「ノイエが全力で拒否するんです」

「でしょうね」


 流石ノイエの姉の1人です。良くお分かりで。


「だったら簡単よ」

「はい?」


 鍋に手をかざし先生の口が高速で動き、掌に火球を作り出す。

 それを放つわけではなく維持して……なんてズルい魔法でしょう。


「どう?」

「完璧です」


 流石は魔女。その名称に偽り無しだな。


 丁度良い温度になったので先生にはベッドに腰かけて貰い僕も横に。


「近い」

「遠いと不便ですので」


 離れようとする相手を逃さずスプーンでミルクを掬い口に運ぶ。


 ウチの子は食欲旺盛なのでミルクの匂いを感じると全力で食事に集中してくれる。

 本当にノイエの娘のようだ。


「何処かノイエみたいね」

「否定はしません」

「目元なんて……ん?」


 抱きかかえている子供を先生が観察し始める。


 済みません。出来れば食事が終わるまで……無理ですよね。だって貴女は魔女ですから。好奇心の塊ですしね。


「耳とかノイエそっくりね」

「そう言われると」


 うん。確かに似ている。


「でも鼻筋とか」


 先生が僕を見る。心は日本人ですが体はめっちゃ西洋人な僕の鼻筋は欧米系なのです。


「これって貴方たち2人を素材に作ってるんじゃないの?」

「はい?」

「だから刻印の魔女が貴方たちを材料にして」


 先生が色々と動かすから食事を与えにくいのだけど、それでも僕は必死にスプーンを運ぶ。

 その行動に我が子は必死に答えてくれる。食い意地が半端ないとかは思わないであげよう。


「魔力の波はどちらかというと貴方に似てるわね。ああノイエの波が複雑すぎて真似できなかったのか」

「先生?」

「ならこの子の魔力量は普通ぐらい? でもノイエはたぶん祝福が無くても魔力量は多い方だから……」


 子供を抱えつつも先生が自分の世界に突入した。


 こうなるとダメだ。何を言っても聞く耳を持たない。ならばこれを好機として一気にミルクを与えてしまおう。


 ほ~らご飯だよ~。


 めっちゃ笑顔でミルクを一皿完食し……物足らない感じの視線を向けて来ない。ノイエじゃないんだから。


 あとは軽く背中を叩いてゲップをさせて、おしめの方も確認しないとね。

 濡れたりしたらちゃんと泣いて教えてくれるから問題ないけど、この世界って紙おむつとか無いんだよね。だからもちろん布です。


 褌かマワシのようにクルクルと巻いて使用します。これは貴族も平民も関係ありません。

 そして洗濯して繰り返し使用します。ウチの洗濯の担当はコロネです。理由は言う必要も無かろう。あの馬鹿娘は本当に。


 子供を受け取りひと通り確認をしてあやしていると、先生がポンと手を叩いた。


「私はどうして呼ばれたのかしら?」

「何をどう思考したらそんな言葉が?」


 どうやら先生は自分がどうして出て来たのか分からないらしい。

 確かに出て来た時に猫がどうとか……ファシーは確か僕がミルクの温度に困っていたら逃げ帰ったんだよな。まあこの子が空腹でぐずって居たのが理由だけど。


 そのことを先生に伝えると彼女はまた悩みだした。


「そういうことね」


 今度の答えは早かった。


「あの猫……最近遠慮を忘れている気がする」

「まあ猫ですから」


 ファシーの猫化が進み過ぎてもう本当に猫としか思えないしね。


「それでウチの猫はどうして先生を?」

「決まっているでしょう? あの猫はああ見えて優しい生き物らしいわよ」


 何故かそう言って先生が不満げな表情を向けて来る。


「私は昔から子供には好かれないのに」

「先生は雰囲気が怖そうに見えるから」

「あん?」


 睨むな睨むな。そう言うところだぞ。術式の魔女アイルローゼ。


「こんなに優しい魔女は居ないのにね」

「……黙れ馬鹿」


 頬を真っ赤にした先生がその視線を大きく反らす。


「それでファシーはどうして先生を?」

「だから私が術式の魔女だからよ」

「はい?」

「私の専門分野は?」

「術式だね」


 だからこその術式の魔女だ。その称号を持っているわけだ。


「そうよ。で、専門は魔道具。私が作る魔道具は高品質で大金が動くらしいけど」


 言いながら先生は立ち上がると部屋の隅に設置されている机に向かう。

 ノイエの姉たちが出て来た時とかに使用する……そう思って設置した机だ。

 主に先生が使っている。引き出しは彼女の私物で溢れている。


「それをあの猫は私に対し、魔道具を作れと押し付けて来たのよ」

「つまり?」

「……」


 引き出しから未使用のプレートを先生は取り出した。


 ミスリル製のプレートだ。名刺サイズの主に魔道具のコアとなる術式を刻んで回路として使用する中心部分の材料だ。


「その子はお腹が空いたら泣くのでしょう?」

「だね」


 ウチの子の食い意地はノイエ並みです。


「で、猫としては子供の泣き声を聞きたくなかったのよ」

「ふ~ん」

「解決方法は簡単。直ぐに食事が出来れば問題無いってことでしょう?」

「だね」

「だからの私よ」


 椅子に腰かけ先生は手にしたプレートをランプの方へ向ける。

 大きさと形を確認しているのだ。あの人は材料へのこだわりが強いので。おかげで我が家が仕入れるのは高品質の物ばかりだ。それもプロに丸投げということで仕入れ担当は先生の直弟子であるフレアさんにお願いしてある。


「貴方の世界で言うところの『保温』という言葉で良かったかしら? 一度決めた温度を維持できるような物を作れば良いのよね?」

「お願いしますっ!」


 それはマジで喉から手が出るほど欲しい。


 保温機能付きのコップとかあれば便利かなって思ったこともあったけど、実際先生に発注するのは気が引けた。だったら他の有意義な物を作って貰った方が良い。何せ先生は気分屋だ。気分が乗っていないと魔道具を作ってくれない。


「で、見返りは?」

「……今回は良いわよ」


 見返りを求めないだと? それはそれで怖いぞ先生?


 僕の視線に何か感じた彼女が小さく微笑んだ。


「猫につけておくから」


 まあそれなら、


「それにあの猫は最近、本当に容赦ないから」

「……」


 若干遠い目をしてから先生が机に向かう。


 というかファシーさんが何かやったんですか? ねえ先生? 僕としてはそっちの方が興味が湧いているんですけど?


 教えてよ~!




~あとがき~


 猫がアイルを引っ張り出した理由…夜泣き対策です。

 直ぐにご飯が食べられれば子供が泣かないと感じたからです。


 だから魔女を脅して…最近の猫は容赦ないなw




© 2024 甲斐八雲

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