お姉さまには勝てません
ユニバンス王国・ドラグナイト邸
「お~。よちよち」
「なぁ~!」
警戒した猫に対し友好的に……どうやら無理そうだ。完全に威嚇状態になっている。
尻尾の代わりにアホ毛を膨らませって、それってノイエ以外にも出来たんだね。
「落ち着いてファシー」
「しゃ~!」
警戒はしているが声は控えめだ。どうやら突然の赤ちゃんに驚いている感じかな?
「余り大きな声を出すと起きて泣くからね?」
「……なぁ~」
猫がシュンとなった。コミュニケーションは取れている。つまり大丈夫だ。
何が大丈夫だと問われると答えに困るがきっと大丈夫だろう。
ただ何かの間違いでこの子に何かあったら大変なのでベビーベッドに避難して貰おう。
妹よ! お兄ちゃんからのアイコンタクトに応えて!
視線を向けたらポーラがコクンと頷き返してくれた。
スススとベッドに近づき寝ている女の子に手を伸ばし、
「にゃ~」
「キャッ」
猫が迎撃してポーラが囚われの身に。
「ちょっとお姉さま?」
「なぁ~」
「はい」
猫語を理解したのかポーラが抵抗を止めた。
否、止めないでポーラさん。
「ちょっとポーラさん?」
僕の非難がましい声にポーラが反応する。
「兄さま」
「はい?」
大変に穏やかな表情で妹が真っ直ぐ僕を見つめてきたので口を閉じる。
「お姉さまには勝てません」
ですよね~。
猫語を理解していたわけではなく最初から勝てない喧嘩を挑まなかっただけか。ある意味で賢い。
ただウチの子は人肌を感じていないと目覚めてぐずり出す時がある。日中なら僕の執務室に来る人たちが入れ代わり立ち代わり抱きしめるので問題ない。特に最近はチビ姫が壁を突き抜けやって来ては抱きかかえている。
それで良いのかこの国の王妃よ?
何故僕がそんなことを考えだしたかというと理由は簡単だ。あの子がモゾモゾと……泣くな。
「ふ」
「!」
あっ……猫も気づいた。
「ふなぁ~!」
泣き出した。マジ泣きだ。そして目を開いて驚いている猫の様子が可愛らしい。
うむ。ちょっとここは猫の観察をしてみよう。最終的には抱きかかえて少しあやしてあげれば泣き止むことを知っているから問題ない。
「ふぅなぁ~」
ギャン泣きの様子に猫が完全にパニック状態だ。
辺りを見渡し……捕まえているポーラをどうする気だ?
「ちょっとお姉さまっ!」
「しゃ~!」
暴れるポーラは猫の脅迫に沈黙した。
うん。僕は何を見せられているのだろうか?
パニック状態の猫が何故かポーラのメイド服をはぎ取ると彼女の胸をあの子の口元へ。だったら自分の胸でも近づけなさいと思う。
そして無理矢理うちの妹の少ない胸を押し付けない。色んな意味で事故が起こるから。
「なぁ~」
ただポーラが触れたことで少し落ち着いたのか、泣き声が弱まった。
「はいはい」
見学を終了してまずポーラの下から女の子を回収する。
良し良し泣くな。良い子だから泣くなって。
抱きかかえて軽く振ってあげると、口元をもにゅもにゅと動かして……泣き止んだ。
で、そのまま寝るんかいっ!
ある意味で大物だよ。流石我が家の養女だ。
「兄さま」
「はい?」
「……何でもありません」
胸を隠したポーラがメイド服を回収して着直す。
君も母性とかに目覚めには早すぎるのでもう少し大人しくしてなさい。でだ。
「ファシー?」
「な~」
身を小さくして猫がこっちの様子を伺っている。
僕の中では猫って子供を滅茶苦茶大切にする生き物という印象があるんだけどな。
「……抱く?」
「ふんふんふん」
こちらの申し出を全力で顔を左右に振って断る猫が居る。
でもその視線はこの子から離れない。ならば、
「ファシー。ちょっとこっちに」
「……」
「太ももを貸して」
警戒しつつ猫がやって来る。
彼女が横になったので僕も横になり太ももを借りる。
うん。良い枕だ。
「怖くないよ?」
「……」
普段の倍ほど目を開いてファシーが観察している。彼女が見えやすいように体の正面を彼女の方へ向けている。おかげでこの子もファシーの方を向いている。
「ん~」
猫は子供を抱くという感じではないな。何と言うかあれだ。任せた。
「なっ」
相手のお腹に子供を預ける。太ももを枕にされているせいでファシーは逃げられず、自分のお腹に触れている子供を見つめてフリーズだ。
「ちょっとおトイレに行ってくるから宜しく」
体を起こしてベッドから降りる。というかそろそろ寝ても良い時間だから、
「ポーラ」
「はい」
部屋を出て行く僕にポーラが続く。
「夜中のミルクを準備しておいて欲しいかな」
「料理長には伝えてあります。ただ」
「うん。温度だよね」
そう温度問題だ。
赤ちゃんに飲ませるミルクは古来より人肌ぐらいが相場だ。でもこの世界には電子レンジなど無いので鍋で温める必要がある。つまり再度の加熱問題だ。
冷やすだけならポーラが大量に氷か雪を作り出せば問題無いのだが、温めるのはなかなか難しい。
当たり前だけどこの世界にはコンロなどは無い。普通に竈だ。一度火を落とした竈を温めるのは面倒なのだ。
「コロネは?」
「裏に捨てました」
「あ~」
そうだったね。簀巻きにして運んでたね。つまりコロネに瓶詰したミルクをずっと抱かせておくのも今夜は無理か。『衛生的にそれってどうなの?』と不安に思うが一度火を通しているから大丈夫だろう理論で押し通している。普通なら乳母を置くからこんな問題など発生しないんだけどね。
「代わりにスズネか?」
「でしたら私が」
「却下で」
「どうして!」
最近グイグイな妹がちょっと怖いだけですが何か?
口に出してその事実を伝えないお兄ちゃんの優しさを感じて欲しいものです。
「優しさって!」
あれ? 口から出ていましたか? まあ良い。
「とりあえずポーラさん」
「とりあえずって兄さま!」
私怒っていますと言いたげなポーラに僕は努めて真面目な視線を向ける。
「迷うことなく一緒にトイレに入ろうとしている妹の何を信じろと?」
「……不測の事態に備えて」
「却下」
相手の背を押しトイレから追い出して自室に帰るように命令しておいた。
「おや?」
トイレを出たらポーラは居なかった。
理由を付けて戻っているかもしれないかと思ったが、猫を敵に回したくないのか、それともちゃんとミルク問題の解決に向かったのか……兄としては後者であることを願おう。
そして部屋に戻った僕の目に飛び込んできたのはベッドの上で身を丸くした猫の姿だ。
お腹にはあの子を抱えて包み込むように身を丸めている。
うん。これこそ猫の姿だと僕は思うんです。
眺めているとほっこりして来るから、急いでベッドに向かう。
一瞬顔を上げた猫がこっちを見てから元に戻った。完全に母猫の動きだ。
余り揺らさないように注意して猫の近くで横になる。
お腹が減れば絶対に泣いて起こしてくれるから迷うことなく寝ることにする。
うん。寝よう。
どうして猫が出て来たのかとか考えなくて良いや。決して危険回避とかではない。
「なぁ~」
「あらファシー?」
その声に歌姫は顔を上げた。
見えない視線を向けてみるがやはり見えない。けれど声だけで分かる。彼に甘えに行ったはずの猫が戻って来たのだろう。
「にゃ~」
「どうかしたの?」
ただ普段と様子が違う。慌てているようなそんな感じだ。
「かあ、さん」
「はい?」
珍しく鳴き声でなく声を発して来た。
少し別件で“内”側に耳を向けていたせいで外の音を拾っていなかった。これは彼と何かあったのか?
「魔女、は?」
「アイル?」
「は、い」
コクコクと相手が頷いている感じが、空気の震えが伝わって来る。
「えっと」
軽く耳を済ませれば、多分見つけられるはずだ。
最近の魔女はここに居なければ比較的近い場所で座っているはずだ。その時ばかりは面倒見の良い姉ではなく魔女として振る舞っている。つまり研究だ。
「ここを出て左に曲がって二つ目を右かしら」
「は、い」
返事を残し猫はこの場を後にした。
全力疾走で指定した場所に辿り着き……突然の猫の襲来で魔女の悲鳴が聞こえて来る。
あれは怖い。その容姿は愛らしいが扱う魔法のどれもが一癖あって強力な物ばかりの猫だ。
きっと殺されると勘違いしたのだろう。
ただ少し会話をして、魔女が全力で断り……猫がそれを上回るほどの全力で脅迫した。
うん。今のは聞かなかったことにしよう。認めたらあの愛らしい猫の暴言も認めることになる。
決して自分はあの愛らしい猫にあんな酷い言葉を教えたことなど無い。つまり今のは聞き違いだ。
自己弁論全開で頷いていた歌姫の耳にまた聞こえて来る。猫に捕まり引きずられてくる魔女の悲鳴が。
雑音の多い日もある。きっとそれが今日なのだ。
「ちょっと猫? 私は外に出たくなんて」
「煩い。出ろ」
「……」
完全に脅迫だ。らしくないほどの脅迫だ。
何よりあの猫はどうしてこんなにも焦っているのかが分からない。
ただ引き摺って来た魔女を運んでいく。外に出すために強引にだ。
~あとがき~
猫って情の深い印象がある作者です。
そして外に出ていたファシーは魔女を捕まえて外に出そうとします。
その理由は?
© 2024 甲斐八雲
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