迷走中~!

 ユニバンス王国・ドラグナイト邸



「ジュゲムジュゲム」

「ダメ」

「迷走中~!」


 今夜も頭を抱えベッドの上でのたうち回る。

 仕事を終えて帰宅してからの方が頭を使うとはこれ如何にだ。


 だが終わらない。終わらないのだよ!


 ノイエは胸に女の子を抱き……だから毎日やっていても学ばないのね。ノイエさん? 母乳が出ないのにそんなことをすれば、ほら怒った。

 ペチペチと女の子がノイエの胸に対して食事を催促している。が、その胸は出ないのです。


「むぅ」

「はいはい」


 泣き出す前に僕はスプーンでミルクを掬いそれを相手の口元へ運ぶ。

 哺乳瓶が無いからこうしてスプーンで相手の口に流し込むしかない。何回かそれをしたらまたノイエが懲りずに自分の……ほら怒ってペチペチしているぞ?


「でも悪くないと思います」


 使用の終えた食器を片付けるポーラが懲りないノイエを見てそう告げてきた。


 ほほう。その真意を聞こうか?


「はい。その子は姉さまのおかげで胸を見ればミルクが得られると分かりますので」

「なるほど」


 これが俗にいうパブロフの犬だっけか?


 確かブザーを押して音を聞かせてから餌をやっていると、そのうち犬はブザー音だけ聴くと餌だと思って駆けて来るとか何とか。


「つまりこの子は胸を見て叩けばミルクを得られると思っているわけだね?」

「……叩く部分は直した方が宜しいかと」


 真面目なメイドさんバージョンのポーラはそう告げて部屋の隅で待機しているスズネに、食器と簀巻きにしたコロネを押し付けている。

 コロネはある意味いつも通りだ。『ふわぁ~。奥さまの胸って大きいですね』と素直に見たままの感想を述べ『メイドの言葉ではありません』とポーラに叱られ簀巻きにされた。


 今夜もあの姿のまま屋敷の裏に掘られた穴の中に不法投棄だ。

 上から土をかけないだけ感謝して欲しい。


 ただノイエの胸は大きいし綺麗なのは認める。認めるがアイツはそろそろ不敬という言葉も覚えた方が良い。ウチじゃなければ処刑されても仕方がない。


「つまり学が無いのが全て悪い」

「……」


 戻って来たポーラが僕の顔を見て何故かため息を。


「そうやって甘やかすのが一番悪いのだと思います」

「何ですとっ!」


 僕がコロネに対して甘々だというのかね?


「兄さまってあの手の物怖じしない人が好きみたいですし」

「語弊。語弊が半端無いです」

「師匠の代わりを求めているからって」

「あれの代用など求めていない。何より語弊が半端ないっ!」


 そもそもアイツは時折出てきている。

 ただ僕らが寝静まっている時などに出て来て色々としているのだ。


「アルグ様」

「ほい」


 愛しいお嫁さんに呼ばれ顔をグインと回して視線を向ければ、ノイエは眠る我が子を抱きしめていた。

満腹になってぐっすり寝ている感じだ。


「名前」

「あいや待たれよ!」


 考えています。考えているんです。


 知りうる限りのケーキ名もダメでした。お肉料理も魚料理もダメでした。偉人の名前もダメで、遺跡や都市名もダメ。固有名詞もダメだったし……何が残っている? 花の名前もダメだったしな。


「ん~」


 背後に倒れ込みマットレスにその身を預ける。


 動物も日本名と英語名とかで攻めた。色もダメだったし、後は何だろう? 野菜とか? 何種類かリストアップしたがノイエの反応はいま一つだった。


 ここは一度初心に戻ろう。


「ノイエ少し抱かせて」

「はい」


 少しという部分が大切です。


 ノイエから女の子を受け取り抱きしめてあげる。金色の髪と碧い眼の愛らしい女の子だ。将来は美人さん間違いなしだ。何よりノイエに似ているから間違いない。


「少し」

「はい」


 ノイエ基準ではもう少しの時間が経過したらしい。手が伸びて来て掻っ攫われる。

 ここで『もう少し』とか言うとノイエが拗ねる。いい加減僕も学びました。

 結果僕がこの子を存分に抱けるのはノイエがお仕事をしている時間のみだ。それだってノイエが仕事をサボって様子を見に来てしまう。でもドラゴン退治は確り行われている。


 ウチには非公式のドラゴンスレイヤーがそれなりに居る。

 巨乳アーチャーとかサツキ家の馬鹿とかその村の人とかだ。


 挙句最近ではサツキ家の人たちが武者修行の一環としてやって来るようにもなった。理由はサツキ家で最強とか呼ばれているマツバさんが居るからだ。


 何でもマツバさんを倒せたらカエデさんにプロポーズという名の勝負を得られる権利が生まれるとか。で、マツバさんはあんな性格だから勝負など受けずヌルッと回避する。代わりにスズネを倒せたらマツバさんに勝負を挑むことが出来るシステムが構築され……結果として夜な夜なメイド見習いが集められた研修部屋で、無表情で自分の獲物を研ぐスズネの姿が見れるらしい。


『マジ怖いんですけどっ!』と怒鳴り込んで来るコロネを柱に縛りつけ、悪魔プレゼンツの動画『ロリすぎ集』に収録されていたアイツの入浴シーンを見せてやったら怒鳴り込みがなくなった。

 最後まで『見るな~!』と騒いでいたが、こちとらポーラの裸を見てきたのでロリ体形には慣れている。見飽きている。


 おっと思考の脱線が過ぎた。ノイエが『まだ?』と言いたげな視線を向けて来ているから考えよう。


 名づけとはどうしてこれほど難しいのだろう? 僕の名前もこうして親が悩んで……うん。知らん。聞いたこともない。ウチの母親なら知っているのか? アルグスタの両親は死んでいるから聞けないが、ウチの実の母親はどうやらポーラの目の中に居るらしい。


「へいポーラ」

「はい」


 女の子のベビーベッドをベッドメイキングしていたポーラが音も立てずに傍に来た。


「ウチの母親は?」

「……」


 妹の視線が自然と流れて行った。


「ポーラさん?」

「お母さまは現在師匠と一緒にのんびりしています」


 この子も母さんのことを『お母さま』と呼んでいる。どうやらそう呼ぶように強要されたっぽい。

 ポーラが納得しているのならそれは良い。それは良いとして、


「何をしている?」

「……」


 全力で妹さんの視線が泳いだ。


「ポーラさん?」

「はい」


 何故か片手を胸の上に置き、彼女は大きく息を吸った。


「サウナを楽しんでおります」

「……なるほど」

「はい。特にサウナ後のアイスが至高だと言って」

「ちょっと待て」


 アイスだと?


「それはバニラ……ミルクを使ったあれかね?」

「それです」

「どうやって作ったっ!」


 アイスが作れるだと?


「はい。ミルクは」


 うん。ウチには乳飲み子が居るからミルクはあるね。ただ牛のミルクだと濃いから少し水を足したり、時には母乳の出る人から貰ったりして色々と代用していますね。

 ちなみに乳母が居ないのはノイエが嫌うからです。唯一許されているのはフレアさんだけ。あの人はノイエからすると『姉』認定されているのかもしれない。


「それと氷と砂糖と卵黄と生クリームがあれば作れると師匠が」

「……」


 砂糖はある。この国の砂糖商売の大部分を支配しているのは我が家だ。だってケーキ作りには砂糖必要。卵黄と言うか卵の商いももちろん我が家が支配している。ケーキには卵黄大切。生クリームは言うまでもない。とても大切。


 そして我が家の妹様は天然氷を力尽きるまで作り続けられる。


「あら不思議? 後はミルクを支配すれば」


 一大アイスメーカーとしてこの世界でやっていけそうな気がする。


「ですがミルクは大変貴重なので」


 ですね。何せ牛を放し飼いすることが難しい。


 とある馬産で有名な売れ残り娘の実家のように、ドラゴン対策をし続けるあまりに馬を売って儲からず大赤字な一族も居るほどだ。それほど動物の育成が難しいのだ。実は鶏の方が飼いやすい。大きくガッシリとした小屋を作りその中で放し飼いにすれば良いので。


 つまり牛を育てれば儲かるのか?


「商機っ!」


 僕の中に何かが降りてきた!


「ですが兄さま」


 何でしょうポーラさん?


 呼ばれ視線を向ければポーラが大変冷めた様子で立っていた。


「姉さまの好物は?」

「牛だね」


 ハイ終了~!


 お嫁さんが全てを食べたがるから牛の育成が出来ないってどういうことよ!


 困った。そしてノイエの視線がまた厳しくなって来た。


 そんな目を向けられてもネタが無いんだよう!


「誰か~! 助けて~!」


 思わず天井に顔を向け助けを求める。


 分かっています。ただの現実逃避ですが何か?


「……にゃん」

「はい?」


 ノイエから可愛らしい声が?


 視線を戻すと……女の子がベッドの上で寝かされている。そしてノイエはベッドの隅に移動し、女の子に対して警戒色強めで身構えていた。まるで猫のように低く唸りながらだ。




~あとがき~


 名づけで迷走する主人公の前に現れたのはにゃんこです。


 本当に名前って大変なんですよね~。

 いい名前が浮かんだと思ったら有名作品のヒロインの名前だったとか。

 最悪少し弄って使ってますがw




© 2024 甲斐八雲

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