Main Story 28
おい犯人。全部吐け
ユニバンス王国・初夏
雨期が終わればやって来るもの……それは夏である。
ただ季節感など無視して僕らはせっせと神聖国への援助物資を送り続ける手配をしまくっている。仕方がない。やり過ぎたと自負がある。なのでせっせと準備をして送るのです。
すると『ウチの国の物資が干上がるわ! 馬鹿がっ!』と馬鹿兄貴が殴りこんで来た。
ただ現在我が部屋には専属メイドのポーラが居るので怖くない。ちょっと前は馬鹿兄貴を怖がっていたが今は違う。ウエルカムだ。どんと来いだ。何故かウチの妹の怖いもの知らずレベルが急上昇した気がする。
よって来た瞬間にカウンターで……フレアさんと一緒だと? 2対1とは卑怯だぞ?
「いいえ。私はそちらに用があるだけで」
「あっお願いします」
あっさりと自身の主人を裏切り、フレアさんは部屋の隅に設置されているベビーベッドに歩み寄ると、ベッドの中に手を伸ばし愛らしい乳飲み子を抱きかかえる。
その姿は天使である。ウチの第一子とも言う。養女だけどね。
あの子はあの日……墓参りをした次の日にウチの屋敷の玄関に捨てられていた子供だ。
犯人は分かっている。何故なら我が家の警備は完璧だ。不用意に近づいて来ればミネルバさんの出迎えを受ける。が、今回彼女の警備を掻い潜り、挙句ノイエとポーラの警備も掻い潜った。つまりそれほどの人物が犯人だ。
容疑者はあっさりと絞られた。犯人捜しは秒で終えた。
第一容疑者のプニプニほっぺを左右に引っ張り僕は詰問した。『おい犯人。全部吐け』と。
『ちらいまふ。ひいはま。あはしへはありまへん』と涙ながらに犯人……容疑者は無実を訴えたが、最近この犯人は悪魔の振りをしている時があるような気がするので手加減はしなかった。『白状しなければ次の雨期まで口を利きません』と。
滂沱の如く涙を流すポーラ……犯人の様子から彼女はどうやら関係ないらしい。
つまり犯人は悪魔の単独犯ということだ。
どうやって悪魔を召喚するか悩んでいると、赤ちゃんが収められていたバケットを抱えてフリーズしていたノイエが再起動した。求めていた割には突然届けられて思考が追い付かなかったらしい。でも動き出すと、アホ毛でバケットを掴んで恐る恐る赤ちゃんを抱えたのだ。
ちゃんと抱くことが出来たその姿に我が家の全員が泣いた。特に包帯姿のコロネは涙ながらに喜んでいた。で、赤ちゃんの下に置かれていた紙の存在に全員が気づき、代表して僕が手に取り内容を確認した。
『可愛い女の子です。とても可愛くて素直な良い子です。ちょっと隠し事がありますがとってもいい子です。そんな良い子なのですが家庭の都合で私には育てられません。ですからとっても優しい姉さま……ノイエ様に育てていただければと思います。宜しくお願いします。
追伸。これでご褒美は完遂ということで』
犯人が確定し僕は全ての恨みを込めてポーラのほっぺを左右に引っ張ったのだった。
それから早や一週間。女の子はノイエと僕の娘になった。
理由は簡単。ノイエが抱きしめて放さないからだ。そして夜泣きで起こされるとしても僕の睡眠時間が確実に増えたからだ。
天使や。天使が我が家にやって来たんや。
問題はノイエが仕事中に様子を見に来るぐらいかな? ルッテからは『隊長の注意散漫っぷりが半端無いんですけど!』などとクレームが来ているがスルーしている。
だってノイエと天使が可愛いから。
こちらに背を向けフレアさんがウチの天使に食事を与え……ってまだ出ているんです。あの人。
何でもあの屋敷は定期的に子供が届けられるので母乳が出るフレアさんが与えていたら止まらないとか。
確かに出産経験のある猫に子猫を与えると、母乳が再開したとか言う話を聞いたことがある。
つまり吸ってくれる人が居れば母乳は止まらないのか?
母性って本当に神秘やわ~。
馬鹿兄貴をあっさり箒で駆逐したポーラがフレアさんの元に行き、メモ帳片手に色々とメモを取っている。勉強熱心なメイドである。
勉強だよね? ノイエの為に学んでいるんだよね?
時折彼女の瞳が怪しく光る時があるからめっちゃ怖い。
それとクレアも合流して……君たちはいくらなんでもまだ早いからね?
エッチは許すとしても妊娠はダメです。何か色々とアウトな気がします。
こうなると野郎の僕は肩身が狭く……コロネ。飲み物プリーズ。ケーキは要らない。
はい? 僕が食べないと君の分を持って来れない?
主人の前でサボりを画策するその勇気を称してナックルパンチをお見舞いしてやるぅ~!
ひらりと交わされて馬鹿が逃げて行った。
「んっ」
「……」
開いたままの窓からニョキっと姿を現したのはノイエだ。
ドラゴンの返り血で大変なことになっているが本人はあまり気にしていない。
「ノイエ」
「はい」
「血を拭ってからね」
「……」
僕の声に自分の状況を確認したノイエが姿を消す。別の所から悲鳴が聞こえた来たが気のせいだろ。
何処かで血を洗い流してきたノイエがまた姿を現し、血で汚れていないから良しとしよう。
「もう少しでご飯が」
「終わりました」
「だそうです」
ポンポンと乳飲み子の背中を叩いてフレアさんがノイエの方を見て『抱きますか?』と言いたげに腕の中の存在を見せる。コクコクと頷いたノイエは瞬間移動でフレアさんの前に立ち、ガチガチに緊張した手つきで受け取ると胸に抱く。
絵になる。とても絵になる。おいこらニクよ。あの様子を確り録画するのだ。
はい? 昨日と同じ? 違う。今日の方がもう少し慣れた感じを醸し出しているだろう? 違いが分からないだと?
違いは感じるものだ。考えるな。感じろ。感じられるようになれば一人前だ。さあやるんだ。
無理? 皮剥いで肉にするぞ?
ピューっと凄い足でニクが逃げて行った。
「あうあう」
「……」
逃げ出した非常食の後姿から楽しそうな声に視線を戻すと、あの子の最近のお気に入りオモチャが炸裂していた。ズバリノイエのアホ毛だ。
目の前でふよふよと揺れるアホ毛が子供の目からすると大変面白いらしく一生懸命に手を振り回し笑ってくれる。だからノイエも調子に乗ってふよふよと動かし続ける。
凄いなあのアホ毛。アホ毛史上最強であり多才な存在ではないだろうか?
微笑ましい光景を眺めつつ、僕は天啓を受けた感じがしてペンを走らせた。
これだ! 今絶対に何かを感じた。きっと神の意志的なあれだ! 神なんてこの世界に居ないけど!
「ノイエ!」
「はい」
「これでどうよ!」
紙に綴った文字をノイエに見せる。それには『ミルフィーユ』と書いた。
どうだ美味しそうだろう? じゃなくてその子の名前はこれでどうよ?
「……違う」
またか~。良い名前だと思ったんだけどな。
もう何度目か……最低でも三桁は越えたであろう僕の名前候補にまた一つ『×』が増えた。
ノイエの選考が厳しすぎて未だにあの子に名前が決まらない。だったらノイエが決めてよと思うのだが、ノイエはノイエで自分基準があるらしく『名前はアルグ様が決めて』と言い張って譲らない。
おかげであの子を拾ってからずっと名前を考え続けているわけだ。新しい候補よ。降りて来い。
洋風ネタは尽きたから和風ネタも振ってみたんだけど、どれもノイエの高い壁にはじき返された。
本当にそろそろ僕でも泣くよ?
「姉さま」
「はい」
「そろそろお時間です」
「……」
ノイエを御せるメイドとなって来たポーラがノイエに面会時間終了を告げる。
そもそも仕事中にここに居ること自体問題なんだけど、ノイエは気にしない。そして僕はそんなクレームなど気にもしない。
結果として開き直った者の勝ちで、苦情は全て国王陛下の元に届いて終わることになる。
「もうす、」
「ダメです」
ただ粘ろうとするノイエをポーラは本当に容赦ない。バサッと一刀両断だ。
あの子に手を伸ばしポーラが強引に回収する。ノイエが抵抗しないのは子供が怪我をすることを恐れてだ。そしてポーラもそんなノイエの性格を把握しているから強気で回収できる。
ポーラに奪われたノイエはアホ毛をシュンとさせ……すごすごと窓に向かう。
「また来る」
何処の怪盗かとツッコミを入れたくなるセリフを残し、ノイエは窓枠を蹴って姿を消した。
「兄さま」
「はい?」
姪っ子にあたる存在を抱えたポーラが今度は僕を見た。
「仕事の手が止まっています」
「ごめんなさい」
「それと名無しは可哀想です。早く名付けを」
「頑張っているんだけどね」
名無しなんて神聖国のあの少女ぐらいで終わって欲しい。
ああ。何でもあの子は喋れるようになってミンテという名前だと分かったと変態女王が嬉しそうな手紙を寄こして来たな。もしまた同じことが起きても問題が無いようにと自分の名前が書けるように文字の読み書きも教えているとか。
うむ。あの変態ですらちゃんと子育てをしているのだから僕らも頑張らないとなる
「兄さま?」
「済みませんでしたっ!」
ポーラが睨んで来たから仕事に戻ることとした。
~あとがき~
一応これからは月水金で投稿して行く予定ですが、ストックに余裕がある場合は土曜日も投稿します。
今回はそのお知らせの為にストックなんて無いけど投稿しましたw
新章と言うか日常編です。
前回の続きですが、まあ犯人はあの人しかいないですからね。
現在バカンス中で音信不通ですが。魔眼の中で引きこもっているだけですが。
名前はノイエがピーンと来るまで決まらないでしょう
© 2024 甲斐八雲
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