墓参りには花がつきものでしょ?

 ユニバンス王国・ドラグナイト邸



「む~」


 拗ねたノイエがポコポコと僕の胸を叩いて来る。


「もう無理ですノイエさん」

「むぅ~」


 今夜もノイエは大変に元気です。馬乗りになって『まだまだ』と言いたげにアホ毛を回しています。


 昨日牛の丸焼きを丸々一頭分完食したからかな? それで力が有り余っているのかな?


 ベッドの上でグデッとなる僕の横に彼女は降りて来ると、横になりスリスリと甘えてくる。


 ふっ……ノイエさん。そんなに胸を押し付けて来ても今の僕は反応しないぜ?


「アルグ様」

「はい」

「赤ちゃんは?」

「……」


 サラッと彼女が爆弾を投げつけて来た。


 分かっています。ノイエが日々コロネという玩具……実験台で練習を重ね、最低限の子守りスキルを身につけたことを。

 ただ本当に最低限だ。最低限過ぎてツッコミどころが多すぎるぐらいだ。


 まず赤ちゃんを猫持ちしちゃいけない所から教えることになるとは思わなかった。しかしメイドたちを集めて話し合った結果、あれはお馬鹿なコロネを抱えたくないという拒絶だったと言うことで話は纏まった。気持ちは分かる。

 それから放り投げないとか、お肉を食べさせないとか色々と大変だった。


 でもノイエはやり遂げたのだ。コロネというどうでも良い犠牲のもとにだ。


「赤ちゃん」

「もう少しだけ待ってくれますか?」

「……」


 おっとノイエのアホ毛が攻撃態勢に。


「忘れてないしちゃんと探しています。ただ馬鹿兄貴のせいでね」


 厳密に言うとフレアさんの復讐が原因だ。


 僕の新作お菓子攻撃で王弟屋敷に住まう子供たちは完全にこっちの味方になった。なってからお菓子の供給を断つと今度は母さんから『子供たちが泣くのよね』と停戦の申し出があり、そして屋敷のメイドたちもこちらに寝返った。

 完璧だった。僕の計算通りだった。


 ただ1人残ったフレアさんだけは復讐の牙を研いでいた。僕が養女を探していることを暴露したのだ。

 秘密裏に探してくれていたお兄さまの下には自薦他薦の申し出が殺到し大混乱となった。


「少し落ち着かないと無理かな~」

「むぅ」

「分かってるって」


 ノイエが本当に子供を欲していることぐらい良く分かっている。


 ただ現状どうにもならない。何せ一番騒いでいるのはクロストパージュ家の馬鹿親父だ。本家分家を問わず号令を発して乳飲み子を自薦してきている。あそこは呪いかと思うほどに女の子が生まれる血統なのでこちらの条件としては文句ない人材を自薦して来るのだ。


 即決できないのは王家との繋がりが強すぎることになることぐらいか。

 僕はクレアというクロストパージュ家の直系の娘を預かっている。実質保護者だ。そこに乳飲み子を養女にしたらその関係がズブズブ過ぎる。他所の上級貴族は面白くない。


「まあ約束は守るからもう少し待って」

「……はい」


 面白くなさそうにノイエが納得してくれた。




 ドラグナイト邸近郊



「兄さま。何処に行くのですか?」

「ピクニックです」


 そう言って僕とのノイエはポーラの手を取り歩く。


 今のポーラは両親の間に挟まれた娘のようだ。恰好はメイド姿だが気にしない。気にしちゃダメだ。説明無しで『お出かけするよ』とだけ伝えて拉致して来た。

 何も分からず戸惑うポーラだが、僕らとの散歩が悪くないのか表情は和らげだ。


 しばらく歩くと木々の茂る場所へ入り……ノイエが作ってくれた道を進んで真っすぐ向かう。


 途中寝起きっぽい小型のドラゴンを見かけたが、ノイエがアホ毛だけで退治した。余りにも自然にアホ毛を伸ばしてスパッとドラゴンの首を斬るものだから『ノイエだな~』とスルーしてしまったが、落ち着いて考えるとノイエさんのアホ毛がパワーアップし過ぎているような気がするのです。

 やはりエウリンカを呼び出す必要を感じます。


 ちなみに神聖国から戻って来てからノイエの姉たちは外に出て来ない。誰も出て来ないから魔眼内の状況は謎だが、ノイエが言うには『みんな仲良くしている』そうだ。絶対に嘘だと思うがノイエがそう言うならそうなのだろう。

 ノイエの場合喧嘩してても仲良しと言い切るタイプだから。


「で、兄さま。本当にどこまで?」

「もう少しです」

「それは兄さまが石屋さんに頼んでいた何かと関係があるのですか?」


 おおう。内密に進めていたのにそこまで知られているとは、本当にポーラは恐ろしい子だ。


「関係はあるかな」

「そうですか」


 するとポーラは押し黙った。頭の良い子だから何かを察したのだろう。


 3人で木々の間を進み……開けた場所に出る。

 小型のドラゴンが居たが、ノイエが蹴りを入れたら居なくなった。空気を読むドラゴンだ。遥か向こうで咲いているであろう血肉の華は知らんぷりで問題無いはずだ。


 そこにはノイエが運びスズネが手入れをして完成したモノが置かれている。小ぢんまりとしたお墓だ。日本式ではなく西洋式と言うのかな? ただ十字の墓標は違う気がしたので丸い村の近くで姿を現すスライムチックな形にした。


 もちろんお墓である限りそこには名前が刻まれている。2人の……たった2人の名前だ。


 僕はポーラから手を離すとノイエも何かを察して手を離す。


 止まっていた彼女は静かに歩き出し……そして墓石の前で止まると両膝を地面に着いた。


 祈りと言うべきか? メイド姿の少女が胸の前で手を組んでいる。


 その姿はとても静かで清らかに感じた。決して邪魔をしてはいけない、


「ん~」


 空気を読めないノイエさんは仕方ないのです。ほら彼女ってば基本自由人ですから。


 爪先立ちで歩き出したノイエは『ん~』と鼻を鳴らして軽やかに歩く。

 飽きたって感じには見えない。何故なら彼女のアホ毛がリズミカルに揺れているからだ。


 それはまるでリズムを刻むように、


「ら~」


 声を発しノイエが舞い始めた。


 歌は師であるセシリーンより劣り、踊りは師であるレニーラよりも劣る。それがノイエへの評価だ。

 ただあの2人とて互いの得意分野で『一流』の評価を得ることはできない。でもノイエは違う。師を越えることが出来なくともその両方が一流だ。


「あはっ」


 表情は変わらない。けれどノイエは楽し気に踊り謳う。キラキラと全身に光の粒を纏って踊る。


 余りにも幻想的な風景に僕は呼吸を忘れて見入ってしまった。


 どれ程の時間ノイエが踊っていたのか分からない。始まりが唐突なら終わりも唐突だ。ピタッと止まってサスサスとノイエが自分のお腹を撫でだした。


「お~い。ニク」


 呼べばやって来るのが我が家のペットだ。

 首からぶら下げている録画のための水晶を……もう隠そうとする気もない様子だな? まあ良い。そんな我が家のペットであるニクは引っ張って来ていたカートを僕の前まで運んで来た。


「ノイ、」

「もぐっ?」


 ボックス型のカートの蓋を開けて声をかけようとした瞬間、モグモグ語の返事が来た。早すぎる。


「綺麗だったよ。凄くね」

「……もぐもぐ」


 嬉しそうにノイエがカート内の食事を物色する。そのままにしておくと全部食べてしまうから、その前にリンゴのような果実を1つ確保して……僕は墓石の前へ移動した。


「お供えぐらいないと寂しいよな」


 そっと丸い石の前においてやる。


 あの兄妹の関係はとても短なものだったけれど、馬鹿もしたし文句も言い合った。それだけの関係と言ってしまえば簡単だけど、でも僕はあの2人の“母親”を良く知っている。

 だったら墓に手を合わせるぐらいのことをしても文句は言われないだろう。


 軽く手を合わせ、ゆっくりとその場から離れようと、


「私はあの子たちを救えなかった。病気からも、その運命からも」


 墓石を見据えたままでウチの愛らしい妹メイドが語り出す。


「ずっと忘れようとしてた。嫌なことから目を背け、私は今までいっぱいの嘘で何もかもを誤魔化し偽り生きてきた」


 懺悔ではない。告白でもない。ただ自分の言葉を声にしていた。


「でも変わらない。そんな私を変える気はない」


 告げて彼女は立ち上がる。


 一度だけその腕で自分の顔を、目元を拭うと、拭ったその腕を大きく振るった。


「私のすることは変わらない。始祖の馬鹿を殴り殺して、この世界をこの世界に住む人たちに返す」


 歌うように踊るように小柄なメイドはその場で回り出す。まるでバレエダンスでも舞うかのように。


「狂ってしまった部分は直せる範囲で直す。全部は無理。無理ったら無理」


 凄いことを宣言してるな。


 クルクルと舞う彼女の周りには金色の線がふよふよと生じる。たぶん何かしらの魔法だろう。


「でも出来る限りのことはする。やって不完全でも終わらせる」


 出来たら完全でお願いしたい。


「だから誓う」


 舞うことを止めて両手を地面に向け彼女は僕らを見て笑った。迷いの無い笑みでだ。


「精いっぱい私は“私”を生きてやると!」

「つまり現状維持?」

「そうとも言う!」


 酷い掛け声を合図に彼女は魔法を発した。


 両手から放たれた魔力は……彼女を中心に地面の全てを花畑にする。

 色とりどりの花が一面を支配し、むせ返りそうなほどの花の香りが辺りを支配した。


「墓参りには花がつきものでしょ?」


 憎たらしいほど愛らしい笑みを浮かべ……刻印の魔女が小さな胸を大きく張った。


「今回はいっぱい迷惑を掛けたからとっておきのご褒美をあげるわ」

「つまり極秘の映像が?」

「それはもう渡すって約束してるし、とっておきよ」


 刻印が浮かぶ方の目でウインクをし、彼女はまたメイドに戻った。

 一瞬でポーラの右目から五芒星の模様が消えたのだ。


「とっておきのご褒美だって。ノイエ」

「はい」


 生じた花畑に機嫌を良くしたノイエがまた舞い始める。僕は座り込みながらそれを眺めることにした。


 あ~ポーラさん。ちょっと飲み物と食べ物を追加で。


 ん? ノイエの踊りを見たい?


 だったらたぶん周囲で隠れているであろう君の部下に命じなさい。


 僕の指示にポーラがパンパンと手を叩くと、音も立てずにミネルバさんが現れた。冗談だったのにマジでしたっ!


 それから僕らは雨期の終わりを感じながら、花を愛でてのんびり過ごした。

 ウチは田舎だからかもしれないけど、お墓参りって基本こうして家族が集まって宴会をする印象がある。墓石の前でだ。


「まっ悪くないか」


 家族でこういう風に過ごすのも悪くない。そう思う訳です。


 で、悪魔からのとっておきのご褒美って何だろう?




 翌早朝……ウチの前に、玄関前に乳飲み子が置き捨てられていた。




~あとがき~


 神聖国編はとりあえずこれで終わりです。


 当初描く予定の無かった話をこっちに回したせいで、神聖国編としての印象が後半薄れたけどね。

 長期連載は1つのミスが致命傷になるという…全て旅人さんを出し忘れていた自分が悪いんですけどw

 まあ神聖国の繋がりはこれからも継続するので、変態女王は忘れた頃に出て来るでしょう。


 次は人物紹介でもしてから、ユニバンス編と言うか日常話が始まります。

 いつも通りのグダグダな感じですかね。それをしてからあれしてこれしてそれして最終章かな?



 で、続いて作者さんの近況なのですが、リアルの方でちょっとばかり問題が発生しました。簡単に言うと昇進してしまいました。部下を持つ身分だそうです。マジ勘弁です。


 そんな訳で今まで通りの投稿ペースの維持が困難になるかもしれません。ですのでどうにか週3回を確保し、尚且つ投稿日を固定しようか悩んでいます。

 4月から月水金での投稿を考えていますがどうでしょう?


 昇進という罰ゲームを食らった作者さんのやる気を促進するために、感想とか評価とかレビューとかしてくれると大変嬉しいです。

 ホント。マジで。お願いします




© 2024 甲斐八雲

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