引っ立てい!

 ユニバンス王国・ドラグナイト家



「あん? このドチビ……何をどう切羽詰まれば、あんな楽しい冗談をかますことが出来るのかね?」

「……全力で反抗をしたら?」

「なるほどなるほど」


 お前の言い訳はしかと聞いた。


 故に心優しい僕は自分の保身のために可愛い部下を切り捨てるとしよう。


「本音! ここは普通建前を言うところ!」

「言うかこの馬鹿メイドが!」


 怒鳴りつつも相手の様子を確認する。

 ボロボロのドロドロだ。あっちこっちを怪我しているのか包帯なんかの姿も見える。ぶっちゃけ怪我人だ。


「ったく……叔母様の所で問題起こすな! この命知らずがっ!」

「はん。相手を見て喧嘩をするしないだなんて私には出来ないだけよ」

「なら僕も心を鬼にして部下の不始末をその命で」

「大変申し訳ございませんでしたっ! ご主人さまっ!」


 体を床に投げ捨て五体投地で詫びを入れてきた。凄いなこの馬鹿メイド?


「床に飛び込むな。お前の義腕で傷になる」

「そっち! 心配するのはそっち!」


 顔を上げたチビ……コロネとか言う名の少女メイドが吠える吠える。


 お前は少し落ち着きを覚えなさい。はっきり言って第二の悪魔メイドと化してきているぞ?


「お前は少しスズネを……お~い。ノイエ」

「なに?」


 何って君ね。


「見学してないでスズネを止めなさい」

「……」


 まだ見ていたいとかそんな雰囲気を発しないようにね? 白装束姿のスズネが今からしようとしていることは大変珍しいけど、一回きりのイベントだからね?


 二度目は無いの。だから見たいって雰囲気を出さない。


「切腹って簡単に言えば割腹自殺だから」


 言葉の途中でノイエが反応し、スズネが掴もうとしていた短刀を蹴り飛ばした。


「ならば介錯の慈悲を」

「却下だ却下」


 何故に首切りが慈悲になる? あ~もう。


「とりあえずノイエはスズネの保護」

「はい」


 日本人少女チックなスズネをノイエが小脇に抱えて確保する。


「ついでにそこの馬鹿も確保しておいて」

「……馬鹿は嫌」

「奥さま~!」


 コロネの魂の叫びを見た。


「戻りました」

「お帰りポーラ」


 混沌とした状況に変化がもたらされた。

 僕らが居る屋敷の広間にポーラがミネルバさんを連れて入って来た。


「で、叔母様は?」

「……」


 ノイエが抱えている2人の後輩を見つめ、ポーラが深々とため息を吐く。


 気持ちは分かるぞ妹よ。


「今回だけは許していただけました」

「よっしゃー!」


 セーフだ。首の皮一枚で何かが繋がった。


「ですが」


 念を押してくるポーラの声に僕の動きが止まる。


「次は無いそうです」

「その時はこのコロネの首を」

「いいえ。主人が責任を取れと」

「……」


 つまり切腹するのはスズネではないと言うことか。


「コロネ」

「……何よ?」


 このフランクすぎる態度も良くないが、今は大目に見てやろう。


 そもそもの原因は何だ? この2人が馬様の屋敷で修行をしたことか? させてのは誰だ?


 うん。犯人捜しは良くないな。たぶん僕が犯人じゃないと思うけど、何せ濃密な神聖国での生活のおかげで記憶があやふやだ。体感にして一年半ぐらいあの国に居た気がするよ。

 だから忘れよう。何よりこのお馬鹿は生き残ろうと必死になっただけだ。


 この馬鹿メイドの生に対する執着が半端ない。使い捨ての暗殺者だったことを考えればその気持ちは分かる。分かるが、どんなに命の危機を感じたとしても叔母様に向かい馬糞を投げるとか言語道断だ。

 それを止められなかったスズネの方がよほど責任を感じている気がする。


「お前はとりあえず砂利の上で正座2時間な」

「……せいざ?」


 正座を知らないお馬鹿な子はノイエに抱えられたままで首を傾げる。が甘い。


「それと石畳3枚ね」


 重さにしてたった三十キロだ。お前の体重より少し多いくらいだろう?


「引っ立てい!」

「はい」


 分かっているのかいないのか……ノイエが張り切って2人の少女を抱えて外へ向かう。


 数分後、2人の悲鳴が響いて来た。


 ってスズネは無関係だったんだけどな?




「温泉が遠い」


 帰国してからと言うもの雑務が多い。


 初っ端に我が家のメイド見習いの粗相から始まり、次に陛下に呼び出されての事情聴取。それから馬鹿兄貴からの事情聴取に山と残っていた書類仕事の大掃除。ルッテの苦情は右から左に受け流しつつ、カウンターでノイエの焼き肉祭りのために各種肉の発注。それから神聖国へ送る食料と苗の類を集めてと……働いた。感動するほど働いた。


「兄さま」

「何かね妹よ?」


 ある意味で一番働いているポーラの視線が少しだけ冷たい気がします。


 ほら。僕ってば忙しいからしばらく屋敷から離れられないのです。ウソジャナイヨ?


「なら姉さまはなぜあのような服装で?」

「うむ。僕のやる気が増すから?」


 だってノイエってばセーラー服が良く似合うんですもの。


 何あれ? 漫画とかアニメとかに出て来る外国人キャラがセーラー服を着ているかのように似合っているのですが? つかセーラー服はノイエが着るために作られた服なのでしょうか?


 そう言っても過言ではない。


「……ツッコミは?」

「師匠は宣言通り活動停止中ですので」


 冷めた言葉を吐き出してポーラがミネルバさん相手に次の指示を発する。


 全くあの馬鹿悪魔は本当に自粛しやがった。誰が僕のボケに対してツッコミを入れるのかと。そもそも僕はツッコミであってボケではない。つまり一人ボケが成立しないのだよ。


「ポーラでも良いからツッコミを求む」

「……はっ」


 何故か妹が鼻で笑いました。これこれポーラさん。いつからその様な毒を?


「私はずっと兄さまに突っ込まれたいと願い、もごもご」


 発言がストレートすぎるので妹の口を物理的に塞いで黙らせた。危ない危ない。


「で、ポーラ。真面目な話として問題点は?」

「はい」


 話を戻しポーラの報告を再開させる。


 陛下と馬鹿兄貴に対する報告書の類はポーラに丸投げした。ちゃんと順を追って説明したのに何故かあの2人は理解を示さずポーラに『報告書を頼む』と言ったからだ。ならば最初からそうすれば良い。


「お肉の手配はもう間もなく。問題は」

「あっち?」

「はい」


 困ったな~。実は安易に考えていたことが大問題に発展した。

 ちょっとフレアさんに『エクレアを頂戴』とお菓子を貰う感覚で声をかけたら大変なことになった。母さんまで敵に回って徹底抗戦の構えだ。簡単に言うと王弟一家とウチとで交戦状態だ。


 どうしてこうなった?


「フレアさんは愛情の深いお方ですよ。兄さま?」

「だね~」


 深すぎて軽くお願いした僕に対し『死ね』と言って襲い掛かってきたほどだ。ノイエが居たから助かったが、あのノイエが一瞬押されるほど彼女の怒りは天元を突破していた。


 うん。これはあれだな。しばらく王弟屋敷に大量の菓子を送ってから供給を断つことで、屋敷に居る子供たちを味方に引き込んで交渉するしかない。この手段なら母さんはこっちに寝返るはずだ。母さんが寝返ればあっちのメイドの大半も寝返る。孤軍奮闘になればフレアさんも渋々停戦に同意してくれるはずだ。


「そうなるとノイエとの約束なんだよな~」


 赤ちゃんを心待ちにしているノイエは現在、罰として彼女の子守り練習の練習台となっているコロネを抱えてあやしている。うん。あやしているはずだ。


 今日は何回失神したの? まだ6回? 凄いな……昨日のこの時間なら二桁超えていたのに。

 ノイエも少しは成長した? 違うの? 途中コロネの着替えが2回あったから?


「何したの?」

「調子に乗った姉さまが高い高いを」

「あ~」


 あれは大人にだけとこの前注意したんだけどな。ノイエの高い高いは子供向けじゃないから。


「まあ子供の件は陛下とかにお願いしてあるからそのうち返事が来ると思うけど」


 仕事の出来るお兄さまならどうにかしてくれるだろう。


 問題は……ポーラにも秘密で進めているあれだ。あれはまあ僕の趣味というか、ケジメと言うか何と言うかだからな。


「とりあえず次の支援物資はユニバンス王国からの名義で贈る予定なんだよね?」

「はい。女王様の即位に対するお祝いという名目になっています」

「まあそうするしかないんだけどね」


 ただこの手段は何回も使えないのが難点だ。

 本当に問題が多すぎる。


「ポーラ」

「何ですか?」

「温泉に行きたい」

「仕事が終わったらどうぞ」


 終わる気がしないから言っているんですが?




~あとがき~


 そして本編も終わらなかったw

 次回。次回終わる予定ですから!


 コロネは本当に命知らずだな…巻き添えを食らうスズネには同情だけど。


 最期はちょっと良い感じで終わらせようかと思っています




© 2024 甲斐八雲

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