ささやかながらの贈り物です

 神聖国・都



「はう~」


 目の前に積まれて行く書類の束が一向に消えない。


 どうしてでしょうか? 私はここ最近ずっとペンを握りしめてサインをし続けましたよね? 途中から中身の確認を故意的に無視して全力でサインのみに徹しましたよね? それなのにどうしてこの書類の山は消えないのですか?


「それは陛下の処理速度よりも多くの書類が一気に届いているからかと思います」

「……」


 恭しくそう述べて来るのは仮宰相に就任したムッスンです。

 仮です。仮宰相です。アルグスタ様がそう命名したからしばらくそのままです。


 暑苦しい筋肉の体を誇示する彼は武闘派宰相を名乗っています。


 武闘派って何でしょうか? ポーラ様に箒で転がされ、ノイエ様に赤子のように高い高いで失禁しながら泣いていた人が武闘派ですか?


「陛下。そんな蔑むような目を向けられましても、現在の我々には信を置ける人材は全く居ない状況ですので」

「分かっています。だからこうして毎日毎日サインしてサインして……」


 あれ? 溢れる涙が止まりません。どうしてこうなった?


「ゴルベル相談役は何処に居るのですかっ!」


 あのご老人が居れば私の仕事はもう少しぐらい少なくなるはずです。

 なのに朝から晩までこの場所に寄り着こうとせずに……不誠実です。裏切りです。反逆です。


「ゴルベル様は部族連合とのやり取りと開墾の手配。それから数少ない文官武官との面接などを朝早くから夜遅くまで行っており、」

「いやぁ~! そんな正論聞きたくないですぅ~!」


 両耳を塞いで全力で現実から逃避します。


 私は何か悪いことをしましたでしょうか?


 たぶん私はそんなに悪いことはしていないはずです。


 ですのにどうしてこんなにも不幸せなのでしょうか?


 悪いとしたらそれは私ではなく祖先です。前の女王から私を除いた女王たちです。その結果がこれです。


「へいか」

「なぁ~っ!」


 頭を抱えちょっと本気で泣いていたら真新しい“メイド服”を身に纏った女の子が声をかけてくれます。


 名無しの女の子と呼ばれていた少女です。

 今は私付きのメイドです。愛らしい癒しメイドです。


「きゅうけいをしてください」

「貴女だけです。私の味方はっ!」


 抱きしめて全力でスリスリと自分の頬を擦り付けます。

 最初は必死に抵抗していた相手も最近は抵抗しません。そもそも私はこの国で一番偉いのですから、求められたら全力で応じるべきなのです。


 あ~癒されます。


「へいか。まずおしょくじを」

「もう少しだけ」

「おしょくじを」

「……」


 最近拒絶と言うか圧が強くなりましたね。出会った頃はあんなにも愛らしく……今もとっても愛らしいですが、何と言うかもっとこう素直でしたよ。


「……」


 チラチラと『もっと甘えさせてくれても良いのに……』と視線を向けていたら、今絶対にため息を吐きましたよね? 私、女王ですからね? 知っていますか? この国で一番偉い人なんですよ?


「せんせいから『いちばんえらいひとはあまやかしたらダメ』とおしえをうけてます」

「ポーラ様の教育は絶対に間違えていますからね?」

「いいえ。ただしいです」


 そう言いながら彼女はエプロンの裏に縫い付けてあるポケットから手帳を取り出します。


 ポーラ様が帰国するタイミングで彼女に手渡した『ユニバンス王国式武闘メイド入門編』と書かれた聖典……武闘メイドって何なんでしょうね?


 いまだに謎なのですが、それを見かけた瞬間に私はアルグスタ様に問いました。すると彼は『ユニバンス王国で一大戦力を誇るメイドたちのことだね』と教えてくれました。


『勢力では無くて戦力っておかしくないですか?』と食い下がると彼は『漆黒の殺人鬼が創設者でとても悲しいことにウチのポーラは三代目を襲名することを待ち望んでいる節があるのです』と教えてくれました。


 この国では死の象徴であった漆黒の殺人鬼がご存命で、ユニバンス王国と言うところにお住まいとは聞いて知っていましたが、絶対に色々と狂っていますよね? 何なんですか? 武闘メイドって?


『完成形がポーラですが何か?』と言われたら納得するしかありませんでした。だって本当に強かったからです。


 案の定というか、計算通りに部族連合はこの都に向かいやって来ると、その足を止めず攻め落とす勢いで接近して来ました。ですが私たちはアルグスタ様の指示通りに城壁には武器を持った都の住人を並べました。そして正門にはポーラ様とノイエ様が待ち構えたのです。


『姉さまが出るような相手はいませんので』と言って前に出たポーラ様は、次から次へと襲って来る部族連合の猛者たちを箒でお掃除して……ツルツルのピカピカにしてしまいました。


 あの光景はこの都に住む人たちにトラウマを与える威力でした。何せ文字通り猛者たちを1人1人ツルツルのピカピカに磨き上げたのです。全裸にひん剥いて最後はブラシでゴシゴシと。

『あれが強者の余裕だね』とアルグスタ様は言い、ノイエ様は終始ボーっと立っていましたが。


 結果としてポーラ様が敵のほとんどを打ち倒し、そしてそんなポーラ様を何故かノイエ様が打ち倒しました。理由は不明です。ただアルグスタ様が『さあノイエよ! 最後は向こうに残った……お~い。ポーラじゃなくて、まっ良いか』で終わりました。きっと運悪くポーラ様が最後の1人を倒してしまったからノイエ様が勘違いをしたのでしょう。


 真の強者に襲われたポーラ様はワンワンと泣きながら、ノイエ様の手により高い高いと言うユニバンス王国名物打ち上げ式拷問を食らい素直に負けを認めました。

 最強はノイエ様に決まり、そして部族連合は全面降伏です。


 後始末はゴルベルに一任し、それから私たちは必死に都の治安回復に勤めました。

 ドミトリーが指揮する“ヴァルキュリアの乙女”たちを正式に私の近衛隊に昇格させ、都の治安維持に努めて貰っています。最近まで療養中でしたユリーも復帰し、私の護衛騎士兼近衛隊の副隊長の兼務を命じたら殴りかかって来たので殴り返しておきました。


 しばらく寝込んでいた相手に遅れを取るほど私も柔ではありません。アルグスタ様のおかげで色々と学びました。弱い面を見せると相手は襲い掛かって来るのです。ですから嘘でも強者を演じる必要があるのです。


 と、頑張って都の復興と国の立て直しを模索していたらトドメとばかりにドラゴンの発生が伝えられました。今にも帰国……逃げ出そうとしていたアルグスタ様の腰に抱き付き『帰国の延期をっ!』とお願いしたのですが、あの人は笑いながら『君のことは嫌いではなかったよ。だが新作コスプレが僕を待っているのだよ!』などと言って私を足蹴にして逃げました。

 逃げたのです。本当に人でなしですあの屑はっ!


 それからアーブさんを中心にドラゴン討伐を開始しましたが、討伐する数よりも発生する数が多く、あっという間に都の近隣に住まう村々からの避難民が押し寄せて来ました。部族連合も急いで自分たちの領地に引き返し、協力してドラゴンと戦っているそうですが倒すことはできないと連絡が届いています。


 この大陸でも屈指の広さを誇っていた神聖国は一気に縮小することとなりました。


「へびさま」

「うむ。苦しゅうない」


 その声に顔を上げれば彼女がこの部屋に住まう“聖獣”様に飲み物を与えているところでした。


 そうです。せめてもの救いはこの聖獣様が居てくれたことです。聖獣様はこの都を中心に大規模の結界と呼ばれる魔法のような力を発揮しドラコンが寄り付かない環境を作ってくれました。


 何よりその結界内だと荒れていた土地が息を吹き返すのです。枯れていた土に栄養と水分が戻り開墾が出来るようになったのです。

 ですが我が国には多くの苗は無く……と困っていたらポーラ様がやって来ました。


 突然です。何の前置きも無くやって来ました。たくさんの食料と苗などを携えてです。

 急いでそれら苗を植え、食料は都に住まう人たちに分配し、ギリギリで最悪を回避出来ました。

 ですが女王としては頭を抱える事態です。他国からの援助を見返り無しで得られるわけがないからです。


『これらはユニバンス王国からの支援でしょうか?』と問う私にポーラ様はこう告げて来ました。『全て兄さまと姉さまからの贈り物に御座います』と。『贈り物?』『はい』

ニコリと笑う相手に私はつい身構えてしまいました。だって相手はあのアルグスタ様とノイエ様です。絶対に良からぬことを企んでいると。


 でも私の予想は裏切られました。


『旅の仲間に対し、そして新女王陛下の即位に対し、ドラグナイト家からのささやかながらの贈り物です』と。




~あとがき~


 あっ…名無しの少女の名前を出し忘れていた。まあ次回で良いかなw


 結末を真面目にやるとまた長くなるので巻きでお送りしました。

 たぶん次のアルグスタ視線での話で神聖国編は終わりの予定かな?

 この国の立て直しは本編とリアタイで進むんであまり語ることが出来ないしね。


 そして帰国したアルグスタは…お約束ですなw 




© 2024 甲斐八雲

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